第424話-1 彼女は二人の騎士を見届ける
魔力持ちの賊の相手は、ゼン&ルイダンに任せる事にした。折角の実戦経験であるから、存分に堪能してもらおうと彼女は考えた。
「さあ、ビビッてねぇでこいやぁ!!」
『ゼン』より頭半分ほど背の高い巨漢の戦士。恐らくは、傭兵としても相応の腕を評価されていただろう。元からの身体能力に魔力操作による身体強化を施せば、古き良き時代の重装騎兵のように戦場で暴れることができたのであろう。
比較的しっかりした金属製の胸当て、首まで覆う神国風の兜。手にする得物はハルバードだが、ヘッドがかなり大きい物でバランスより破壊力を重視したものである事が分る。が、魔銀製ではない。
相手をするのは『ゼン』だ。ルイダンでは相性が悪い。魔力持ち相手に決闘スタイルは分が悪いからだ。
「お仲間はみな倒れてしまいましたね」
「はぁ? 勝手についてきた雑魚どもなんざぁしったことか」
ルイダン並みに下種ぃ男かもしれない。もしくはそれ以上。どうやら、今ルイダンと対峙している魔剣士と斥候系の魔術師が盗賊団の首領・副首領であったようで、目の前の筋肉達磨は食客のような者なのだという。
「さっさと殺されろ!!」
身体強化から来る、姿かたちに似合わない速度での突進、魔力を有さない者から見れば瞬間移動したと思うほどの踏み込みであるが、脚運びと長靴の傷み具合からその動きを『ゼン』は予想していたのかハルバードの一撃を姿勢を低くして躱し、足元から剣を切り上げる。
Ginn!!
魔力纏いをしたはずだが、ハルバードは弾いた。
「こいつは、魔鉛を混ぜて鍛えた柄だからな!! 簡単には斬られねぇぞ!」
似た体格、腕前も悪くはない。『ゼン』は苦戦を覚悟した。
「ゼン。二対一は苦手だ。替われ!」
背後のルイダンから声が掛かる。
「私だって得意ではありませんよ」
「嘘言え。お前、一対多数、それも魔力持ち相手は得意だろ?」
親衛騎士として公太子を守る必要上、複数の『刺客』を相手にする訓練を『ゼン』はしっかり受けている。魔力持ちは魔力の流れで動作の予測が容易なので、さらに得意でもある。
「その腰の『
大型の護拳の付いた短剣を『ゼン』は携帯している。それも、左手で抜きやすい位置にである。伯姪が『これを魔銀製で作れば、バックラーみたいに使えるかも』と老土夫に頼んでいた。最近では『殴り騎士』とか『殴り女剣士』などと外では呼ばれているニース騎士爵であった。
背中合わせの二人は一瞬で位置を入れ替わる。
「さあ、デブ。俺が相手してやる。その禿げ散らかした頭同様、てめえの命も散らしてやる!!」
「は、禿げじゃねぇし!! 剃ってるだけだし!!!」
「うそこけ、毛根が転生しているし、額が Panzer vor! してるだろ。言い訳は見苦しいぞ」
ルイダンもフォー気味だが、まだ二十歳である。残された時間はそう長くないかもしれないが。
「ぶっ殺す!!」
冷静でなくさせる事。軽口をたたいて挑発した理由はそれだけである。
叩き斬ることがルイダンには難しそうな魔鉛製金属柄のハルバード。その重い一撃の下を潜り抜け剣を切り上げるが、柄の後端で弾かれる。
「思ったより腕があるなお前」
「たりめぇだろ! 戦場で長く生き残れるハルバーダーなんて、レアなんだよ!!」
ツヴァイハンダーやハルバーダーと呼ばれる方陣の切込要員は、敵の方陣に真っ先に突入しパイク兵を倒し戦列を崩す事を要求される。即ち、少数で敵中に突入することから、傭兵としては破格の報酬を支払われるが、その分危険であり死傷率の高い役割でもある。
目の前の筋肉達磨は、敵の方陣を切り崩す役割を何度も果たし生き残る対価として大切な『
「お前、貴族だろ?」
「それがどうした」
お前ら貴族を戦場でぶち殺すのが楽しくて、ハルバードを振るうのだと筋肉達磨が叫ぶ。
「青い血がながれてるってから、期待してたのに、赤いじゃねぇか。初めて殺したとき、俺はがっかりしたぜ」
王国も北部に多い、日に焼けていない貴族の子弟は血管が薄く見えるほどなのである。その色が青みがかっていることから、「青い血」と呼ばれるのであり、決して青い血が流れているわけではない。
「そら残念だったな。だがな、貴族が好きで戦場に立っているわけじゃねえんだよ!」
ルイダンは苛立つ。他に生きる手段が無いから、剣を振るっているだけなのだ。そもそも、戦場に立つ貴族は身代金さえ払えば死なずに済んだ昔はともかく、銃弾一発に生き死にが掛かる今の時代、戦場に出ている者たちは次男以下の『スペア』要員であり、決して羨まれるような存在ではない。
ルイダンも『聖騎士』や『傭兵隊長』を目指す可能性があった。聖職者と並び、次男以下の貴族の男子がなりやすい職業であった。ところが、実家は『子爵』とはいえ文官の家。聖職者こそ伝手はあったが、聖騎士も高位貴族の子弟でなければ平騎士止まり、傭兵隊長であっても実際は本家の別動隊としての役割りであり、文官の家にその様な伝手はない。
つまり、剣で身を立てるとすれば、『近衛騎士』程度しか選択肢が無かったのである。それも、決闘するくらいしか能のない近衛騎士だ。
常時身体強化を施し、ハルバードを縦横無尽に振り回す筋肉達磨。ルイダンは致命打を避けつつ、深く踏み込むことができない。
「そらぁそらぁ!! どうした貴族様はお逃げになるのが上手だなぁ!!」
ハルバードの連撃、月並みな表現だろうが、風車のようにフック、スピアヘッド、ブレード、
『やばそうか』
「わざとでしょ?」
『魔剣』と彼女はルイダンの回避がギリギリなのはワザとだと考えていた。相手は一対多数の戦闘に特化したベテラン傭兵。その戦闘力は凄まじいものであるが、その意味を考えればわかる。相手を切り崩し、戦列を混乱させるまでが仕事なのだ。つまり、短時間であれば無双、そして、それはいつまでも続かない。
「があぁ!」
よけ損ね、剣で弾いたルイダンにダメージが初めて与えられ、傭兵は喜悦の表情を浮かべる。
「貴族鼠さんもそろそろ年貢の納め時か」
「そら、お前の方だろ、肉団子!!」
そらぁ! とばかりに剣を脚に突き立てる。そして、剣はそのまま足に突き立てたままルイダンは飛びのく。
「がああぁぁ! てめぇ、ぜってえ許さねえ!!」
ハルバードを左手だけで持ち、右手で剣を抜こうとするそこに、身体強化を身にまとったルイダンが相手の腕を握った剣ごと蹴り飛ばす。脚は大きく切裂かれ、太い血管が切れたのであろう激しく血が流れだす。
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