第419話-2 彼女は姉の模擬戦を見る


「訓練中の殺人は殺人ではなく事故」

「いやいや、嫁の貰い手がなくなるから、それは駄目じゃない?」


 既にかなりの数の悪党を討伐しているので、今さら一人くらい増えても問題ない気もするのだが、王弟殿下の側近を殺すのは不味いだろう。少なくとも、王宮内では後ろ指を指される事になる。


 人気者の「妖精騎士」を貶めたいと考えている策謀家がいないとも限らない。


「弱い者いじめみたいで嫌なのよね」

『学院生に見せる方を優先で行けばいいだろ?』


 そもそも、殺さないで討伐する事自体が少ない彼女である。今さら、威力のある攻撃手段を封じてまで模擬試合の勝敗を考える必要すらない。近衛や騎士団相手に模擬戦したころとは周囲の評価が違うのだから。


――― 魔力を全力で使ってみる事にする。





「始め!」


 最後の模範試合。そして、先ほど『ゼン』と対戦した時と同じ展開なのか、それとも参考になる別の戦い方を見せるのか。勝敗ではなく、学院生は彼女が何をするのかに注目していた。


「ほあぁ!!」


 低い姿勢からの刺突。胴体以外を攻撃することは反則である……とはいえ、姿勢を低くし、下から突き上げるのは問題ない。魔力壁を展開することなく、背後に飛び退き態勢を整えると同時に、一気に飛び上がる。


「ウソ!」

「すっげぇ飛んでるな!!」


 二期生があんぐりと口を開け、半ば呆けたように彼女が飛び上がるのを見ている。高さは本館の三階の窓ほどの高さである。当然、跳躍だけでなく、中空に設けた『魔力煉瓦』をステップにして飛び上がっているのだ。


「さっすが妹ちゃん!」

「芸が細かい」


 最近、間近で見る機会の多い赤目銀髪はともかく、お留守番や別動隊が多い黒目黒髪や赤毛娘(大概、魔力量の少ない伯姪や茶目栗毛と組む)が驚いているが……感想は真逆のようだ。


「素早い展開すぎます」

「あれ、かっこいい! 真似しよう☆」


 黒目黒髪は院長先生の術式の展開速度と範囲の正確さに驚き、赤毛娘は「相手が驚く」という一点で憧れる。が、目指す先は同じであり、人それぞれ動機が異なるものだ。みんな違ってみんないい。


「ありゃ、むりだなぁ……」

「あんた不器用だもんね」

「お前もな」


 藍髪ペアは真似する気はないようだが、魔力壁を細かく展開して『盾』代わりにすることは目標にするようだ。前衛を任される事の多い二人からすれば、遊撃に向いた彼女の小技は細かすぎるといえるだろうか。


 一瞬で宙を蹴り走り背後に回り込まれるルイダン。だが、大きく背後に周り込んだ彼女と異なり、体を返すのは一瞬。


「はっ!」


 落下地点を見据えて刺突を繰り出すのだが……


土壁barbacane


 ルイダンの足元に膝程の高さに土壁が成形され、足元を崩され刺突は失敗する。


「な、なんだ!」

「なんなんなんだ、なんなんだ? 妹ちゃんの土魔術だね! ヴィーちゃん仕込みだよ☆」


 姉の声援に学院生が盛り上がる。学院生の中には未だ精霊魔術を駆使できる人間は歩人と癖毛の他、赤目銀髪が少々にすぎず、あまり目の前で術を見る機会がない。


 目の前の地面がドンと突き立つのは誰もが驚く光景だった。


「だんだん、妖精騎士から精霊騎士になりつつある気がするわね」

「神聖度が上がっているんじゃない? 流石妹ちゃんだね」


 妖精というのは『妖』しい『精霊』程の意味であり、真の精霊よりも少々レベルが低いものであり、魔物に近い面もある。精霊も高位の者は神格化されることもある。もし「精霊」扱いされるのであれば、彼女はこの先どうなるのだろうか。


 魔力煉瓦を用いた立体機動。とは言え、一対一ではその効果は限られている。一対複数であれば、平面ではなく立体である移動のメリットはふえるが、最後はルイダンを攻撃することが分かっているのであるから、その効果は驚かす程度でしかないと当の本人たちは理解していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る