第419話-1 彼女は姉の模擬戦を見る
「……姉さん……」
「何かな妹ちゃん」
ぶんぶんと姉のお気に入り、ホースマンズ・フレイルを振り回す姿を見て、彼女が咎める。
「その魔銀製の補強されたフレイルだと、多分死ぬわよ」
「そうかな? 勇者の加護でなんとかならないの?」
なんとかなりません。勇者の加護というのはどちらかといえば「扇動者」の要素が強い加護でしかない。自分自身の身体を強化するなら、魔力操作を用いる以外なく、魔力持ちであれば加護は関係なく操練度をあげるしかない。
「これに替えて貰えるかしら」
「いいよ。あ、でも、いま絶賛新王都墓地が開発中だから、こっそり埋めるって手もあるんだけど……」
「王弟殿下からの預かりものだから駄目よ」
姉は「ありゃりゃ」といいつつ、木製のフレイル(補強無)を手にする。これは、訓練用の木剣に近い物だ。二期生は剣を振るだけでなく、銃とフレイルの鍛錬もしている。剣には習熟が必要だが、振り回して殴れば良いフレイルは補助武器として新人が装備することになる為だ。
因みに、薬師組、使用人組もフレイルを用いた鍛錬を「護身術」として一定時間訓練する。これは、行商などで自衛する際にスタッフやメイスといった装備を扱うことになるからだ。フレイルとは、連結されたスタッフであり、木製のメイス=クラブの一種と考えられる。
夜会や茶会での『猫被りアイネ』しかしらないルイダンからすれば、笑顔でフレイルを振り回し、魔力を駄々洩れさせながらドレス姿で闊歩する姉の姿は驚愕ものでもある。
「あ、アイネ様……」
「何かねルイダン」
「その、剣と斬り合うお積りでしょうか?」
「もちのろんだよ。だけど……」
姉は一呼吸置き、「剣が届けばいいけどね」と呟く。魔力量だけでいえば、彼女には遠く及ばないものの、次席の黒目黒髪級の姉である。つまり、垂れ流しっ放しでも問題ないほどの魔力量。贅沢に使える。
「姉さん、学院生の手本でもあるのだから、雑な魔力の扱いは遠慮してもらえるかしら」
「いやいや、そういう魔力頼みで生き延びている敵だって想定しないと。誰もが妹ちゃんみたいに精緻に魔力を使うわけじゃないんだよ」
魔物あるいは悪神の類であれば、人のみに宿る魔力を大きく超える存在となる。その場合、限られた魔力でどう戦うかということも想定する必要があると言えばあるが……我儘にすぎない!
「始め!!」
ホースマンズ・フレイルは馬上での使用を想定した物であり、片手剣やメイスと間合いに差がない。メイスも「歩兵用メイス」という場合、長柄の竿の先に鉄球が付いているようなデザインとなり、少々異なる。
持ち手の長さが60㎝ほど、『ヘッド』の部分が30㎝ほどで、間を金属の輪で繋いでいる形をしている。木製であること、途中で繋がっている分、剣のように受け流したりする用い方は出来ず、振り回して叩きつけることで、遠心力によるダメージと、途中で連結された部分がある事で盾などで防いでも、折れ曲がり相手に当てることができる要素がある。
攻撃特化、振り回して当たればダメージが入る装備であり、防御向きではない。脱穀用の竿から生まれた元農具であり、正規の兵士が用いることがあまり考えられない補助武器である。だがしかし……
「あちょお!!」
奇声を発しつつ、水面を滑るように突進する姉。
『もう少し丁寧に魔力扱えりゃなぁ……』
「雑ではあるけれど、滑らかな魔力操作ね」
いきなり突進し、フレイルを振り回す姉に、バスタードソード両手持ちで受け止めようとするルイダン。だがしかし……
「がっ!!」
「途中で折れるから、当たっちゃうんだよね!」
剣で受けたのは柄の部分。そして、連結具を支点に横っ面をフレイルで叩きのめされるルイダン。兜越しとはいえ、打撃は中へと伝わる。金属製の補強があるものであれば、一撃で昏倒したかも知れない。
本来届くような間合いに入る前に、ルイダンのバスタードソードの間合いとなるのだが、緩急をつけた姉の滑らかな動きに欺瞞されたといったところだろう。
「見事な足さばきね」
「足癖が悪いのよね」
いつも突然現れたように思えるのは、気配隠蔽以前に、あの独特の脚運びにあるのではないかと彼女は考えている。
ダメージから立ち直ったルイダンが、姉に容赦のない斬撃と刺突を繰り返す。姉は踊るように回避し、剣のすれすれをワザと掠めるようによけているようだ。
「あ、あっぶねぇ!!」
「な、なんで当たらないの?」
二期生から悲鳴のような声が聞こえる。姉の行動はいつも周りの人間をひやひやさせ、同時にワクワクさせる。子供の頃から彼女が見慣れた光景でもある。
「それ!」
ルイダンの刺突を、フレイルの連結具の真ん中にある金具で受止める。まさに、針の穴をも通すと言える身体操作。
「さて、どうする?」
鎖を絡めて剣をもぎ取られる前に、素早く剣を引くが、ルイダンは姉の動きに驚愕している。
『ありゃ、お前にも無理だろ』
「……そもそも必要性を感じないのだけれど……でも、難しいでしょうね」
鍛錬の成果ではなく、ある意味センスの塊……故になせる技。技術としての意味はないが、力の差を見せつけるに十分な演出でもある。姉は、自分の魅せ方をよく心得ている。
「さあ、勇者ルイ殿。その本当の実力を見せて頂きましょうか」
あくまでも自然に挑発する彼女の姉。そして、ルイダンが本気の一撃を繰り出す。
『本気になればなるほど……』
「レイピア遣いの技になる」
体に染みついた刺突剣の剣技。頼るのはそこしかないと見切られる。
今日一番の身体強化、そして、一瞬にして消える姿。しかし……
Dann!!!!
姉にその剣先が届くことはない。何故ならば
「君は本当に簡単に誘導されるね。魔力を用いた攻撃は不可だけど、防御は問題ないんだよね。突っ込んでくるのが分かっているなら、魔力壁を軌道上に展開しておくに決まってるじゃない?」
ルイダン、魔力壁に激突して轟沈……
最初から展開しておけば、身体強化の速度もなにも関係ない。相手に攻撃の意図を読まれた段階で効果は無かったのだ。
「決闘癖は相変わらず。直線的に攻撃しない手札を用意しなければ、立会を行う意味がないわね」
ひっくり返り、一瞬意識が混濁したルイダンの元に彼女と伯姪、姉が歩み寄り、意識が覚醒したルイダンに話しかける。今回の模擬戦、ある意味、ルイダンは手の内は読まれており、それに合わせてそれぞれが得意な方法で攻撃を受け止め反撃することの繰り返し。
戦場では相手とは一期一会であり、装備や雰囲気で攻撃方法を想定し相手を仕留める必要がある。想定された時点で、相手の勝ち筋は潰されていると考えて間違いない。
レイピアからバスタードソードに切り替えたことにより、ルイダンの攻撃の選択肢は複数化され、刺突を回避する対策だけでは対応できなくなった。はずなのだが、やはり追い込まれればレイピアと同じ技を繰り出す結果になる。
「ダンボア卿は、両手剣の剣技や片手剣で斬る、薙ぐ、打つ技を鍛錬していただかないとこれ以上の成長は難しいでしょうね」
「……そうだな……いや、そのようですね……」
自分より早いもしくは不意を打たれた接近に為す術がないのがルイダンである。攻撃特化、ただしその攻撃が通じるとは言っていない……という切ない状況にある。直線的な攻撃手段は、そこに障害物である『魔力壁』を置けば、それだけで相当制限される。もしくは無効化されるのだ。
「それで、私とも試合をなさいますか?」
結果の見えている模擬戦であり、すでに問題点も把握できているだろう。このまま対戦を継続する理由はないだろうと、彼女はルイダンに問うのだが、答えは続行であった。
「リリアル男爵の戦い方を学ばせていただきたい」
それが理由である。
「無駄」
「あー 妹ちゃんの戦い方は参考にならないと思うよ」
「参考に出来るのは私くらいじゃないかな。あとは、モテる者の戦い方だから」
赤目銀髪と彼女の姉がバッサリ、そして伯姪の指摘する魔力を「モテる」者の戦い方は参考にならないという指摘は恐らく正しい。
「わかりました。では、魔力を『モテる』者の戦い方を意識して見せますね」
「……ありがたい」
討伐で日頃見る機会のない冒険者組以外のリリアル生に、彼女の戦い方を見せる良い機会だと思う故に、この模擬戦を続けようと彼女は考えたのである。
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