第418話-2 彼女はゼンと対峙する
魔力切れグロッキーであったルイダン。魔力ポーションを飲み、強引に魔力を回復させられる。ちょっとお腹がたぽんたぽんである。
「ダンボア卿、どうします?」
「……ルイとよんでもらえるか」
「いや、そこまで仲良しじゃないでしょ私達」
「それは無理!!」
ルイ呼びは全員から拒否され、妥協点としての『ルイダン』である。
「ルイダンは妹ちゃんと私とめいちゃんと相手にできるのかな?」
「……姉さん、しれっと自分を混ぜないでもらえるかしら」
「ええー だって、フレイル使いだっていた方がいいでしょ? ルイダンの護衛対象を考えるとね」
王弟殿下が市井で賊に襲われる場合、フレイルのような農具に似た武器を用いられる可能性もある。長柄では鎌に似た『ビル』『グレイブ』『ヴォージェ』などが対象になるだろうか。
「妹ちゃんがフレイル使うならいいけど」
「……それはお断りするわ」
「じゃあ、お姉ちゃん相手しよう!」
先ずは剣と盾の伯姪、フレイルの姉、そして剣と魔術の彼女の順に模擬戦を行う事になる。姉は魔術を使う事は可能だが、攻撃する魔術がメインの為、安全を期して今回は身体強化以外は使わないことになっている。それでも「安全」とは言っていない。
本来の曲剣に小楯のスタイルで構える伯姪。教科書通りのバックラーを突き出し距離を取る構えではなく、腰の前あたりに軽く剣と盾を置くように構える。リラックスし、両足に均等に重心が掛かるような軽い立ち姿。
「さあ、どっからでもどうぞ」
伯姪の声に、「始め!!」の合図が続く。
バスタードソードを斜め上に掲げ、リーチを生かした斬り降ろしを仕掛けるルイダン。既に、魔力持ちの魔力を生かした戦い方をそれなりに理解してきた上で、伯姪の「剣士」的スタイルから接近戦よりアウトレンジでの斬り合いを選択する。左右の両手が届く位置まで近寄られれば、バスタードソードは取り回しが難しくなる。
「はぁ!!」
鋭い斬り降ろしと、そのまま剣尖を返した振り戻し。上下左右とあらゆる方向から斬撃を繰り返す。身体強化を常時使う事なく、その中で魔力を入り切りしながら攻撃を加える。
残念ながら、魔力の消耗はさほど軽減されていないのだが、今後の戦い方の中で操練度と使用するタイミングを更に高めていけば良いだろう。今までの、魔力頼みでひたすら斬り結ぶよりは長足の進歩だと言える。
しかしながら、魔力量の少なさに悩み、剣の技術以上にリリアルで魔力の操練度に拘った伯姪からすれば、それは既に自分が通ってきた道でもある。
つまり……
「そんなチンタラ魔力を操っていると……隙だらけよ!!」
一瞬の身体強化から、斬り下ろしに合わせるようにバックラーのボスに魔力を流して剣を弾く。
Gagiiinn!!
剣は魔力を通したシールドボスに弾かれ腕ごと跳ね上げられる。仮に、魔力による身体強化が不十分であれば、その剣は手から失われていただろう。それでも、がら空きの胴であることは覆せない。
「それぇ!!」
「ぐぎゃぁ!!」
跳ね上げたバックラーをそのままルイダンの左わき腹に添え、ゼロ距離からのリバーブローが炸裂!!
「は、はじめの一発……」
「恐ろしい技ね。魔力壁を展開して守らなければ、一撃で意識を絶たれることもありえるわ」
僅か一歩の踏み込みで一瞬にして不殺の打撃を加える伯姪の近接
技は、多くの技を喰らった学院生の中でその初撃を「はじめの一発」と
呼び、恐れている。
剣士・騎士とて、組技や剣の鍔などを使った接近戦を熟すのだが、盾による一撃はかなり強力な打撃技となる。今回のボスは普通の円形のものであったが、仕様によってはボスの中心に突起を設けたものもあり、スパイクのように活用する場合もある。メイスのように用いられることになる。
一気に足が止まり、膝が痙攣しているのが見て取れる
「ほら、足が止まった」
「何の、ここからよ!」
ステップを失い、バスタードソードの有利な間合いを確保できなくなったルイダンは、構えを変え伯姪の飛び出しを抑える刺突を狙った防御的なものに移行する。
伯姪が躊躇してくれれば時間が稼げ、身体が回復する。その時間を稼がせないために急いで攻め寄せればカウンターを取りに行く両持ちのスタイルだ。それは伯姪も理解している。
「攻めろ!!」
「押し切る!!」
「当然」
周りの声援を受けるまでもなく、時間を空ける必要性を伯姪は感じていない。守勢に回る事に躊躇しないルイダンに少々関心していただけなのだ。
『腕はそれなりにあるんだよな』
「経験、自身に不利になった時の経験、追い込まれた経験が不足しているのよ」
追い込まれた経験の有無は彼女にも不足しているのだが、追い込まれないように想定して用意するのが彼女のスタイルでもある。経験は無くとも想定は十分に行っている。もしくは、追い込まれていてもそう思えないように立ち回るのである。
剣を胸の前の高さで牽制するように突き出すルイダンの左側に回り込むようにジリジリと位置を変えていく伯姪。ルイダンも正対するように向きを変えていく。剣先はぴたりと伯姪に向けられているのだが……
Ginn!!
ルイダンのバスタードソードを伯姪の曲剣が下からカチ上げるように跳ね飛ばす。一瞬の身体強化、踏み込み、そして掬い上げるような剣戟。そのまま踏み込んで胸の中心に護拳を叩き込む。
「ごふっ!!!」
胸を強く叩かれると、呼吸ができなくなる。これは腹を撃たれた時とは事なり、肺が膨らまなくなる事で起こる現象で……とても苦しい。
「勝負あり!」
急いで待機していた薬師組がポーションを持ってルイダンに駆け寄る。顔面蒼白で呼吸困難のルイダンの口に、ポーションを無理やり注ぎ込む。
「かっ、かはっ…… 剣の腕じゃねえだろ……」
ようやく呼吸ができるようになったルイダンが非難がましく伯姪を責める。が、伯姪はどこ吹く風である。
「そうね。剣と腕よ。どちらかというと拳だけどね」
「剣術は爆発だ!!」
いや爆発はしません。したら危険です。とは言え、一瞬だけ爆発するように魔力を込め身体強化を底上げすることも重要だ。魔力量が少なく、一瞬の攻防の瞬間だけに魔力を注ぎ込むことも時には必要だからだ。
つまり、長距離走のような魔力のペース配分を意識した使い方と、短距離走のような一瞬の魔力の集中活用と両方使えることに越したことはない。魔力量が少なければ後者を選び、操練度を上げて魔力の消費を効率的にすることも重要だろう。
「あんたも魔力量多い方じゃないでしょ? 多ければ宮廷魔術師でも目指すでしょうからね」
「……」
近衛騎士よりも宮廷魔術師の方が社会的地位は高い。近衛騎士は四十代までが精々であり、若い間に一線を退き、近衛騎士であった経歴を生かして婿や高位貴族の騎士団幹部などに移る事が普通だ。
宮廷魔術師は、魔力が維持できる限り退役は無く後進の育成・魔術を用いた国防に関わる役職を賜る事が多い。例えば、魔導騎士団の技術指導などであろうか。防衛拠点の施設長など法衣貴族を賜り、就任することも少なくない。
以前、ラマンの悪竜討伐の際に滞在した都市の長など、この辺の法衣貴族が務めていただろうか。近衛騎士の場合、幹部でなければこうした役務は与えられることはない。そもそも、王族を守るための騎士であるから、王都の外に配される事も少ない。
先の事を考えれば、貴族の跡取り以外の子弟の就職先として宮廷魔術師>近衛騎士となっているのだ。
「どんまい」
「魔力は増やせるのです!」
「あ、でもおじさんは無理なのだ」
「う、煩い!!俺はまだ若い!!」
二期生達の慰めの言葉に思わぬ点火。ルイダン、おじさんじゃないと言い始めたら既におじさんなのだよと言いたい。
「あらあら、王宮でも名の知られたダンボア卿が、魔術師見習の女の子を恫喝するとかみっともありませんわよ?」
大声を上げるおじさんをやんわり窘める彼女の姉。次の対戦相手である。
「……アイネ様……」
「あら、覚えてらっしゃいましたのねー 光栄ですわぁー」
彼女の姉曰く、その昔、『勇者』の加護持ちという事で社交界で有名だった一時期、子爵家の婿にどうかと思い一時期懇意にしていたことがあったのだという。とはいえ、その昔王国が小さかったころや百年戦争の時のように、王都が敵国に包囲され危機に瀕するということも今の時代考えにくい。
そして、決闘で名を売るという行為も、一部の有閑貴族以外からは疎まれ、王都を守る一族に迎えるべき存在ではないという判断から疎遠になった経緯があるという。
つまり、姉に昔振られた男……ということである。
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