第416話-1 彼女はルイ・ダンボアをしごく
「馬に乗るのって……結構簡単?」
「そんなわけない」
「馬って人を見るからなのだ!」
「なのです!」
赤目銀髪に騎乗の訓練を受けているのは、今回遠征に同行することになっている村長の孫娘『ジョヌ』である。
単騎で乗る事は無く、歩人か赤目銀髪のタンデムシートに乗って射撃に専念する予定なのだが、一人で乗り早足程度ができた方が良いという判断の上、練習をしている。
村人が鞍を付けて馬に乗るということはあまりないのだが、近隣の村や街に遣いに出る機会のあった故に、軽く走らせる程度のことができるのはやはり生まれた家が良かったとも言える。残念ながら、サボア公家の使用人出身の二人は全く乗馬の経験がない。今後の事を考え、一緒に習うようこの機会に参加させているのである。
因みに、今は馬具を自分で着け一人で乗る……までで二人は止まっている。馬の世話係に限りなく近いのだが、遠征に向け馬の数も増えるので、世話ができる二期生が増えるのはとても良い事である。
二期生の男子は歩人や茶目栗毛が馬の世話を指導している。これは、遠征に参加する上で必須であり、直接同行する茶目栗毛が主導で教育を行っている。
「……何故私が……」
「従者がいないからに決まっている」
「騎士って、見習の時に武具や馬の世話を覚えるのではないのですか?」
「さぼってたのだ!!」
ルイ・ダンボア……子供にさぼりを見抜かれる。恐らく、立場の弱い者に仕事を押し付けていたのだろう。下働きなど『勇者』のすることではない!!くらいは吐いているのではなかろうか。
「遠征時は、武具のメンテナンスや馬の世話、食事の用意に着替えなんかも全部自分でやるんだから、この程度当然なのです」
「甘えるな」
「……」
今回の遠征に王弟殿下がルイ・ダンボアを捩じ込んだのは、何より『勇者』の価値を示し本人の価値を高める為の配慮であると理解はしている。だが、それと、今まで散々さぼって来たことを取り返す為に、リリアルの子供たちと並んで練習するのは少々勝手が異なるのだ。
「なに、不満なのかしらダンボア卿」
「嫌なら近衛騎士団の厩番にでも頭を下げて教えを請えば良いのではないかしら。どちらでも、お好きなように選べばいいでしょう」
様子を見に来た伯姪と彼女に窘められる……というよりも、リリアル自体がダンボアの訪問が迷惑であり、王弟殿下の依頼ゆえに相手をしているという前提を忘れないでもらいたいところだ。
「遠征はオラン公の傍近くに控えることになるでしょう。そこで、オラン公の側近の方達に迷惑をかける『食客』になるということは、派遣した王国、推薦した王弟殿下、そして紹介した王国副元帥である私の顔に泥を塗ることになるという事が理解できませんか?」
「ねえ、あんた騎士学校卒業しているんでしょうね。遠征が何度かあるし、近衛といえども従者は連れて行けなかったはずよ」
公女カトリナでさえ、自分のことは自分で済ませることができていた。カミラが口うるさく指導していた気もするが。因みに、カミラもギュイエ家に連なる子爵家の令嬢であるから、貴族の女性なのだ。
「もしかして……騎士学校に通ってないの?」
伯姪の指摘に顔を顰めるルイ・ダンボア。騎士学校を卒業することで、近衛騎士の場合、近衛連隊の士官となることができる。騎士身分を既に持っている貴族の子弟である近衛騎士達からすると、騎士学校へ行く者たちは、自身の家に仕えたり王族・高位貴族に仕えず近衛連隊の士官となりたいものだけが希望することになる。
半年もの間、王弟殿下の足下を離れる事になる事を考えると、ルイ・ダンボが騎士学校に行かなかったことは理解できる。本人にとって、王弟殿下のそば近くに控える方がメリットがあったからだ。
「ふふ、名前だけの近衛騎士ね」
「まあほら、身分でもあるから『騎士』は。騎士として完全でなくとも、騎士は名乗れるのよね」
「……」
子供・小娘に散々馬鹿にされつつも、今まで随分と偉そうに振舞ってきた近衛連隊の隊舎で身分の低いものに頭を下げ教えを乞うよりマシ……と考えているのだろうか。頭を下げても敬遠され、何も教えてもらえない可能性の方が高い。日頃の行いって大切。
「とりあえず騎乗の訓練の後は、魔法袋の中身を確認しましょうか」
「乗馬は得意だぞ」
「……左手で手綱を握り、右手一本で長柄や曲剣を扱って斬り合えるのよね。得意というのは、その状態で確実に一閃で相手を倒せることを言うのよね」
馬上で一閃で相手を倒すというのは、チャージが成功して馬から突き落とす事が成功するか、致命となる眼窩などへの刺突の成功などであろうか。もっとも魔力纏いのできる武具であれば、金属鎧も簡単に切断できる可能性高いものの、魔力を維持できる時間、発動できるタイムラグにもよる。発動が遅ければ、予め魔力纏いと身体強化を発動したままで活動しなければならないし、その場合、継戦時間は相当短くなる。
「身体強化と武器への魔力纏いは勿論、『魔力壁』と『気配飛ばし』くらいは並行して発動できないと、自分の身も守れないでしょう。訓練は十分でしょうかダンボア卿?」
「……」
「斬る直前で魔力纏いと身体強化を入れ、その後、即魔力を収めるようにしないと、一時間も戦闘できないと思うわよ。ダンボア卿、魔力あまり多くないみたいだし」
「……」
多ければ、魔術師として王宮なり高位貴族に仕えているはずである。『勇者』の加護を効果的に使うには、指揮官・騎士の身分が適切だが、そうであれば、近衛連隊に所属しているだろう。つまり、『勇者』の加護を有効に使い、王国に仕える気が無い表れであろう。
「王弟殿下が公言されていないけど、貴族の子弟で跡継ぎでもない近衛騎士が『勇者』の加護持ちで部隊を指揮する『近衛連隊』の士官を目指していない時点で、ダンボア卿は王国に対して誠実に仕えているとは言えないと周りは見ているわよね」
「そうね。この機会に、王弟殿下の役に立つ存在であることを『戦場』で示せ……と王家に思われているという事に、いい加減気付くべきね」
「なっ!! そ、そんなことは……」
戦場において役立つ『勇者』の加護を王弟のそばでどのように活用するというのだろうか。王弟殿下はともかく、国王陛下や王太子、王宮の主要な方々から「君側の奸」と見なされていても不思議ではない。
「この先も王弟殿下に仕えるつもりであるならば、自らの存在が有意であることを、この遠征で示すべきでしょうね」
「そうそう、婚約者様からの有難い忠告よ」
「……『候補』ね。少なくとも、王弟殿下があなたを思うほど、王国はあなたの存在を肯定的に考えていない。王都総監の地位を与え、環境を改善している中で、破落戸がいつまでも傍にいるのは許容できないでしょうからね」
ルイ・ダンボア、王宮では有名な『勇者』の加護持ちの決闘マニア……間違いなく『破落戸』の類だ。このまま、戦場でも役に立たないのであれば、遠からず処罰を受け身分を失うだろう。
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