第415話-2 彼女は王弟殿下の目論見を知る

ルイ・ダンボアは確かに粘った。魔力切れになりながら、伯姪の斬撃を受け止め、かろうじて回避して……いるように見えた。


「ねえ、まだ続けるつもり?」

「……当然だ」

「そ。なら……」


 刺突の速度も遅く、カウンターを狙えるとも思えない。が、突き出されたレイピアを剣で払いのけ、そのまま突進した伯姪は剣を胸元から首筋に引き当てたまま、左手で胸ぐらをつかんで足を刈り上げ引き倒した。


「そ、それまで! それまで!!」


 刈り上げて引き倒すところは赤目銀髪とよく似ていたのだが、その前の剣を叩き払いのけるところは……かなり苛立ちが込められていたような気もする。


「有意義な対戦でした。殿下、いかがでしょうか」

「そ、そうだな。リリアルの騎士の強さ……よく理解できた」


 王弟殿下のとりま……側近三人は、王都ではそれなりに名の知れた「騎士」「剣士」なのだという。ダンボア卿以外の二人も、中々の腕前ということなのだ。


 確かに、レイピアで向かい合って一刺決めるだけであれば、魔力持ちで場慣れしている者に有利であろう。恐らく、相手はルイ・ダンボアの名声に萎縮し、背後に存在する王弟殿下にも遠慮する。つまり、決闘に勝利することで失うものが多いと考え、勝つ気がない相手がほとんどだろう。


 それに、勝てなさそうな相手には決闘を申し込まないということもある。決闘は代理人が認められている。代理人に金を積んででも有力な者を当てそうな高位貴族や軍関係者には申し出ないだろう。


 恐らく、リリアルも王弟殿下に斟酌して……とでも考えたのだろうか、それはあり得ないことだと今回気付いたことだろう。そもそも、彼女は王弟殿下のことを何とも思っておらず、迷惑とさえ思っている。王弟妃など迷惑千万なのだ。


 故に、ルイ・ダンボア如きに手加減をする必要性を全く感じない。むしろ、遠征に同行させる、オラン公に紹介するまで面倒を見る事自体が不服なのである。


「いつでも相手になってあげるけど……もう少し鍛錬してからお願いするわね」

「話にならない」

「ご指導、ありがとうございました。私も騎士になる自信が付きました」

「「「……」」」


 何気に一番ひどいのは灰目藍髪である。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 軽くひねるつもりが、軽くひねられた側近三人衆。特に、前回茶目栗毛に負け、更に赤目銀髪にも負けたルイ・ダンボアは……勇者と剣の腕は関係ないと半ば慰められ、半ば貶められている。


「『勇者』は別に、剣が得意とかではないでしょ?」

「そうよね。義兄もニース辺境伯家の『勇者』の加護持ちだけれど、一人でいる時は気のいい人……という印象しかないわね」


 彼女の姉の夫である三男坊は『勇者』の加護持ちであり、聖エゼルの軍船を率いてサラセンに包囲された『マレス島』へ侵入するなど、英雄的行為で内海の船乗りの中で知らぬ者がいないほどの存在となっている。


 見た目は普通のあんちゃんにしか見えないのだが。


「剣の腕はどうなのかしら?」

「そりゃ、お兄様より断然上よ。馬鹿兄貴なのにね」


 祖父の血を最も濃く引いているのは『三男坊』というのが、もっぱらの評価だという。勇者の加護持ちで尚且つ、ジジマッチョ張りの騎士というのはどんなものなのだろう。


「そもそも、あなたのお姉さんと結婚する事自体『勇者』じゃない!」

「……ええ、全く否定できないわね。悲しいくらいに」


 彼女の姉・アイネの夫は確かに『勇者』でなければ務まらないだろう。常に暴走しているのが彼女の姉だからだ。


「そ、それで、ルイをオラン公の元に観戦武官として派遣するのだが。それについては……どう思われるか、リリアル男爵」


 応接室でお茶をすすめつつ、彼女と伯姪、王弟殿下一行は今日の本題の一つであるルイ・ダンボア観戦武官送り届け案件の確認をしていた。


「勿論、依頼として受けますので、オラン公へご紹介するまでは問題ありません」

「でも、あなた達、今回も『ノイン・テーター』対策で動くのでしょう? ダンボア卿だけ別行動なのよね」

「ええ。今日拝見した限りでは、魔物の対応は難しいと思います。オラン公の傍にいて、『勇者』の加護の恩恵を近衛衆に与える方が良いでしょう。オラン公の近衛たちも終始ダンボア卿がオラン公の傍近くにいる事を許容しやすい理由付けになりますし、オラン公が生き残る確率も改善されます」

「「……」」


 オラン公の生き残る確率……というパワーワードに言葉を失う王弟とその側近たち。


「危険……なのだろうな」

「相手は神国兵の精鋭を、サラセンと長年戦ってきた将軍が直卒してきますから、かなり危険度は高いと思います」

「……やめれば? ほら、戦場に出る覚悟と決闘は違うでしょ? 近衛なんて、実戦経験ないのが当然で、お飾りなんだから」

「それは……事実であったとしても失礼でしょう」


 兎に角、ルイ・ダンボアに『勇者』の加護を発揮させ、オラン公の軍に援軍として参加することが、王弟殿下には必要なのだという。今後、ランドルに自領を構える場合、オラン公との関係を築くことは意義高い。王弟殿下自ら出向くわけにはいかないが、側近として名の知れた近衛騎士『勇者』を送り届け、オラン公を守る一助とすることは、意義深いことになる。


「危険は承知の上です殿下。いつまでも、王都で燻ぶっているわけには参りません。殿下が王都総監として尽力されているのと同じように、このルイ・ダンボア、オラン公の元でしっかり騎士としてとの務めを果たし、公と殿下を繋ぐ架け橋となりましょう」

「……ルイ……頼んだぞ。男爵、出来る限りで構わない、ルイに心配りして貰えると嬉しい」

「勿論です殿下。では、ダンボア卿」

「……なんだ……いや、何事でしょう閣下」


 王弟殿下の手前、あまり彼女に不遜な事をいう事は憚られる。一応、彼女は王弟殿下の婚約者『候補』なのだから。


「そのレイピアは戦場で……馬上では使えません。剣をロングソードかブロードソードに替えて、剣の使い方も鍛錬していただけますか?」

「馬上で行軍する装備に整えないとね。左手で手綱を握るのだから、バンブレースと胸鎧くらいに軽量化して、自分で着脱できるように練習してもらわないとね。従者いないんだから」

「なっ、それはお前たちが……」


 リリアルの魔装鎧であれば、平服並みに着やすく軽いのだが、近衛騎士として相応の外見を整えるだろうルイ・ダンボアに関しては、かなりしっかりとした鎧を用意するだろう。だが、遠征においてそのような装備は不要であると伝えねばならない。


「途中で別行動になりますよダンボア卿。それに、今時完全鎧なんて、馬上試合の時くらいしか使用いたしません。馬も替えがないのですから、重い鎧を身に着けて行軍できるわけないではありませんか」


 行軍は近衛において、王族の警護で同行する程度の経験しかないルイ・ダンボアにとって、数日間野営を含めた行軍の経験は皆無故想像もできないようだった。


「……わ、わかった……」

「男爵、ルイをよろしく頼む」

「ええ。帝国に向かう途中、野営の経験をして頂きそこで教育訓練いたします。できれば、小容量の物で構わないので、魔法袋を用意して差し上げてください」

「そうだな。携行品はそれなりに自分で持たねばならないからな」


 王弟殿下はそれなりに幼少の頃野営の鍛錬をしており、ルイ・ダンボアより相応の経験と知識を持っているようで、食料に野営用の装具、予備の武器に医療品などを整えておくと約束してくれた。


「大人の遠足……って感じかしら」

「そうね。一人でテントに寝るとか、野営の不寝番をするとか色々あるわね」

「……」

「ルイ。リリアル男爵の命は私の命であるとこころえ、励んでくれよ」

「しょ、承知いたしました殿下……」


 今回のネデル遠征、オラン公のそばにルイ・ダンボアを配するのは、一つは公式に援軍を派遣することはできず、『勇者』の加護によるオラン公の安全を高めるという意味。今一つは、王弟の側近とは言え、ただの破落戸と変わりのない近衛騎士に戦場で手柄を立てる機会を与え、主である王弟殿下のネデル・ランドルにおける認知度・存在感を改善することにある。


 そういう意味で、『勇者』にはこれまでの振舞いを一切捨ててもらわねばならない。


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