第414話-2 彼女は王弟の近衛騎士の模擬戦を見る

 二番手近衛騎士Bは、短めのレイピアに左手にも短剣を装備している。


「双剣だけど、マンmainゴーシュgaucheね。防御用の短剣、小楯の代わりに使うわね」

「あなたは今回……」

「使わないわよ。一対一なら無用よ」


 伯姪の小楯bucklerもしくはシールドボス(盾の中心部分を形成する金属の握り)を用いた接近戦術は、護拳で殴ることと併用される。今回の模擬戦でそれを行うのは……王弟殿下の前ではダメだろうという判断である。主に騎士の体面的に。


 灰目藍髪はリリアル支給の片手剣護拳付き。リーチは比較的差が少ないが、恐らく10㎝程度は不利だ。左手の小剣で受止め、右手の剣で攻撃するという戦い方を考えると、リーチの差はそれほど意味はないだろう。


「始め!」


 両足を左右に開き、受止めてからのカウンター狙いを考える騎士B。灰目藍髪は、天高く片手剣をかざすように構える。


「カウンター獲れないわね」

「それはそうよ。そもそも、あれ、そんなに丈夫な剣じゃないものね」


 パリィングダガーなどと呼ばれる剣は、思い切り振るわれる剣を受け止めるというよりは、刺突技を回避し剣先を絡めとる用途を想定している。相手も刺突剣を用い、その刺突を小剣で捌いて右手の剣で刺突するという前提で成り立っている。


 曲刀で切伏せられるかもしれないという状態で対峙する前提ではないし、そういうルールではない。


『前提ぶち壊しかよ』

「ええ。とてもリリアルらしいわ」


 リリアルの剣は戦場の剣。切伏せる、一撃で殺す事を求めている戦い方である。ちょこっと傷がついて「降参」してくれるような……存在など相手にしていない。そもそも魔物相手であるから、降参などしないのだ。


 人間同士の『決闘』というゲームのルールなど、知った事ではない。


「さあ、打ち込んできなさい!」

「……む、……い、いくぞ!!」


 ねえこれ殺し合いじゃないよね。決闘だよねという空気を見学にきていた騎士達を中心に醸し出し始める。


「ポーション頼みで生き延びる……かも?」

「そこは、生き残れるんじゃない」

「まあ、リリアルは王国有数のポーション生産者。だが、死んだ者は生き返らせることはできない」

「瀕死なら『ノイン』君に転生できる特典付き」

「ありゃ、アルラウネがいないと駄目だ」

「それは残念。不死の近衛騎士とか……かっこよくない?」


 かっこよくありません。魔物の近衛とかまずいでしょうが。


「こちらから参りますよ」


 しびれを切らせたか、灰目藍髪が剣を構えたままスススっと前に出る。力みもなく、体の揺れもなく、どこか幽霊じみた足さばきである。彼女も初めて見て少々感心する。


「あれ、打ち込むタイミング難しいのよね」

「……あなたが教えたの?」


 伯姪に、灰目藍髪の足さばきを教えたのか彼女が聞くと、首を振り否定する。


「魔力が少ないなら、体捌きを磨いて一撃を効果的にしたいと工夫を重ねたみたい」

「目の前であんな動きされたら、一瞬体が硬直するかもしれないわね」


 小さな歩幅で素早く前進し、あっという間に間合いに入る。長剣なら防げるが、小剣なら押さえられない距離。半身となり、思い切り頭の上に叩きつける。


「がっ!!」


 Bakiiinn!!


 長剣をかざしたものの、その剣は鍔元から斬り飛ばされる。


「聖剣リリアルぱねぇ!!」

「……誰かしら胡乱なことを言い放つのは」


 中心に彼女が精錬した『聖鉄』を使っている『魔銀鍍金剣』はリリアル生のなかで「聖剣リリアル」と呼ばれている。主に、今回の帝国遠征で仕立てた剣は皆これに該当する。


『魔力通さなくても、細身の剣なら斬り飛ばせるのか』

「あの剣が粗悪であったからでしょう。鋼鉄製なら、簡単には斬れないと思うわ」

「いや、あの剣は斬れちまうぞ」


 いつのまにやら、背後には老土夫と癖毛。どうやら、自家製の装備を用いた模擬戦で、どのように運用されているのかを直接確認する良い機会だと思い見に来たのだという。


「あれだ、切れ味が鋭く、かつ粘りもある良い鋼なのだよ」

「鍛造の賜物では?」

「それは前提だ。あの折れた剣とて、恐らくは名のある鍛冶師の作品だ。最高傑作ではないだろうが、近衛騎士に納める程度には良いものだろうて」


 老土夫の話に王弟殿下が深く頷く。王都でも有名な鍛冶師の作品らしく、近衛の年俸程の値段がしたと耳にした記憶があるという。不幸だ。

「代わりの剣を作ってあげる?」


 伯姪の呟きに、老土夫は『刺突剣は趣味ではない』と即座に否定。長く、ある意味平和時の剣であるレイピアは、武具らしい武具を得意とする老土夫は作れないし、作りたくないのであろう。装飾やデザイン性より、折れず曲がらずよく斬れる……といった武器としての実用性こそ至上のモノだと考えている節がある。


「土夫の名工の手による剣か。リリアルの魔術師たちが羨ましい」


 王弟殿下の言葉を耳にするが、リリアルの剣は遣ってなんぼの存在であり、王族の身を飾るに相応しいものではない。


「戦場に伴うには十分すぎる剣ですが、王都総監の身を飾るにはいささか趣が足らないと思います」


 彼女がそう答えると、老土夫は「確かに不相応だ」と大いに笑った。その意味が、剣なのか王弟殿下なのかは曖昧であったが。



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