第414話-1 彼女は王弟の近衛騎士の模擬戦を見る
吸血鬼の扱いを見て少々緊張感が高まった王弟殿下とその連れの近衛騎士達の見学会も終わり、いよいよ「余興」の時間となった。
今回の対戦は三人の近衛騎士とリリアルの騎士三人。折角なので、伯姪と赤目銀髪(オヤジ殺し)、そして……
「私も参加したいのですが」
「いいわね。こちらから声を掛けたいと思っていたの、お願いするわね」
灰目藍髪が自薦する。蒼髪ペアや赤毛娘では……やり過ぎる可能性があるので、そこは避けたというところである。
「あ? 今回俺たちの出番は無しかよぉ!」
「ハンデは大切」
「お前らやりすぎんなよぉ……って配慮ですね」
不満げな青目蒼髪。唯一外見的に『騎士』に相応しく、王国の騎士爵を有する前衛の柱から不満が漏れるが、赤目銀髪と碧目金髪から彼女の選抜する意図を伝える。
「子供に負けるのもどうかと思うから。あたしは優しさから遠慮する」
「お、大人だ……」
この場で最も幼い『赤毛娘』は実力的には蒼髪ペアに匹敵するが、さすがに明らかな「子供」に負けるのは相手の面子を潰すので、遠慮することになるのだが、黒目黒髪が言うほど「大人」なのではなく、単に実力的に不満なのだと思われる。つまり、手加減するのが面倒なのだ。
すっかりヤル気の双方のメンバーだが……
「……女ばかりではないか……」
「リリアルの魔術師はほぼ女性ですし、騎士叙爵されている者も男性が二人以外は全員女性ですが何か問題があるのでしょうか?」
性別を問題とするくらいなら、最初から模擬試合などするべきではないだろう。
「ルイ、こちらは一度負けている身ではないか。再戦するなら、前回と異なる者を出すのは当然。同じものに二度負けるのも恥ずかしいではないか」
「で、殿下。いや、私は二度と負けません」
自信の根拠、それは『身体強化以外の魔術の使用を禁止する』というものである。つまり、気配隠蔽も魔力飛ばしも魔力壁も使用をさせないという、リリアルにとっては結構な縛りである。
つまり、ルイ・ダンボは剣技に限れば、リリアル生に負けないと考えているのだろう。それは、ある意味正しくある意味間違っている。王弟殿下は彼女が受けるかどうか確認をするが、当然「それで構いません」と彼女は答えた。
ちなみに『ゼン』は、王弟殿下の取り巻きと遺恨が起こる可能性も考え、王都に遣いに出しているのでここには居なかったりする。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
最初の対戦は、近衛騎士Aと赤目銀髪である。Aは身長こそ帝国の冒険者ビルと同じ程度の長身だが、体は二回りは細いだろうか。素早さ特化の剣士なのかもしれない。この場合、「騎士」は身分であり、「剣士」は剣を得意とする戦い方をする程度の意味である。
「随分と身長差があるな」
「そうですね。まだ十二歳ですから、これから成長すると思います」
「じゅ、十二歳……」
「それでも、彼女も竜殺しの一員ですし、今回の帝国遠征に終始参加した唯一の騎士です。実力は学院の騎士でも五指に入るでしょうか」
「「「……」」」
小柄で細身、彼女より一回りは小さな少女が「五指」というのは、王弟殿下たちにとっては少々驚きであったようだ。前衛としての蒼髪ペア、赤毛娘、伯姪に赤目銀髪で五指であろうか。茶目栗毛は魔力量とそれに伴う火力不足といったところが欠けるものの、特定の場面ではその不足を補って余りある能力を持つ。
茶目栗毛の能力は「騎士」「剣士」としてだけではなく、第六の存在として討伐以外において有効な能力を持つ彼女と伯姪の補佐役でもある。
Aの得物はレイピア。王国風に言えば「
「リーチと剣の長さの分、相当不利じゃない?」
身長差は30㎝、剣の長さの差も同じくらいある。こちらは80㎝ほど、Aの剣は1mを越えているだろう。
「長ければ良いというものでもないでしょう」
「……リーチの差は圧倒的に有利ではないのか?」
王弟殿下は二人の会話を聞き、自らの疑問を口にする。例えば、決闘であれば、武器による有利不利を防ぐため同じものを用意することもある。今回は、寸止めもしくは、かすり傷を付けた方が勝利という事であり、武器は平素使用している得物を双方が使っている。
「あの背丈では、使いこなせませんでしょうし、長い得物の懐に入れなければリーチの差のある魔物と戦えないではありませんか」
「そ、それもそうだな。あの年齢で経験豊富なのだったな」
並みの冒険者ならまだ見習の白黒等級で、討伐依頼を受けられない年齢の赤目銀髪だが、弓を用いて遊撃を熟すリリアルの討伐には欠かせない存在である。だが剣の腕はさほどではない。
「まあ、見てくだされば分かります」
伯姪が話を切ったところで、「始め!」の合図がなされる。審判は、駐屯所の騎士隊長……以下、数人の有志が務める事になった。どこから漏れたのか、警備の関係で王弟殿下の来訪が騎士団経由で伝えられていたからかもしれない。物見高い非番の騎士達も見学者の中に加わっている。
王弟殿下の前であることもあり声援こそ上げないものの、心証では確実にリリアルを応援していることは明らかである。
ジリジリと間合いを詰める二人。レイピアは『刺突剣』というそのものの意味の剣であり、鋭い踏み込みと刺突で動きを制することが戦いの基本となる。正面から見た動きの変化は捉えにくく、振り下ろす剣を避けるより突き刺さる剣を回避する難易度は相当高くなる。普通は。
「きえぇぇいぃぃ!!」
身体強化とその切っ掛けとしての気勢を上げ、Aが鋭く踏み込んでくる。時計回りに位置を変え乍ら、剣先を躱していた赤目銀髪が脚を止めた途端に踏み込んできた。
「甘い」
刺突する場所が胴の中心辺りである事が分っているのであれば、その軌道を読むのは容易である。剣の腹の部分で巻き上げ、Aのレイピアを頭上にはねとばす。
「「「おおぉぉ!!」」」
前傾から剣を跳ね上げられた所に、低い位置から赤目銀髪が曲げた右足の膝裏に自分の左足を絡め払いながら胸のあたりを左手で制したまま地面にたたきつける。
「グハァ!」
剣先を首元に突きつけられ赤目銀髪は問いかける。
「……まだやる?」
「しょ、勝負あり!!」
決闘であるから、既に首元に浅く傷を付けられたAの敗北となる。だが不意打ちや悪あがきを考え、あくまで言質を正す赤目銀髪。
「負けを認めない?……死にたい?」
「はっ! こ、これは決闘だろう。何故、勝負はついて……」
「ついていない。負けを認めないのであれば、反撃する可能性がある。これでも王国の騎士。侮られるわけにはいかない」
表情一つ変えず、まるで子供の容姿である赤目銀髪に刃をギリギリと押し付けられ、負けを認めねば殺すと暗に脅されている近衛騎士A。
「ま、負けだ。私の負けだ」
「……よし。さっさと認めれば怖い思いをせずに済む。敵なら容赦なく殺すけど、今はそうじゃない」
自分の半分にも満たない年齢の子供に脅しつけられ、腹立たしく思う気持ちが半分、実際、敵を殺す事に躊躇がない子供である赤目銀髪に対する怯えが半分といったところであろうか。
「今回は手加減してあげた。次はない」
まるで剣客のような言葉を紡ぎ、颯爽とその場を立ち去るのである。
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