第405話-1 彼女は騎士学校に舞い戻る
考えてみれば盲点であった。
「騎士学校に資料が纏まっているとはね……」
「組織の存在意義として、ここで管理したり活用するのはもっともだわね。王宮や騎士団より余程この場所の方が活動しやすいもの」
「あ、俺ここに暫く通って模写すればいいんだな……でございます」
騎士団と王宮にネデルの資料を求めた際、返された返答は『騎士学校にて保管してあるネデルの資料の閲覧を全て許可する』であった。面倒なので丸投げされたのかもしれない。
学院からも近く、実際遠征には別行動となる彼女と伯姪もどちらかだけ確認するのもどうかという事で、半日ばかり時間をとって、三人で騎士学校を訪れる事にしたのである。
騎士学校はエンリ主従の前の代の者たちが教育を受けている。既に入校から二ケ月ほど過ぎ、騎士学校内での活動は半ばを過ぎているようで、落ち着いた空気をまとっている。
「まだいくらも経っていないはずなのだけど、懐かしいわね」
「そう? 遠征遠征で忙しかったことしか覚えていないわ」
伯姪は割と騎士学校での生活は既に忘却の彼方にあるようだ。彼女は、机に座り勉強することが好きであるので「騎士学校」という経験は、かなり良い思い出なのである……カトリナ絡みが無ければ、更に人生最良の経験の一つであったと思われる。いや、悪くはないのだが。
午後の時間、教練場では分隊規模の戦闘訓練中のように見える。彼女達もブルームとフルールの二つの部隊に別れ、切磋したものである。
ところが……何やらおかしな雰囲気のようだ。教官の一人が、こちらに向かってくる。誰かを探しているように思えるのだが……
「り、リリアル閣下。お時間いただいてもよろしいでしょうか……」
「……ええ。構いません。セバス、早速この地図の模写をお願いね」
「承知しました……でございます」
資料室にいた彼女と伯姪は、一旦廊下に出る。生徒が教練場から一斉にこちらを見ているような気がするのだが気のせいだろうか。
教官と生徒という関係ではなくなった故に、爵位と『副元帥』という身分での彼女の相手をしなくてはならなくなったことばかりではなく、何やら言いたげな雰囲気を醸し出している。
「実は、今回の臨時教官に就いている近衛騎士から、是非とも閣下の
腕前を後学の為に生徒たちに見せて欲しいと申し出がございまして……」
ミアン防衛戦、そして王女殿下一行を守ったラマンの悪竜退治と、騎士学校に所属していた時期だけでも、大きな討伐成果を上げている彼女の実際の動きを手本として見せて欲しいという希望なのだという。
「短い時間なら構いませんよ。今日は都合の良い事に、二人できておりますから」
「後輩の前で腕前を披露すればいいわけね!」
彼女は義務として、伯姪は楽しみとして好意的に受け止めるのだが、どうやら事情が違うらしい。
「その教官が相手をするという事? 人間が相手をするとか、死にたいのかしら?」
「随分な言いようね。でも、確かに手加減をしたとしても、初見の相手に見せられるように振舞うのでは、手本にならないのではないかしら」
「……そ、そうですな……」
近衛騎士の教官は、先日名前の出ていた『ルイ・ダンボア』その人なのだという。王弟殿下が王都総監の……見習中の間、側近然としているルイも、何かそれらしい仕事を与えて欲しいという殿下の希望で、半年の間臨時教官として騎士学校に所属しているのだという。
もっとも、魔剣士としての腕以外は見る物もないので、遠征などには帯同せず、もっぱら王都から騎士学校に講義のある時間だけ通うのだという。
「面倒ね」
「そうね……私が相手をしましょか。魔剣士同士なら、問題ないわよね」
「……で、では、ニース男爵令嬢殿がお相手するという事でお願いいたします」
「畏まりました。折角ですからご挨拶させて頂きますね」
「あ、ありがとうございます」
教官はホッとした表情となる。先に教官は教練場へと戻り、伯姪は更衣室を借りて懐かしい騎士学校時代の雰囲気に戻る。こんなこともあろうかと魔法袋に収めておいてよかったリリアルの騎士服に着替える。
「改めてこの服でここにいるのは、不思議な感じだわ」
「そうね。私はいつものでいいわよね」
「構わないでしょう。流石に男爵閣下に強請る真似はしないと思うわ。それこそ、王弟殿下の婚約者候補なわけだしね」
あははと伯姪は軽口を聞く。意外と気にしているのだろうか。なんなら、代わっても良いくらいだ。迷惑であろうけれども。
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二人の美少女の登場で、教練場の生徒たちはしばし興奮が隠せていないようで微笑ましい……と言っても良いのだろうか。あまりこういう反応を面と向かってされたことのない彼女と、ニースではよくある体験の伯姪では反応に差がある。
「こ、こんにちは皆さん。わ、私達も昨年騎士学校を卒業した同窓になります。ここでお会いできてうれしく思います……」
「腕前を見せて欲しいという事なんだけど、私も『竜殺し』の一人だし、魔力量も人並みだから参考になると思うのね。リリアル閣下は、剣技はともかく、魔力量と操練度が参考にならないから、見るだけ無駄よ。
私で我慢しておきなさい」
「「「「おおおおぉぉ!!!」」」」
生徒たちは伯姪が剣技を見せてくれるという事で、大いに意気上がる。ラマンの悪竜殺しの一人として、彼女と同様、伯姪も時の人であったからだ。
「ふん、まあいいか。だが、私の相手が務まるか?」
狐顔の険のある男がどうやら『勇者ルイ』のようである。
「ふふ、あんたが竜より強いならともかく、たかが『勇者』の加護持ち程度が、『リリアルの騎士』を前にしてえらい強気じゃない。王宮には竜は出ないから、自分を強いと思えるのでしょうね」
リリアルで三年、絶え間なく彼女と共に王国内の魔物や悪人を討伐し、『リリアルの騎士』として自他ともに認められている伯姪にとって、王宮で粋がっている『勇者ルイ』などというのは、目の端にも入れる価値のない男なのだ。王弟の威を借るキツネの類に過ぎない。
「ぶ、無礼な!!」
「無礼はどちらかしら。彼女は王に任ぜられた騎士であり、ミアンの防衛、悪竜討伐と幾度も国の為に貢献しているわ。で、あなたは今まで、どこで何をしてきたのかしら『勇者』様?」
彼女の物言いに、言われた本人だけでなく教官・生徒までが固まる。伯姪は何時もの彼女らしい言い方に苦笑するが、淑女然とした彼女から辛らつな言葉が紡がれると予想していなかったのだろう。
「勿論、私もです。聖リリアル騎士団を預かる身として、彼女と模範試合をするならともかく、他の組織に所属している騎士と模範とはいえ試合をするわけですから、少なくとも所属する組織の長の許可を得なければならないでしょう。あなたが近衛騎士団長であれば問題ないかもしれませんが、組織の影響を考えるなら、陛下の許可が必要でしょうね」
彼女がこの場にいるので、リリアルの騎士である伯姪が対戦することは彼女の一存で許可ができる……そう言っているのである。
その昔、王女殿下の護衛を引き受ける際に腕試しをされた経験があるが、あの時も組織として承認されたものであったと記憶している。当事者が強請るようなことはなかったのではないか。
「近衛というのは緩いのね」
「まあ、ほら、ねぇ……」
公女カトリナを引き合いに出すまでもないが、どちらかというと貴族の子弟のファームのような役割であり、戦士としての期待値はかなり低いと声に出して言うのは憚られるだろうか。
「ま、まあそうですな。では、ルイ教官、ニース騎士爵殿との模範試合をお願いします」
「に、ニース騎士爵ぅ!?」
「ええ。ニース辺境伯家に連なるものですわ。恐らく『勇者ルイ』殿の噂を私から伝えれば、お爺様が喜んで手合わせして下さるでしょう」
「……そうね。少なくとも、竜と戦うよりは生き残れる確率が高いわね。言葉も通じる……でしょうし。多分」
学生たちから「たぶんってなんだよ」という声が漏れ聞こえる。脳筋ジジマッチョは相手が強ければ集中してしまい、人の話が耳に入らないから仕方ない。ホントごめんなさい。
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