第405話-2 彼女は騎士学校に舞い戻る
伯姪の装備は基本、片手曲剣に小楯の組合せなのだが、今回は装備を揃えて直剣、ロングソードとなりそうだ。
「ちょっと、古臭いスタイルね」
「まあね。でも、見栄えはいいんじゃない? レイピアも長さ的にはロングソードだから」
帯剣するには長すぎるが戦場で振るうにはロングソードの方が良い。柄が若干長く、片手半剣に近い運用ができる刃引きの剣を用いる。
伯姪は制服の下に魔装胴衣を着こみ、魔装手袋も着用しているので、頭以外の攻撃に関してはほぼ問題なくダメージを回避できる。
「様子見から入るわ」
「ええ。今後のことも考えて、手加減をお願いね」
絡まれたり、王弟殿下と揉めるのも面倒であるから、程々に勝利することをお願いしたい。
10m程距離を取り対峙する。教官が審判役を務めるが、お互いにどちらか負けを認めた時点で試合終了という事でルールが定まる。
「では、模範試合始め!!」
伯姪は使い慣れない長さの剣にちょっと戸惑っているようだが、噂では決闘慣れしているというルイは、ぴたりと構えが決まっている。剣を引いて、その全体が体に隠れるようにジリジリとにじり寄っていく。
『腕はまあまあそうだな』
「……そうね。でも、実戦で使える剣ではなさそうだわ」
『そりゃそうだ。近衛騎士なんてのはお飾りで、精々剣闘士の真似事くらいするのが関の山だからな』
近衛騎士は王族の護衛が主任務であり、戦場で敵と相対したり、賊や魔物と戦う事を想定していないのである。『勇者』の加護など、宝の持ち腐れであるし、『勇者』を手元に置くことで王弟殿下の虚栄心を満たす程度の存在でしかない。
それでも魔剣士としてはそれなりの腕前なのだろう。
伯姪が剣の間合いに入った途端、鋭い剣の一撃が横殴りに伯姪に襲い掛かる。
Gnnnnn!!
伯姪の体に命中する数センチ手前の空中で、何か固い物に剣が当たり弾き飛ばされる。『魔力煉瓦』を形成し、剣の軌道上に配置した効果だが、おそらく、魔力量の多い生徒と教官くらいにしか見えなかったのだろう。
「何だ今の音!!」
「見えない壁?」
魔力煉瓦の展開を瞬間で行うには、操練度を上げねばならない。伯姪は魔力量の少なさを補うため、三年間剣技以外にも操練度を集中して磨いてきた経緯がある。同じ魔力量なら操練度の高い方が、魔力の消費を抑え、継戦能力が上がるからだ。
魔力量が豊富で尚且つ操練度も高い彼女に互してあるために、伯姪は自分の出来る事を高め続けてきたのだ。
つまり何が言いたいかというと……
「リリアル男爵と共にある為に磨いた私の技。舐めない方が身のためよ『勇者』様」
「くっ、上等だ!」
言葉と裏腹に、ルイの表情は驚愕を隠せていない。こんな手を使う決闘相手は存在しなかったのだろう。彼の一撃を数度受ければ戦意を喪失し、負けを認める。その程度の相手しかいなかったと想像できる。
決闘でも死ぬことはほとんどない。殺してしまっては、彼の名声を高めるという効果が薄れてしまうからだ。生き残って、恐怖を吹聴してもらい、末永く彼の名声を広め、何かあった時に利用されてもらうのが目的だからだ。
しかし、伯姪にそんなものは通用しない。そもそも、異教徒と戦う前提のニース辺境伯家の騎士を見て憧れて育った伯姪にとって、剣術ごっこが得意な勇者気取りの騎士擬きなど、唾棄する存在だからだ。
「ふふ、本物の魔剣士というものを……体に刻み付けて差し上げるわ」
「ふ、ふざけるな!!」
激昂したルイが、魔力を高め身体強化を行い鋭い剣戟を叩きつけてくる。魔力を纏う事のない剣で受ければ、剣を折られる可能性があるので、回避一択なのだが、伯姪は……
「それ」
「ばば……ばかな……」
振り下ろされる剣の腹を魔装で守られた手で軽く押してやる。剣の流れで態勢を大いに崩すルイを見て、笑いをこらえる見学者たち。今まで、剣技と勇者の加護で畏敬の念を勝ち取り、自尊心と横柄な態度を認められてきた男にとって、従騎士どもに笑われるというのは屈辱以外の何物でもない。
表情が一層険しいものとなり、仕切り直しとばかりに剣を引き息を吐く。そのタイミングを逃さず、伯姪は一瞬の身体強化の加速で、剣の刺突を防具で守られたルイの胴体に叩き込み、そのまま突き倒した。
「ぐえぇぇえ……」
「……まだやる?」
激しい刺突による腹へのダメージで呼吸困難となり、そのまま倒れ、後頭部を強打したルイはしばらく動けそうにもない。
反応のなさに危険と判断した教官が試合を終わらせる。
「どうだったかしら」
「……そうね。私としては悪くないと思うのだけれど……」
どんな形でも負ければ恨みを買うのは仕方がないだろう。とは言え、言い訳できる程度の負け方だと思われる。運悪く倒れ方が悪くて、安全を考え試合を中止しただけで、あそこで決まったわけではない……とでも言い繕えるだろう。
伯姪の桁違いの強さに驚きを隠せない騎士学生たち。運ばれていくルイのことは既に眼中になく、恐ろしいルイに圧勝した伯姪に色々聞きたいことがあるようである。教官がその辺を察し、声を掛ける。
「もしよろしければ、生徒たちの質問に答えて頂けないでしょうか」
珍しく、自分が主役であることに気を良くした伯姪は快諾。そして、質問を受けながら、実際にその工夫を見せつつ意味を説明していった。魔力量頼みのゴリ押しが多い彼女より、限られた魔力を上手く使い、剣士としての技術も身に着けている伯姪の方が、生徒にとって善き教師役となるだろう。
『まあ、お前のは参考にならないからな』
魔術の同時複数展開は、魔力の垂れ流しであり、術式を複数維持するだけで相当の操練度が必要だ。二つでも難易度が高いのに、彼女の場合、十を超える展開も行うのだから参考になるわけがない。
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