第404話-2 彼女は旧交を温める


 カトリナ主従がリリアルを去る頃には、すっかり夕食の時間となっていた。学院生と同じ夕食を取らせるわけにもいかない公爵令嬢には、夕食前に帰宅していただいたのである。


 伯姪と彼女の間で、歩人に『猫』を付けて詳細に二箇所のデンヌの森の中にある『暗部』の拠点を調査する確認を進めたのだが、とりあえず、王宮に保管されているであろう、ネデルの古い地図の写しを確保した上で、彼女と伯姪と歩人で打合せすることにする。


「明日にでも先触れを出して伺いましょうか」

「それはお願いするわね。私も、聖エゼルに手紙を出したり、物資の手配の見直しを進めるわ」


 遠征に参加する人数が変われば、食料や予備の武具の手当ても変わる。そもそも、どこで合流するのかから打合せしなければならない。


「最初に、セバスに調査任務について説明しなければね」

「あいつ、逃げ出さないかしら」

「……大丈夫でしょう。大丈夫よね?」


 遣い程度なら単身向かわせたこともあるが、今回は敵地潜入の上に詳細な情報収集をしなければならない。


「そうね……なにか報償を考えるわ」

「それ、難しいわよね」


 歩人は正式な王国民ではないので、何か功労があったとしても王家としてまた王国として与えるわけにはいかない。騎士の叙任やその他の社会的身分を与えるわけにもいかない。


 そもそも、そんなものであのおじさんが釣れるとも思えない。


「休暇と報奨金を与える……というのはどうかしら」

「……いけるかもしれないわね。暇なときはあっても休みが無いから」


 リリアルも日曜日は御神子教の休日であり、神に祈りを捧げる安息日……というわけではないが仕事をしない。だが、歩人が自由にしてよいということでもなく、これは学院生を含め全員が同様だ。つまり、「休む」という課業をしていると言えば良いだろう。


 孤児院育ちの学院生はともかく、追放生活……放浪生活も長く、陽気で自由な生活を楽しんできた歩人にとって、リリアルでの生活は窮屈であることは疑いない。


「それに……」

「なに?」


 歩人がリリアルに来て三年。最初はほんの気まぐれに拾った存在に過ぎなかった。ただただ子供しかいない環境で、猫の手ならぬ『歩人の手』も借りたかったという事がある。

 

 従者として茶目栗毛も相応しい容姿となり、歩人の役割りを肩代わりするメンバーも育ってきた。


「そろそろ、セバスも里に戻れるのではないかと思ったの」

「あー 一生独身も可哀そうだものね」


 彼女は「ふぅ」と溜息をつき同意した。





 二人は改めて院長室に歩人を呼び、特命任務を与える事を説明した。


「一人で潜入活動かよ……でございます」

「既に『猫』が場所を特定しているのよ。あなたは、そこに向かって実際の経路を地図に書き起こしたり、調べた情報を書き記して持ち帰って欲しいの」

「まあ、小要塞は危険かもだけれど、あんたは同行して『猫』ちゃんが抑えた内部情報を記録するのが主任務だから、侵入する必要はないのよ」

「お、おう……」


 単独の任務、危険が伴うネデル・デンヌの森内の秘匿された施設。歩人の緊張感が高まっていく。


「今一つの放棄された街を利用した『暗殺者養成所』の調査。ここには、多数の孤児や捨て子が集められ、暗殺者となる訓練を受けさせられているわ。

この施設の討伐と子供たちの保護がメインの遠征になるわ」

「出入りの商人や、内部の施設の利用状況、子供たちの生活パターンに、どこにどのように収監されているかまで……討伐と救出に必要なあらゆる情報を集めるのが本命よ」

「……なんだ、大命だな。お、俺には荷が重そうだ……」


 プライドは高いが自己評価の低い歩人である。


「そうね。責任重大だわ」

「大丈夫でしょ? 『猫』ちゃんもアドバイスしてくれるだろうし」

「あ? なんでネコにお伺い立てるんだよ。確かに……まあ、そうか。分かった。出来る限りの調査をする。それでいいんだろ?」


 歩人は逡巡しながらも役割を果たすと頷く。


「それでね」

「三年の御勤めを終えたセバス君には、任務達成後……まあ遠征終了後だけれど、一ケ月の休暇と金貨三枚の報奨金をだすことにしたの」

「そ、それと……もし、希望するのなら、里に戻るのも良い時期かと思うわ。あなたも随分と見られるようになったのだし、里長としての役目も立派に果たせると思うから」


 歩人をリリアルに誘ったときの理由付け。それは、里に戻り、父親のあとをついで里長となることができるよう教導するということであった。


「まだ頼りないけど、でも、ここにいつまでも……」

「いるぞ俺は」

「「へ?」」

「おいおい、俺がいなきゃ、誰がガキどもの我儘を聞いてやるんだよ。言っとくが、お前らには気を使って良い子になってるんだからな。ひでぇもんだぜ、俺には容赦なくて……でございますよお嬢様方」


 おっさんだ、ポンコツだと揶揄われながらも、歩人は歩人として彼なりにリリアルでの居場所を確保していたのだという事だ。


「オヤジもまだまだ現役だし、お前達が嫁に行くまでは頑張るつもりだ」

「……婚期が遠のいたわね」

「縁起でもないわ。私達のどちらかが結婚しなかったら、ずっとここにいるってことじゃない」

「いや、せいぜい十年以内くらいでお願いします……」


 あはは、うふふと笑い合い、少なくともこの関係が今しばらく続くのだと三人は確認し少々安心したのである。





 セバスの出発は出来るだけ速やかにと言う事が決まった。なぜなら、移動に魔導馬車が使えるとしても王国内だけであり、往復と調査の期間を考えればさほど余裕がないという事は明白だからだ。


「一先ず、ネデルの新しい地図をできる限り求めましょう」

「古い地図の模写も必要よね」

「模写なら俺得意だから、羊皮紙と書く物さえ用意してもらえれば、できるぞ」

「「……意外ね……」」


 思わず声が重なる二人であった。


「歩人はそういう古文書の模写とか得意なんだよ。精巧な複製品を作ってだな……」

「あんたの偽造業者としての経験話は今度にして」

「ええ。明らかな犯罪者を匿うわけにはいかないのだから……大人しく縛につきなさい」

「相変わらず俺への対応がひでぇ……」


 リリアルにはその辺りの道具は無い為、王都の子爵邸に手紙を書き、用意を願いする。加えて、騎士団と王宮に『副元帥』名でネデル南部の古地図と現在の地図の閲覧申請を行う事にした。


 事前準備は着々と進んでいくのである。

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