第一幕『王弟フランツ』

第401話-1 彼女はワゴンブルグを試してみる

 秋の遠征に向け、二期生の年長組もしくはサボア組の三人と男子二人は一期生の補助要員として参加することを彼女は早々に通達した。


「……戦争へGo!!」

「戦争ではないわ。私とオラン公軍に参加する子達は戦争になると思うのだけれど」

「私たちはセーフ?」


 セーフではない。今回のオラン公軍に参加する冒険者チーム『リ・アトリエ』には、彼女と赤目銀髪、歩人、灰目藍髪の他……


「え、わたしですか……」

「二期生も一人こちらに加わってもらいたいの。冒険者としての年齢的に問題ないのはあなたくらいなの。よろしくね」


 冒険者組に割り当てられたのは村長の娘こと『ジョヌ』である。秋の遠征には十五歳を越えるので、帝国の冒険者登録を行う……ことはないが、銃兵として参加してもらう事になる。


「馬上からの射撃も行う事になるので、二人乗りの後ろから、鐙の上に立っての射撃練習もお願いね」

「うえぇぇぇ……死なないですよね……」

「大丈夫よ。セバス、あなたは死んでもいいからお願いね」

「いや、どう考えても俺が死んだら後ろの奴も死んでるだろ……でございますお嬢様」


 遠征メンバー五人の中で騎乗が出来ないのは村長の娘だけであるので、歩人の後ろの席で決まりとなる。他は、弓か銃を扱う前提の装備でこれまでの遠征を熟しているので問題ないと考えたためだ。


「セバスおじさん、若い女の子を後ろに乗せたからって変な気おこしちゃだめなのです!」

「セバスおじさんも次期村長? ジョヌっちも次期次期村長だから、良い感じなのだ!!」

「……なわけねぇだろお前ら」


 サボア組の灰目黒髪『セイ』と茶目灰髪『ターニャ』が一応弄ってみたりするが、友達の『ジョヌ』はそれどころではない。


「村長に将来なるのであれば、魔物討伐だって先頭に立たねば村人はついてこないでしょう。冒険者に依頼するにしたとしても、何から何まで任せることは出来ないと考えて、ある程度討伐も出来ないとね」

「……が、がんばります。じっちゃんの名にかけて!!」


 じっちゃんである村長の名を彼女はまだ知らない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 今回の遠征において戦馬車の城Wagenburgを形成することが一つのポイントでもある。その防御力を高める為に、土魔術を用いた築城も必要となる。


 彼女の魔力を用いれば、ある程度の工作は可能だが、幸いリリアルには二人の『土』の精霊の加護持ちが存在する。


「おし、久しぶりの出番だ」

「……疲れるからホント勘弁……でございますお嬢様」

「いいから交互に試してみなさい」

「「おう(うぃーす……)」」


 リリアルの敷地の外周にある野原。厳密に言えばここも王妃様の離宮の敷地の範囲であり、学院であるとも言える場所である。


 最初に試みるのは癖毛。馬車三台を三角形に並べた後、『土』魔術を行使する。


「土の精霊ノームよ、我の欲する土の牢獄を築け……『terracarcer』」


 馬車の周囲が3m程の深さに幅2mほどに渡ってグルリと掘り下げられていく。その彫り上げた土を用いて次の工程がはじまる。


「そして我が働きかけに応え、欲する土の土塁を築け……『土壁barbacane』」


 馬車の荷台の高さと掘り下げた壕の間は、土の壁で補強される。遠目には小さな要塞のように見えるだろう。ここまで僅かニ三分である。


「我の欲する土の槍で敵に備えよ……『土槍terrahasta』」


 残土を用いた壕の底への土の逆茂木が形成される。当然先は尖っているのだが、このままでは少々堅めの土に過ぎない。そこで……


堅牢adamanteus


 壕の外側全周に張り巡らされる 1m程の長さの槍状の逆茂木が硬化する。さらに、土塁も硬化し、砂岩程度の強度となる。岩としては砕けやすいが土や砂を固めたものより相当に硬い。


「や、やるじゃねぇか……」

「魔力の操作も魔装鍛冶で鍛えられてるからな。土や石、金属の加工なんかは自信がある」


 思えば癖毛も随分と立派になったモノである。魔力が多いだけの捻くれ者であったのは今は昔である。鍛冶師であって騎士ではないのだけれど。




内部を確認し、実際、壕に落ちてみて下からワゴンブルクに反撃しようとするものの、相当の身体強化をしなければ逆茂木やワゴンの前の土塁で上手く動き回ることができず、銃眼を乗り越え馬車の中に入りこむ為には5m以上垂直に飛び上がるか、壕の手前から数m斜め上に飛ばなければ超える事は

できない。


「もう少し壕の幅を広げる事は可能かしら?」

「あまり広げると崩れやすくならないかと思って……」


 幅の広さと崩れやすさにはそれほど関係性がないのではないかと思うが、馬車の車輪ギリギリまで壕を近づけるのは崩れる原因になるかもしれない。


「土塁と馬車の間をもう少し広くとって、馬車本体に飛び移れないように壕の手前から距離を取るのはどうかしら」

「……それならできると思う。ちょっとやり直してみる」


 元の地面に戻すと、再び魔術を展開し、今度は少し幅を広く取り馬車と土塁の縁の距離を開けた事もあり、斜めに傾斜の付いた壁となった。


「……どうだ?」

「いいわね。この土壁の強度……かなりあるわね。これなら、壁に穴を穿ってよじ登る事も難しそうだわ」

「だろ? そこそこ魔力を使うけど、この程度なら数回は問題ない」

「だそうよ、セバス」


 土を元に戻す癖毛と入れ替わりに、次は『歩人』のセバスがチャレンジする。


「まさか、『歩人』が普通の人間に負ける事はないわよね」

「いや、そいつ、半分土夫だろ!!」

「……そうだったかしら……」


 知っていてあくまでも煽るスタイル。「ちくしょう!」などと小声でいいつつ、歩人は詠唱に入る。


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の牢獄を築け……おねしゃす!!『terracarcer』」


 じわじわと壕が築かれていく。この手の呪文は、魔力量を投入する速度も影響する。魔力量が『中』程度で、展開も遅い故に癖毛程変化が速やかに進んでいない。

「おっさん、もしかして」


「口にしては駄目よ。真実は時に人を深く傷つけるのだから」


 良い事を言っている風でありながら、しっかり貶めている気がする。要は、魔術の行使が頻繁でなく、精霊との付き合いが希薄な分、影響を与える能力が低いという事なのだ。


 鍛冶師として日頃から魔力を行使している癖毛は、展開に過不足がない故に、速やかに精霊が反応してくれるのだ。とは言え、急ぐべき状況でなければ、十分使用に耐えうる。


「つ、次いくぞ」


 すっかり疲れたおじさん歩人が術を展開する。


「そして土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の土塁を築け……てか、築いてくださいませ!!『土壁barbacane』」


 低姿勢が光る歩人の魔術。先ほどよりもいっそうゆっくりと土が成形され、土塁へと変化していくが、ゆっくり故に盛り上がる前に崩れ始めてしまう箇所も散見される。


「……あらら……」

「あなたには難しかったかしら?」


 鬼の形相で魔力を込めていくが、ぽろぽろと土塁の先端が崩れてしまうのは防げなかった。


「は、はぁはぁ……」


 肩で息をし、汗を袖で拭う歩人。かなり魔力を消耗していると見える。


「……息が荒いわよ。気持ち悪いわね」

「……きついならこの辺で辞めとくか?」

「う、うっせぇ! 俺にも意地ってのがあるんだよ!!}


 これは虐めではない。繰り返す、これは決して虐めではない。


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