第398話-2 彼女は学院へと久しぶりに帰還する
その後は、『ノインテーター』対策として、首を刎ね、銅貨を口に入れることで死滅させられるという対応策を説明し、「どうやって銅貨を口に入れるか」という話になったので、「銅貨を金属の棒の先に溶接した物を用意し、首を跳ねた後、口の中に押し込めばよい」という対応が決まった。
『銅貨って、鋳造してもいいのか?』
「だめでしょう。でも、銅貨状の何かであればいいわよね。別に銅貨そのものである必要はないもの」
円形の銅貨に似たモノで、彼女の魔力で精錬した銅を用いる方が効果があるのではないだろうか。『魔剣』はそんな事を考えたりする。おそらく、老土夫に頼めば、ノインテーターの処理に適した装備を考えてくれるだろう。
そんな事を考えつつ、会議室を後にしようとすると背後から声が掛かる。
「リリアル男爵。少しいいだろうか?」
その声は『蛙君』こと、王弟殿下であった。顔立ちは悪くないのだろうが、蛙というよりはおでこが出ているので『イルカ』に似ていると彼女は感じた。
「王弟殿下……何用でございましょうか」
「その……き、君は……あ、アイネ嬢の妹君になるのか?」
そういえば、彼女の姉に執心していたという話を思い出し少々警戒心を高める。
「はい。確かに姉になります」
「そ、そうか。……アイネ嬢は元気かな」
「はい。昨年、ようやく婚約者と成婚いたしまして、今はニース子爵夫人……となっております」
「……え……」
ニース辺境伯の三男坊は、父親の持つ爵位の中で『ニース子爵』をしばらく名乗る事にしたようである。本来は後継者である長男が名乗る爵位なのだが、王都での仕事上、その爵位を名乗る方が何かと誤解されにくいという事で、『子爵』を名乗る事にしたという。
「ほ、本当に?」
「はい。ですので、最近王都の社交は母に任せ、本人はニース商会頭夫人として、王国内を飛び回っているようですわ」
「そうなのか……それは知らなかった……」
蛙君は連合王国の女王陛下とまだ完全に切れたわけではないはずなので、他の女性と浮名を流すのは王家としてもよろしくないはずである。既婚の市井の女性……多くは富裕層の夫人あたりを愛妾とすることはありがちだが、新婚早々の辺境伯家の息子の嫁であり、王都を差配する子爵家の次期当主を愛人に望むのは難しいだろう。
「では、これで失礼いたします」
「よ、呼び留めてすまなかった……だが……妹君だけあって姉によく似ている」
「……御前失礼いたしますわ」
彼女はこれまで「姉に似ている」と言われたことがほとんどない。似ていないとは数えきれないほどあるのだが。王弟殿下の言は、単に目鼻立ちが姉妹故に似ているという程度の意味だろう。
姉とでさえ十歳近く年が離れている。彼女とはそれこそ親子に近い年齢差である事を考えると、どういう意味なのか考えたくもなかった。
王宮を出て、彼女は一先ずリリアルに戻る事にした。歩人の言もあったが、どのような状態なのか気にならないはずがない。
「急ぎましょう」
「先生、問題ありませんよ。前回も、しっかり運営されていましたし、問題があるというのは、院長の専断事項が処理できないという事だけでしょう」
「だといいのだけれど」
茶目栗毛は前回居残り組であり、副院長の伯姪と、院長代理の祖母の秘書官のような仕事をしていたので、ただの従者に過ぎない歩人よりもよほど仕事に関しては理解度が高い。そう考えると、歩人の話というのは良く解らないからゆえの言葉かもしれない。いいや!! そうに違いない。
「サブローは先にリリアルに向かわせたけれど大丈夫かしらね」
「適度に水やりをすれば問題ないと思います」
水耕栽培の球根のような扱いをされるのだろうか。
あっという間にリリアル学院が見えてきた。いまなら夕食前に到着することになるだろうか。既に、四人は前日に先着しているので、二人の分の夕食も用意してもらえているだろう。
馬車が学院の敷地内に入って来ると、ワラワラと見知った顔が集まってくる。
「おかえり妹ちゃん!!」
「……姉さん……何故実家ではなくこちらにいるのかしら」
「私も今日、ロックシェルから戻ってさー。なんか大変なことになりそうだよ妹ちゃん」
姉曰く、北部遠征の結果、彼女は早々に離脱したので知らなかったのだが、フリジア総督であるベンソン男爵ヤンが、あの追撃戦で戦死するだけではなく、フリジア総督軍三千のうち二千が戦死しているというのだ。
「……大戦果じゃない」
「そう。州総督迄戦死しちゃってさ、総督であるお爺ちゃんの将軍が激怒して、自ら征伐軍を派遣するみたい。ロックシェル近郊で精兵を抽出中でさ、恐らく、神国・法国のベテラン兵を中心に編成することになるんだって」
南部のオラン公遠征を成功させる為、北部遠征軍はルイを中心にフリジアで粘ると言っていたが、このタイミングで編成し、夏には北部遠征軍と戦い、返す刀で秋の遠征軍に立ち向かうという事なのだろうか。老将軍健在なりというところである。
「それだけではありません。今日、王宮に行ったんだよね? もしかして、『蛙君』に会ったりした」
「……王弟殿下なら報告会に出席されていたわ。初めてお会いしたのでご挨拶したのだけれど……」
帰り際、声を掛けられた件は藪蛇になりそうなので彼女は特に言わなかった。
「あいつさ、お父さんの名目上の上司なんだよね。最近なったんだけど、『王都総監』になったんだよ」
『王都総監』というのは、王都における国王陛下の代理人のようなものであり、彼女の祖母の代は祖母が一時期務めていたこともある。父は有事の際にはその代理となる予定だが、平時においては単なる名誉職であることもあり、その辞令を受ける事は無かった。
「それがどうしたのかしら?」
「私の頃は、ほら、行かず後家女王陛下と蛙君はお見合いの最中だったからダーリンとさっさと婚約して難を逃れたんだけど、あの話が今宙ぶらりんからお流れの方向でさ……」
連合王国は教会を独自の『国教会』という組織に改編し、教皇猊下の影響を排除しようとしている。宗派も独自の物を連合王国内では認めており、原神子派と御神子派とも異なる第三の『国教会派』というものを立ち上げている。
教皇猊下から王国内も独立した存在になろうと、教会勢力から教皇の影響を受けないように努めているが、それよりさらに先を行く状態なのだ。連合王国内において、国王が教会の上に立つという宗派だからだ。
その辺りを踏まえ連合王国は王国の王子を婿に向かえることに反対する存在が増えているという。三十過ぎの女王の気持ちも考えてもらいたいものだ。
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