第391話-1 彼女はナッツ兄弟に状況を聞く
巨大な『魔鰐』の討伐を終え、冒険者らしい仕事をすることができ、実は御機嫌な彼女である。
「久しぶりに良い討伐」
「えー 弾丸弾かれまくってショックだったんだけどぉ……」
「魔力の収束の威力、この目で確認できてよかったと思います」
三人娘……それぞれが『らしい』感想を持っている。
「魔力の収束……できた方が良いな」
「ええ、その通りでしたね」
狼人と茶目栗毛も同じことをかんがえている。とは言え、狼人は体質的に難しいかもしれない。
街道上は野次馬だらけであったが、『魔鰐』討伐も終わり死骸も回収されたので、既に引き上げ始めている。瓦礫の片付けや怪我人の治療などに、遠征軍の兵士たちが駆り出され、騎士達が指揮をしているのが見て取れる。
街道に戻ると、オラン公の弟であるルイが声を掛けてきた。どうやら、『魔鰐』の出現で討伐するつもりで騎士達を率いて出張ってきたようである。
「まさに、星四の冒険者の実力を拝見させてもらった。素晴らしかったぞ!」
「恐れ入ります。それより、この地で野営するのは……」
「……細かい話はアゾルといっしょに聞かせて貰おうか。南部の遠征も大変だったと伝わっているからな」
周りの騎士・兵士に聞かれたくない内容でもある。彼女は、他のメンバーに野営地を宛がってもらうよう依頼し、ルイに伴われ本営へと向かうことにした。
川から水を引き濠を湛えた場所に「城塞」が存在する。以前は、フリンゲンと双璧を謳われたフリジアでも有力な都市であったのだというが、戦乱の影響で街は荒廃しフリンゲンへと経済的中心は移動してしまった。とは言え、街を守る城壁こそ失われたが、濠と城塞は健在である。
多くの兵士や騎士が城塞の中庭や周辺の平地に天幕を張り野営している。その中を馬に乗りルイに導かれ進んでいく。そして城塞の中にある比較的奥まった部屋へと案内される。そこが、指揮官の執務室に充てている部屋であるのだそうだ。
中には、アゾルと北部遠征軍の幹部と思われる数人の騎士がいた。
「ルイ、魔物の討伐は無事終わったのか?」
「ああ。幸い、アリー殿たちが居合わせてくれて、見事に『亜竜』を討伐してくれた」
「「「おおぉぉぉ!!」」」
確かに、大きさこそタラスクスに足らないものの、その魔力を用いた体表の硬さは『竜に亜するもの』と言えなくもない。
「実際は『鰐』の魔物でした」
「……『鰐』というと、内海や南の大陸に棲むオオトカゲのことか」
実際、王国に棲むほとんどの人間は『鰐』など絵姿でしか知らない。それは、ネデルでも帝国でも同じだろう。変わった帝王などは、猛獣のようなものを飼いならす趣味を持っていたりするので、その限りではないが。
「モノの話では、虎や象も襲うと言うな」
「それほどの強いものなのですな。それが魔物となったのであれば、どれほどの強さであったか……」
「実際、街の住宅が何件か倒壊していたぞ。何人か兵士が吹き飛ばされて死んでいるから……まさに魔物だったな」
最初に槍を持って対峙した兵士はやはり死んだのだ。あれほど強力な尾の一撃であれば、そうなるのかもしれない。
「あれで終いだと良いのだが」
「なんだと! まだいるのか」
討伐されたと思えば、まだ存在する可能性を示唆され、騎士達も動揺する。
「恐らく、『魔物使い』に使役されたものでしょう。残念ながら『魔物使い』はその場におりませんでした。以前、帝国に雇われた魔物使いと対峙した事がありますが、その時は数頭の魔熊・熊を使役していました。それを考えると、あと何匹か使役している可能性があると思われます」
魔熊使いことメリッサのことだ。魔狼を使役した魔物使いが村を襲うのに対応したこともある。あの時は、魔狼の群れを見捨てて自分だけ逃げた為、どのような存在か把握できなかったが、傭兵としてネデルに仕えているのだろうか。
「内海で活動することの多い神国なら、鰐の魔物を使役する魔物使いを雇う事も難しくないかもしれん」
確かに、ネデルや帝国には鰐は生息していないが、内海を挟んだ大陸には鰐はそれなりに生息している。傭兵として雇う事も可能だろうし、存在をしらないネデルの兵士相手にするなら、その効果は格段に強化される。
実際、槍は刺さらず、戦列は『魔鰐』の尾の一振りで崩壊し死者多数となったわけだ。彼女たちがいなければ、街は崩壊し、数百人単位で兵士が死んでいたか遠征軍が崩壊していた可能性もある。たった一人の魔物使いを送り込むだけで数千の軍が崩壊するのである。
「初見殺しだな。動きが鈍いのかと思って近寄れば、一瞬で素早く動き薙ぎ払われて家が倒壊するほどの力を出す」
「少なくとも、川には安易に近づかないように触れを出すべきだな」
『魔鰐』の存在を警戒し、水辺には必要以外に近寄らないよう警戒する旨、全軍に徹底することにする。
「それで、南部遠征軍の顛末をわかる範囲で教えてもらいたい。できるだけ細かく、何が起こったかだな」
彼女は遠征の経緯について、彼女の視点からであると断ったうえで説明を始めた。
「神国の兵が既に遠征軍の動きを察知して動いていたと」
「故に、ロモンドは事前の約定を違えた……というよりも、こちらの拙速さを見抜かれて、上手く利用された……だな」
ネデル総督府が曖昧であれば、恐らく遠征軍を迎え反旗を翻したのだろう。自由都市としての特権も増税で有名無実化しているのだから、暴動を起こすような真似をするのではなく、より負担の軽い存在に乗り換えたいと思うのは当然だ。
ところが、ネデル総督府の情報収集力と対応が上回り、遠征軍を受け入れれば共倒れになると判断して門を閉ざした。
「それで、『ノインテーター』というのは実際どうなのだ」
「『死兵』を簡単に生み出す厄介な『魔物』です。本体は不死者であり、強力な再生能力を持ち、口の中に銅貨を入れた状態で首を刎ねねば死にません」
「……それで、どの程度の身体能力なのだろうか」
彼女は少し考えて「オーガ以下グール以上」と答えた。吸血鬼の隷属種ですらオーガ並みの身体能力なので、それよりも単体では能力が下回る。しかしながら、戦場で死を恐れない兵士を簡単に生み出せるのは、グールしか生み出す事の出来ない吸血鬼より厄介だ。
グールを軍隊に同行させるのは難易度が高いが、魅了された『狂戦士』はノインテーターの命令に簡単に服従する普通の兵士の対応もできるからだ。
「それで、どの程度の数存在するのだろうか」
彼女は捕らえたノインテーターからの情報であると断ったうえで、十数人と答える。但し……
「ベテランのケガで引退した傭兵を意図的にノインテーター化させることが可能なようですので、一定の数ずつ増えて行く事が予想されます」
「……時間が経てばたつほど不利になるのか……」
実際、一つの戦場に数人が良い所だろう。数で言えば三百人、一個大隊弱の数の『死兵』が生まれる。かなりの脅威だ。
そもそも万を数える軍隊と言えども、全てが均質なわけではない。同じ程度の幅に戦列を整え、拮抗させる必要がある。では、その中に『狂戦士』三百人が本営の前に集中していたらどうなるだろうか。一瞬で中央を突破され、本営は即殲滅される事になるだろう。
その場合、雇い主が戦死したと判断した傭兵達が逃げ出す可能性が高い。目の前の敵に背を向けるのは困難だろうが、支払われないかもしれない……ほとんど支払われる可能性のない残金の為に戦うくらいなら逃げ出す事を考えるだろう。
「今回はどの程度の数が加わるか不明ですが、多くて数人、少なければニ三人と言ったところでしょうか」
その前に、フリンゲンの街への進駐はどうなったのであろうか。
その件について問うと、場の空気が大変気まずいものに変わる。
「そ、それなのだが、既に、フリジア総督であるベンソン男爵がフリンゲンに入城していて……断られた」
「当てにしていた糧秣の供給も断られて、このままでは遠征軍が瓦解する」
話を聞くところによると、南部遠征軍のネデル侵入と同時に、ロックシェルに滞在していたベンソン男爵が急遽戻り、城内のフリジア総督隷下の兵士を指揮しているという。
その前に、フリンゲンに住む原神子派市民が追放されており、市の運営は御神子派に完全に掌握されており、城内には今のところ味方が存在しないということになっている。
追放された市民は、周辺の街に移住したり、多くは干潟海の対岸にある帝国の港湾都市『エムダ』に居を構えたのだという。長期的には原神子派市民を排除したフリンゲンはネデル商人の中で相対的に地位を低下させるであろうが、都市の防衛を考えるとやむを得ないと言えるだろう。
「それで、このまま傍観するのでしょうか」
「いや、撤退すると見せかけてフリンゲンの部隊を釣りだす。今すぐでは余力があると分かっているので追いかけてこないだろう。今少し時間を使い、糧秣不足を理由に後退することになっている」
都市に潜む総督の指揮する軍を引きずり出して、有利な地形で戦う事を企図しているのだ。
「しかし、その前に裏切った、者たちに一言伝えておきたいことがある」
ルイの言葉に周りの騎士達が頷く。確かに、総督府に反旗を翻すには難しい状態なのだろうが、残った都市の指導者たちは本当にそれだけで約束を反故にしたのかというとそうとは言えない。
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