第391話-2 彼女はナッツ兄弟に状況を聞く


 この機会に有力な原神子信徒の有力者を街から追い出し、残った御神子・総督府追従派で利益を山分けすることを考えたと想像がつく。


「残念ながら、我が世の春は長く続かないと伝えておくつもりなんだ」


 アゾルがそう告げる。


「なので……冒険者アリー殿に依頼をしたい」


 ルイが言うには「フリンゲンの中にアゾルを連れて潜入し、裏切り者たちの前で伝えるべきことを伝えたい」という内容だ。フリンゲンの街壁を乗り越え、密かに潜入し、街の有力者の何人かに『覚えておけよ』と言いたいのだ。


「……潜入ですか。アゾル様は気配隠蔽の魔術を使えますか?」


 アゾルは首を横に振る。かといって、一々見張や家人を殺すわけにもいかない。こちらに非があるようなことは、今後の活動を考えると行うべきではないだろう。


「面倒ですね……」

「君たちだけなら、なんてことないんだろうけれど、こればかりは使いに頼むわけにもいかないからな」


 周囲四キロのそれなりの高さの城壁を有する壁を登り、哨戒兵に見つからず侵入し、さらに幾人かの町の有力者の家の中に入るというのは……中々難しい。


「……無理だろうか?」

「いいえ。少々手数がかかりますが、問題ありません」

『負けず嫌い出ちまったな。ひっかかってんじゃねぇよ……』


『魔剣』の言う通り、彼女はこの手の引っ掛けを良く受ける。姉とは特に頻繁にだ。わかっていても敢えて踏み抜くスタイル。


「では、早速手配を致しましょう。二時間後、こちらにお迎えに参ります」

「よろしく頼むアリー殿」


 勿論、追加報酬は別途戴くことになったのは言うまでもない。







 馬車に戻り、五人と話をする。内部に潜入するのは雇い主の他、彼女と茶目栗毛、赤目銀髪。水路の魔導船で待機するのは残りの三人となる。


「まあ、俺は夜目が効くから船の扱いは任せておけ」

「私たちは船で待機し、近寄るものを魔装銃で攻撃すればよろしいのでしょうか」

「うう、夜の運河で舟遊び……じゃないんですよね……」


  若干一名乗り気でないものがいるが、それは仕方ないだろう。アップダムから水路をたどり、フリンゲンの街までの距離は凡そ10㎞、微速で移動したとしても一時間程度で到着するだろう。街を囲む水路には、夜間の侵入者を防ぐ鎖が当然下ろされているだろうから、手前で停止させるべきかもしれない。


「私達の役割りは?」

「敵をバッサバッサと!!」

「殺さないわよ。今は敵でも、将来的には味方に引き入れる必要があるようだから、用件だけを済ませる事にしたいそうよ」


 彼女は幕営で話を掻い摘んで説明する。裏切った町の有力者に釘をさして回るのが主な仕事だ。


 潜入する三人のうち、先導は潜入の訓練を以前受けた事のある茶目栗毛、中央を彼女とアゾル、後備を赤目銀髪が務める事になる。魔力壁の階段で外壁を乗り越え、その上で気配隠蔽をしたまま目的地まで移動する。


「アゾル閣下は気配隠蔽が使えないそうよ」

「使えないオッサン」

「言い得て妙だね」

「貴族や騎士は使わないからな。お前らが特殊なんだよ!」

「ワン太は貴族でも騎士でもないのにおかしい」


 ワン太こと狼人は、とある東にあった公国の戦士長として、当時大公であった『伯爵』に仕えていた。騎士や戦士長に相当する男爵位は存在しなかったようで、単に『戦士長』扱いなので残念ながら貴族でも騎士でもない。


「逃げも隠れもしないのが戦士だ」

「……あなた、廃修道院で降参して命乞いしたのではないかしら」

「してた」

「していましたね……」

「戦士であろうと騎士であろうと、虚言は頂けませんね」


 茶目栗毛は口を出さず傍観するのみ。とりあえず、魔力の収束は今後のワン太の課題という事で一致する。魔力纏いの延長で体内の魔力を自身の纏う魔力とで相殺し気配を消すのが気配隠蔽であるから、多い少ないではなく、よりよく魔力を扱える器用さが求められる。身体強化と魔力を武器に乗せ叩きつけるだけでは、リリアルの仕事は務まらない。


「では、閣下をお迎えに行きます。同行する二人は一緒にお願いね。あなた達は河岸で魔導船を準備しておくので、そこで待機をお願いします」


「「「はい!(おう!!)」」」


 馬車を収納し、馬を預けて幕営へと向かう途中で川岸に降り、彼女は魔法袋から魔導船を取り出し川に浮かべる。


「これ、行きはともかく帰りは旋回して戻れる場所あるんだろうか?」


 狼人のギモンに彼女は答える。


「外輪を反対に回転させれば、そのままバックできるから問題ないわ」


 その言葉に、魔力操作が苦手な狼人が顔を歪めるのを彼女は見逃さなかった。


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