第390話-2 彼女は『魔鰐』と対峙する
一瞬、『魔鰐』から距離を取り、赤目銀髪の横に並ぶ。
「これから、私が背後に回り、あいつの尾を斬り落とすわ」
「む、主役交代……」
いや、このお話の主役は終始彼女である。
「あなたには弓で牽制してもらいつつ、突進してきた場合……」
「魔力壁で突進を止める!」
「そう。お願いできるかしら」
「主人公なら当然!!」
いや、このお話の主人公は彼女である。
『魔鰐』に向かい、絶え間なく弾丸が撃ち込まれ、腕や鼻先に命中するものの、大した効果はない。口を開けばその中に弾を撃ち込まれると理解した故に、咆哮も先ほどから行われていない。
『魔鰐』は元が鰐ゆえに、弱点も鰐と同様である。弱点とは……
『あいつら、目が横についているから、正面が良く見えてねぇんだろうな』
確かに、小さな目が平たい胴体の上部左右に突き出すように出ている。正面が見えているわけがない。とは言え、魔物であるから、魔力を感じて正面の赤目銀髪、その背後に控える二騎にむかって勢いよく突進を開始する。
「抜かせない!!」
横長に胸まで程の高さで魔力壁を街道一杯に展開する赤目銀髪。弓を降ろし片手剣を構え突進に備える。
Dowww!!
魔力壁に頭から突っ込んだ『魔鰐』が突然停止する。そのまま、自分の魔力を剣の先端に集中させた赤目銀髪の刺突が、魔鰐の口先を縦に切裂く。
Guwoo!!
痛みに耐えかね口を開き咆哮を放つそこに、背後から二発の銃弾が即座に打ち込まれ、痛みに耐えかねそのまま後ずさりする『魔鰐』。
「はあぁぁ!!」
気配隠蔽を解き、その後退する魔鰐の後足の直後を彼女の無駄に長い『
本来はただの金属の四角錐に過ぎないのだが、過剰な魔力を纏いその固い小重ね状の骨の板を切断することに成功する。
一抱え程もある太い尾が、後足の先からバスッと切断され、口先の痛み以上の激痛が『魔鰐』を襲い、その痛みに耐えかね街道の中央から川岸にかけて転げ回るように移動していく。
「良い土産ができたわね」
『……お前の姉ちゃんは喜びそうだよな……』
姉ならば、魔鰐の革で大きな魔法袋でも作るかも知れない。もしくは、彼女の母の商会の執務室にその皮を敷き詰めるかもしれないと思ったりする。
「討伐証明できるように、逃がさないわよ」
彼女は魔鰐の後を追うように川岸へと駆け下り、そのまま、川の水面に周り込み、刺突槍を構える。足元には水馬が既に装備されていた。
背後からは赤目銀髪が剣を片手に掛け下って来る。街道には二人の銃手が魔装銃を構え、いつでも放てる姿勢だ。
魔力壁で拘束するのも良いのだが、早々に決着をつける事にする。このあと、ナッツ兄弟に遠征の経過を確認しなければならないことを思い出したからだ。
既に尾を失い出血も激しい『魔鰐』は、魔力による外皮の強化をする意識が消失しているようであり、後脚を魔力を纏った片手剣で赤目銀髪に斬りつけられ、深々と傷を負わされる。既に、尾を失い、脚も満足に動かせなくなりつつある。
鰐の長い尾は、魚の尾びれのような機能を有しているので、このまま水中に逃れたとしても、素早く泳ぎ去る事も不可能となってしまった。尾のないオタマジャクシの如き無様な格好だ。……決して蛙になれたわけではない。
その姿は少々蛙のように見えなくもないが。
『このまま逃がして、魔物使いのところまで案内させるって手もあるぞ』
『魔剣』の言う事も最もであるが、魔物がこれ一体とは限らない。それに、尾を失っているとはいえ、蜥蜴のように再生させ再び完全な状態で襲い掛かってくる可能性を考えると、この場で止めを刺すべきだろう。
彼女は魔力壁を形成したまま、『魔鰐』の進路を抑えていると、背後から駈け寄って来た赤目銀髪が空中に躍り上がり、落下する勢いを生かして『魔鰐』の脳天を片手剣で深く貫いた。
Gwaaa!! Uwooo!!
刺した剣を手放し、すかさず距離を取る赤目銀髪。そして、彼女は同じように『魔鰐』の上に飛び掛かると……刺突槍を虫ピンのようにその体に深々と刺し地面へと縫い付けたのである。
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川岸で巨大な尾を失った鰐が地面に縫い留められビクビクと動く姿を街道上から少なくない見物人が見ている。四頭の馬が川岸に降りてきたのを見て、彼女と赤目銀髪は視線を向ける。
「馬乗れたの?」
「……乗れます。ゆっくり歩かせるくらいならね」
赤目銀髪のギモンに碧目金髪が答える。馬を走らせるのはそれなりに訓練が必要だから仕方ない。
「終わりでしょうか」
「今日のところはね。使役していたものが潜んでいるでしょうけれど、それはまた後日にしましょう」
「鰐の首、落していいか?」
狼人の申し出に彼女は強く否定する。飾り物にする予定だから、わき腹から心臓を突いてそのまま回収すると説明する。もう一本の刺突槍を魔法袋から取り出し、魔力を込めて前足の後ろ当たりの胸を横から突き刺す。
ビクンと激しく痙攣した後、『魔鰐』は動かなくなった。流石に魔物とはいえ、元は鰐であったので、心臓を刺突して殺すことができたのである。
『吸血鬼はモノによっては心臓二つあるらしいな』
『魔剣』はそんな話を聞いたこともあるらしい。人間であった時の心臓とは別に、吸血鬼となった後に形成される心臓があるのだそうだ。
「でも、首を刎ねれば同じでしょう?」
『……ま、まあな……』
吸血鬼も、彼女に掛かれば首を刎ねれば良いという話でしかない。今回の魔鰐のように、部分的に魔力で強化してしまう能力を持つのであれば、高位の吸血鬼の首を斬り落とすのは容易ではないかもしれない。
とは言え、不老不死の不死者の王であったとしても、その魔力が尽きるまで攻め続けることができれば討伐することは不可能ではない。その為に準備をどの程度積みあげられるかという事もある。
「先生、どうやらナッツ伯の御兄弟が様子を見に来られたようです」
川岸から土手の上に目を向けると、見覚えのある騎乗の騎士がこちらを注視している事に気が付く。その取り巻きの騎士の中から、一騎がこちらに向かってくるのが見て取れたのである。
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