第386話-2 彼女は戦場を突破する

 槍兵の押し合いから斬り込みが始まり、混戦状態となる。川の対岸では恐らく神国騎兵が浅瀬を渡ったのかその姿が見て取れる。こちらもその騎兵に対抗する為に、モンテ男爵の指揮する騎兵を川沿いに展開させ牽制させているようだ。


「アリー殿。状況をどう見ますかな」


 気が付くと背後にはデンベルグ伯とその側近の騎士達が騎乗で近寄っていた。


「初めての戦場ですので素人考えですが……」


 興奮状態で疲労を感じていないだろう両軍は、どこかで一気に疲労に気が付き失速するだろう。その影響が大きいのは兵の練度で劣る遠征軍であると彼女はかんがえている。


「思ったほど魔力持ちの兵士が前線に出てきていません。恐らく、その機会を伺っているのでしょう」

「……魔力持ちの位置が分かるのですか」


 多くの貴族は魔力を持ち、簡単な魔術を行使することや身体強化を行ったり魔導の装備を使うことができるのだが、魔術師として訓練を受けたのでなければ、魔力走査や魔力纏い等を行う事すらできない。冒険者にとって、魔物を確認するために必須の能力を貴族は必要としていないのだ。


「ですが、森の際に近い場所に大きな魔力が二つ感じられます」

「それが……」

「恐らく、遊撃部隊として戦線に投入するのでしょう。魔力持ちのベテラン兵が白兵に参加するタイミングでこちらの右翼を粉砕するための戦力かと思われます」


 対岸に騎兵を配置し、牽制したのは、予備戦力を右翼から引き離す為だと考えられる。だが、騎兵自体の脅威は存在する。今の状況で背後から騎兵に襲撃されればどの道戦列は崩壊する。


「こちらはほど良いタイミングで後退するしかないわけか」

「予備戦力もありませんから、後退はかなり困難ですが。閣下だけでも側近の方達とコロニアに逃げ込んでください」


 伯爵と側近たちは苦い顔をする。意外と善戦しているように見えても、相手からすれば時間を掛けて完全に叩き潰すための準備段階に過ぎないのだろう。


 伯爵は暫く考えてから「みっともない程度に逃げ出す事にする。アリー殿も命を大事に」といって去っていった。





「そろぞろ何か仕掛けてくる気配」

「槍兵が疲労困憊してくれば、白兵のはじまりだ。で、どうする」


 彼女は四騎を纏め戦列の右端、森の際に向けて進む事にする。何故なら、そこにノインテーターの部隊が存在するからだ。


 既に槍の戦列は勢いを失い、後列の兵士も尽き欠けている。神国兵はまだ余裕があるのと同時に、後方の矛槍兵たちが割って入り、戦列を徐々に破壊し始めている様子が見て取れる。


「まだ駄目!!」

「止めなさい」


 碧目金髪と赤目銀髪はこちらの戦列に喰いこんできている魔力持ちの兵士に狙撃を行う為、馬足を止める。灰目藍髪も茶目栗毛に声をかけ、同じように一発、二発と射撃を行い、その食い破りかけた兵士を撃ち倒していくが、焼け石に水である。


 防御施設に立て籠もっているのであればともかく、前の人の壁が崩壊すれば、たった六人の冒険者など、濁流に飲み込まれるように押し流されるだろう。目的は……


「お、吶喊したぞ。あいつらの集団」


 勢いを押しとどめられ、魔力持ちが撃ち倒されたのを見て、ノインテーターであるベテラン兵士は乞食党軍の右翼に突撃を開始した。古代の帝国軍に斧と盾をかざして突き進んだ蛮族の如き動きである。


「急ぎましょう」

「「「おう!!」」」


 盾と剣を装備した兵士の集団が疲れ果てた槍兵の懐に飛び込み、左右の腕でやみくもに殴り切り叩き伏せる。酔客が集団で暴れる酒場の如き様相を戦場において醸し出している。


 崩壊する戦列の後背に移動すると、そのままさらに右手の林間に入りそこからノインテーターの集団の横っ面を彼女の形成する魔力壁で吹き飛ばす。


「がはっ!」

「ぐええ……」


 魔力の壁を叩きつけられ倒れ込むノインテーター支配下の狂戦士たち。その上を四頭の馬が踏み荒らし、狼人と彼女は長柄で地面に倒れ伏せた者共を突き刺し、切裂いていく。


『邪魔ヲスルナ!!』


 ノインテーターである片腕の剣士二人に、彼女と狼人が騎乗で接近する。


「先ずは首!!」


『飛燕』を飛ばし、一体のノイエンテータの首を刎ね飛ばす。後方から走り込む赤目銀髪がその首をキャッチし、魔力網へと押し込む。


『ナニシヤガル!!』

「それはこっちのセリフ。簡単に死ねると思うな」


 狼人が斬り結んでいたもう一体のノインテーターを、彼女は再び『飛燕』で首を斬り落とし、今度は茶目栗毛が回収。転がった胴体を一瞬馬上から降りた彼女が周りの隷属化の狂戦士の首をパンパンと刎ね飛ばしながら回収する。


「この気狂い共を皆殺しにしてとっとと森の中へ逃げ込みましょう」


 ノインテーターの処分が終わったにもかかわらず、背後の乞食党軍の戦列は、ネデル総督府軍の予備戦力であった竜騎兵の銃撃であっけなく崩壊するに至った。


 川の向こうから戦列の背後に向かい騎兵が移動し始める。おそらく、背後の村近くに渡渉点をあらかじめ設定しておいたのであろう。にわか仕立ての騎兵では川瀬を渡るのは難しいかもしれないが、追撃戦のベテランである神国騎兵なら十分可能だというのか。


「出来るだけ処分しておきましょう」


 言葉を発しながら、五十人ほどの狂戦士の命を六人は刈り取っていく。と言っても、実際は茶目栗毛と彼女と狼人が斬り殺していくのだが。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 林間を駆け抜ける四騎は、北を目指しメイン川に至る行程に向かっていた。


 ネデル総督府軍は追撃を行ったのだが、森の中に逃げ込んだ少数の騎兵を追うよりもコロニアに向けて後退する遠征軍主力を追いかける事に専念するようであった。そもそも、追撃に向いている騎兵を山間部の追撃に回す必要はない。


「お腹すきました……」

「干し肉食べる?」

「うー 噛めば気がまぎれますかね」

「喉が渇いて水が欲しくなるから、悪循環だと思うわ」


 三人娘は疲労の色が濃いものの、傷もなく問題はない。六人共に肉体的疲労以外のダメージらしいダメージは受けていない。とりあえず、メイン川に出るまではまともに休むことは出来そうにもない。


「馬四頭魔導船に乗るんでしょうか?」

「少々狭いかもしれないけれど乗せましょう」


 馬を処分することも考えなくもないが、良い馬でありこの後一旦オラン公の元に報告に向かった上で、北部遠征軍に合流しなければならない。そこで騎兵として活動するなら、馬を手放す必要はないだろう。


「こいつらはいい馬だ。戦慣れさせるのに大変だからな、手放すのは勿体ないぞ」


 所謂、軍馬、そのなかでも騎士が乗るような馬は駄馬の千頭分もの値段がつく。馬は本来臆病な動物であり、また、群れを成して先頭を行く馬に従う習性がある。


 人の気配やマスケットの発射音、武器と武器を持ってぶつかり合う状況でも狂乱しないように教育するだけでも金が掛かり、尚且つ限られた存在なのだ。馬なら何でも良いという牽引用の馬とは異なる。


 因みに、狼人はリリアルでは馬番も兼任しており、馬の世話や目利きはそれなりに熟達している。また、見習騎士の教育も受けている茶目栗毛や自分自身が騎士志望の灰目藍髪も馬の世話を良くしている。


『まずは切り抜ける事に専念するこったな』

「……ええ。油断なく移動しましょう」


 人里を避け、山間部の小道を移動した彼女たちは丸一日かけてメイン川へと至るのである。



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