第387話-1 彼女は敗残の伯爵を城で迎える
乞食党軍の右翼に突撃してくる一群の集団。戦列も何もなく、ただただ吶喊してくるその集団の先頭に二つの大きな魔力を有する者の存在を彼女は確認していた。
2人のノインテーターと思わしき存在を確認すると、二人とも片腕の傭兵に見える。片手でツヴァイハンダーを振り回すのはどうかと思うが。
彼女は今まで会ったジローとサブローを基準にその存在を考えていたのだが、どうやらそうではないという事なのだと判断した。
『つまり、本来なら傭兵稼業から足を洗うベテランの戦傷兵をノインテーターにしているというわけだな』
同じ結論に『魔剣』も行きつく。長く戦場で生き残る兵士の中で少なからぬ割合が魔力持ちであったのだろう。それは、騎士になることができるほどでは無かったのかもしれないし、赤毛娘のように知らずに身体強化として利用していたのかもしれない。
言葉巧みに第二の人生を選ばせることは、戦場に生き戦場で死ねなかった男たちには容易であっただろう。『いまなら魔力のあるあなたなら、往時の力を片腕でも簡単にとりもどせるでしょう』と希望を持たせ、デンヌの森の奥に置き去りに、アルラウネの元まで辿り着いた半死半生の傷ついた魔力持ちの兵士をノインテーターに変える。
傷病兵の有効利用……とでも考えているのだろうか。異端審問の件といい、傷ついた傭兵の処し方といい神国の統治者たちに対し良い感情を持つことは、彼女には不可能だと言えるだろう。
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メイン川に到着し丸一日かけて魔導船でディルブルクへと到達する。コロニアに立ち寄りデンベルク伯の安否を確認、問題なくコロニアに着いていた。但し、遠征軍は壊滅、多くの参加した貴族も追撃され捕縛ないし討ち死にしたと言われている。
伯の家族はディルブルク城に滞在しており、安否を先に知らせることを請負うことにした。当人は、コロニアに退却してくる残存兵を回収するために暫くコロニアに滞在するつもりであるという。
『オラン公と気まずい思いをせずに済んで良かったよな』
『魔剣』が心配するのは、デンベルク伯は公の妹の夫であり、妹君はまだ小さな子供が生まれたばかりの若い婦人であることを意味している。つまり、お兄ちゃんは妹にダダアマであり、その夫を死なせたりすれば、彼女たちの心証もかなり悪くなることが予想されたからだ。
ディルブルク城では既に南部遠征軍の敗戦の報が届いており、城内は騒然としていた。それは下の者だけであり、オラン公を始めとするある程度地位のある者は「それでどうなったのか」の詳報を聞きたがっていた。当然、彼女達の帰還は即座に伝えられ、オラン公との面会へとつながる。
彼女以外の者に食事と入浴を許してもらい、衣服を整えオラン公との会談に臨む事にした。
敗報を聞いている上、彼女は遠征軍の指揮には一切関わりが無い存在である事を踏まえ、公爵からはどのように推移したのか客観的な話が求められた。
最初はさしたる困難もなく目的地のロモンドまで到着したが、その時点で街は遠征軍を拒絶し門を開ける事は無かった。
「計略であったのだろうか?」
「いいえ。恐らく、総督府から既に軍を派遣した旨が具体的に伝わっていた故に、戦禍を避けるための行為ではないかと思います」
川の流れを考えれば、遠征軍に対する反撃の軍が出立したとロモンドの市民ら関係者が、マストリカから使者を送っている可能性が高い。
「伯爵は即座にロモンドを発ち、コロニアに向けてルルル川沿いを南下し、比較的戦列を敷きやすいダンヒムの街の手前にて追撃してくる総督府軍を迎えうったうえで、コロニアへ退却することにいたしました」
実際、企図していた以上に潰走状態となったが、デンベルク伯はコロニアで敗残兵を集めディルブルクへ戻る予定である。
決戦前日の問題らしい問題を彼女は指摘することはなく、当日も当初は互角に戦えていた時間もあったと説明する。
「ノインテーターは戦列に組み込まれていませんでした」
「ほう。指揮系統に問題が起こると判断したのだね。確かに、力が強いだけで命令を無視する集団を組み込めば、かえって周りの味方が危険になる可能性もあるから妥当か」
歩兵と騎兵の中間のような役割を独立させて担わせた……と彼女はかんがえている。
川と森の間に展開した両軍が疲れを見せ、やがて練度の差が表れ始める時間になり、川を挟んだ対岸を総督府軍の騎兵が前進し、それを拒むように対岸をこちらの騎兵が並走し渡河を防ごうとした。
「森と戦列の隙間を潰すように、ノインテーター率いる狂戦士の集団約五十人が味方の右翼に突撃をしました。その背後には、竜騎兵も配置されており、疲労を重ねた遠征軍を崩壊させるだけの威力があったようです」
「……そうか。で、君たちの活躍の話を聞きたいのだが」
彼女は足元から二つの生首を魔装網に入れた状態で拾い上げテーブルの上に置く。
「二名のノインテーター。それに率いられた五十名の狂戦士は全て排除しました」
「排除?」
「はい。ノインテータを完全に殺さない限り魅了は解けませんので、そのまま殺しました」
「五十人の狂戦士を六人で……か」
実際、討伐したのは彼女と狼人、茶目栗毛の三人なのだが。アンデッドオーガの鉄腕に比べれば、オークと変わらない負荷であったので問題ないと彼女はかんがえている。
「それで、これをどうしろというのか」
「この者たちは、ベテラン傭兵でどうやら腕を失った者たちでした」
ノインテーターとなった以降であれば、完全に殺すまで、手足や首を斬り落としたとしても容易につなげてしまう。つまり、最初から片腕なのは、ノインテーターとなる前からの状態が継続しているからだ。
「本来であれば戦場に立てないはずの経験と魔力のある傷病兵をノインテーターとすることで戦力化する……というのが総督府の考え方のようです」
「……どちらが異端なのだ……正気とは思えん」
宗教の中で正しさを求めれば、それは一種狂気をはらみかねない。多くの宗教で『開祖』のような存在は、その時代においては狂信者に近い存在であったろう。教えが広まるにつれ、マイルドな口当たりの良い内容に変化し、多くの人に受け入れられるようになる。
その流れに逆行することが、神国国王の原理主義的考えなのではないだろうかと思える。
「実際、悪魔は人を試す為に遣わされた堕天使とされる面もありますから。ノインテーターとなり不死の戦士団を率いる存在は、神の別動隊とでもかんがえているのではないでしょうか」
『我等……イシュ・ケリヨト騎士団は、異端者を決して許さぬ』
左ほほに大きな傷のある生首が突然話し始める。
「騎士団……ね。不死者の騎士団という事なのかしら」
『否。我らが騎士団に生者も死者もない。ただ、神と国王陛下に忠節を誓う者のみ』
アンデッドの騎士団。いや、全ての手段を正当化することを考えているのだろうか。あまり考えたくはないが、世界の全てを、神国国王の元御神子教の元に支配すると本気で考えている可能性すらある。
一人の帝王とその他全員が奴隷といった社会が想像できる。
「では、その生首の騎士達は私の方で色々聞きたいことがある。引き渡してもらっても構わないだろうか」
「勿論です。私たちは資材を補給した後、北部遠征軍の後を追います」
「……よろしく頼みますリリアル閣下」
あえて貴族としての名称でオラン公は彼女を呼び、そして「頼みます」と伝えた。彼の二人の弟が主力となり、北部に拠点を得るために遠征を行っている。南部遠征と異なり、こちらは確実に拠点を得るための戦略的な行動だ。
その中には、ネデル総督府軍の精兵と不死者の軍団も派遣される事になるだろう。精兵はともかく、魔物である不死者は彼女たちの担当である。その者どもを駆逐することに失敗すれば、今回の戦略は最初から考えなおさなければならなくなる。
『失敗すれば、数年単位の機会の損失になるな』
「責任重大じゃない。そんな報酬受け取ってないわよ実際」
生首の代金は一体に付き金貨十枚。六人の遠征費用を考えれば赤字なのだが、それでもこの戦争に参加する経験はお金には代えられないと彼女は考えていた。
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