第386話-1 彼女は戦場を突破する
サンチョ大佐は、総督府から派遣されたノインテータ=『特戦騎士』に対して不信感を持ったのか、戦列に加えず遊軍としている。彼女が指揮官であったとしても、その方が合理的であると考えただろう。
戦列に組み込んでしまえば、中央に穴が開いてしまいかねないからだ。
「先生、如何なさいますか」
茶目栗毛が伯爵のそばから移動し、ノインテーターの部隊正面に移動するかどうか問いかけてくる。
ダンヒムの集落を後方にし、遠征軍・乞食党の集団は左手に川をみるようにそこから右手の森の間の空間に戦列を引いた。川と森の存在があれば、大きく左右を迂回し側面を突かれる事もないだろうと判断したのである。
森が最も草原まで接近した場所に展開を開始する。
銃や大砲の射程外、大砲であれば1㎞程度は弾丸が飛翔する。発射の音と煙を確認し、弾丸が地面を転がる様子が目視できるくらいの速度で地面を跳ねるように転がって来るのだが、遠征軍にそのような装備はない。
前進するつもりのネデル総督府軍の神国兵連隊にも今の時点では大砲の用意はないということなので、朝もやが消える時間になれば、そう遅くない時間に前進を開始するだろう。
彼女の横には狼人が轡を並べ立っている。赤目銀髪の背後のシートには碧目金髪が、茶目栗毛の背後には灰目藍髪が騎乗している。
狼人が並んでいるのは、戦場経験が唯一ある存在を傍に置き、解説をさせたいと考えていたからだ。
「そろそろ前進開始だな」
「これが合図の音なのね」
笛を吹いたり、鐘をならしたり、太鼓をたたく事が多いのだという。信号は混乱した状態でも聞き取りやすい鐘の音を用い、行軍を揃える為の音は笛や太鼓でリズムを取るのだ。
「なんだか緊張してきます」
「……魔力走査を始めましょう」
「わかった」
彼女と狼人が中央にその左右にそれぞれタンデムが配置され、戦列の左右に魔力走査を行う。どうやら、魔術師は含まれていないようだが、魔騎士・魔剣士の類はそれなりに含まれているようだという。
戦場で長く生き残る兵士の中には、意図してか知らずにしてかに関わらず魔力で身体強化を行っている物は多い。その場合、小隊長などに抜擢され、戦列の要を任される事が少なくない。
但し、この場合、指揮官は前列の槍の戦列やマスケット兵の中にはおらず、戦列後方の矛槍兵の中に含まれている。
前進してくる神国兵の戦列は、槍の高さを肩・胸前・腰と三段に変え、密集した『槍の壁』を形成して前進してくる。後方の槍兵は槍を真上に構え、前の槍兵が倒れれば素早く穴を埋めるために待機しているようだ。
その槍の壁の前にはマスケットを構えた銃兵が今や遅しと発射のタイミングを待っている。マスケット銃自体の射程は200m程だが、相手に致命傷を与える威力を保つのは70m以内と言われている。その距離では、恐らく再装填してもう一度発射する前に槍の壁同士がぶつかる事になる。
一撃を加えたならば槍の戦列の後方へ移動し、銃を剣に変え槍の壁の下をくぐり前列の槍兵へ白兵を仕掛けることになるだろうか。それと同時に、背後のベテランたちも
つまり、最後はグチャグチャの殺し合いになる……ということだ。
「背後から、魔力持ちを狙撃することは可能かしら?」
銃兵二人に弓兵である赤目銀髪は頷く。銃弾は直線に近い飛翔をするため、鐙を足場に立射することになるだろう。赤目銀髪は『舞雀』を用いて、味方の頭越しに魔力持ちの顔面を狙撃するという。誘導が可能な魔術の矢故に可能な曲芸である。
「向こうの魔力持ちは百は下らないだろう。全部は無理だぞ」
「多少正面が持ちこたえて来ればいいのよ。こちらは銃撃で大混乱になるでしょうから、その後魔力持ちが踏み込んできて潰走に即移行になるのは避けたいじゃない」
銃撃から槍兵の吶喊、そして押し合いを突き崩す魔剣士たちの斬り込みのコンボを崩す為に多少協力するという事に過ぎない。
戦列は約200mにもなる。そこに20段程の列が並ぶ。総督府軍のマスケット兵の姿がはっきり見えるようになってくる。もう100m程度の距離だろうか。気の早い兵士が銃を構えるのが見える。但し、射撃は一斉に号令を持ってなされるはずだ。
丸い弾丸はブレながら飛翔することや銃口から斜め前方に飛び出すことすらある。同時に発射することで、命中精度の悪さを補う意味と、火薬の発煙で狙いが定められなくなることを防ぐ目的がある。
「おい、まだ撃たねぇのかよ」
「……本当に精兵なのね……」
既に相手の最前列の銃兵は表情が確認できる距離でもある。笛が鳴り、一斉に号令がなされる。
BABANBABANNN!!!!
約三百の銃口から一斉に弾丸が放たれ、煙幕よろしく戦場に白煙が立ちこめる。悲鳴や喚き声が聞こえる中、喊声を上げた神国兵が槍の壁を叩きつけてくる。
呻き声や喚き散らす声が聞え、ドスっと肉に何かが突き刺さるような鈍い音があちらこちらから聞こえてくる。前のめりに倒れる前列の槍兵の背後から、新たな槍兵が現れ穴を埋める。
「即座に斬り込まないのね」
「ある程度押しあって消耗させてからの勝負だな。今入っても、槍の柄でぶん殴られるのがオチだ!!」
二人の銃兵と弓兵は左右に別れて、戦列の背後から魔力持ちを狙い撃ち殺すタイミングを計っている。それでも、十人とは仕留められないだろう。戦列が崩れ、混戦となれば離れて狙撃するチャンスは巡ってこない。
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