第381話-2 彼女は吸血鬼の森を知る
今までの吸血鬼は従属種から隷属種を生み出すにしても、相応の人の命を対価にせねばならなかった。一人の隷属種を生み出すには、上位の貴種や従属種は十人分の魂を対価とせねばならず、従属種であれば百人分が必要となる。自らが上位種となるにも同様の対価が必要なので、
簡単に自分の得た人の魂を消費して僕を作ろうと思えないのである。
ところが、ノインテーターは魔力が多少でもある『男』をアルラウネの前に衰弱させて連れて行き、蜜を飲ませればノインテーターという即席の吸血鬼とすることができる。ノインテーターは親族以外の死を望んでおらず、また、首を刎ねても口の中に銅貨が入っていなければ死なないという従来の吸血鬼以上に厄介な相手である。
さらに、グール化させなくても人間を支配下に置き、三十人程度であれば強制的に活動させることができるということも強みである。ノインテーターが死ぬまで若しくは、その支配された者が死ぬまで命令は有効なのだから、戦場では後退することのない精兵が手間もかからず生み出せてしまう。
兵士が死んでもノインテーターの指揮官に新しい兵士を与えれば即座に死兵となって戦う部隊が生み出せるのだ。
「オラン公軍の遠征に、数は不明だけれど必ず参戦してくるでしょう」
『実際に戦場でどの程度効果があるのか確認するためにも出すだろうな』
『魔剣』も彼女も戦場というものに今までほとんど縁がない。特に、野戦に関しては皆無である。百年戦争の時代も今も戦争の形態はあまり変わっていない。マスケットが戦場に登場し、弓銃や長弓の数が減ったとして、騎士の突撃が歩兵の長槍之陣で防がれるようになったとしても……戦争の九割は都市を軍で包囲する攻城戦が主なのは変わらない。
ミアンでアンデッド相手に経験したものの、今回は少数の遠征軍でそれなりに無防備な都市を攻囲し、いくつかでも降伏させることができれば威が示せたとなり、作戦は成功となるのかもしれない。
「オラン公の動員はどの程度なのかしらね」
『一個連隊三千ってところじゃねぇか。あまり多すぎても寄せ集めの軍じゃネデルの神国軍相手に殲滅されるだけだろう』
ネデル総督府の支配が完全にならないよう、原神子派諸侯の存在をアピールするための遠征にしかならない。そこに、ノインテーターで補強された神国軍が攻め寄せた場合、どうなるのだろうか。
「ピンポンダッシュ!!」
ピンポンダッシュとは、呼び出しの鐘を鳴らした後、呼ばれた人がドア越しに出てくるまでに逃げる子供の悪戯の類であり、捕まったら負けの逃げ足を競うものである。赤目銀髪……そういう悪戯は良くない。
「捕まったら負けというのはいい線行ってるんじゃないですか?」
「卵を石壁にぶつけるようなイメージでしょうか」
「まあ、俺達だけ生き残れれば問題ない。出来るだけ吸血鬼を排除してだな」
薬師娘たちに狼人も遠征の内容に関してはかなり悲観的である。神国兵が精兵であることは間違いなく、オラン公に付き従う傭兵もその辺りを踏まえた上で、戦わずに逃げ散るようなことをかんがえているだろう。
敵に接近される前に味方が散り散りになる可能性が高い。
「オラン公の遠征に随伴する際は、単独で逃げ切る手立てを考えなければならないわね」
「できんのかよぉ……かなり厳しいぞ」
負け戦の経験豊富な元戦士長の半人狼が呟く。力が拮抗している時間が経過すれば、船が転覆するように急激に変化が進んでいく。その状況は、いくら魔術師として能力の高い彼女達であったとしても、流れに抗うことは到底できない。流れに逆らえば、かえって損害を大きくすることになる。
六人は遠征に随行し、多少の吸血鬼・ノインテーターを討伐し無事戻る事が目的なのだから。
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オラン公から出征の伝達と姉が公女殿下と共にネデルに向かったことを知らせる遣いの者が錬金工房に現れたのは、数日後のことであった。
彼女達は準備を整えディルブルグへと向かう事になる。
今回も、魔導船でメイン川を行くのだが、舵を取る彼女の元に茶目栗毛がやってきた。
「先生、ノインテーターを育てるアルラウネのいる場所に心当たりがあります」
茶目栗毛は話の中に出てきた緑灰色の城壁の廃墟らしきものが、恐らく暗殺者養成所の外構であるというのである。
「人気が無かったと……それも偽装なのね」
「はい。廃墟にしか見えない街の様子ですが、実際は三百人ほどの人間が暮らす小さな街となっているんです」
赤ん坊はいないが、孤児院や農村の口減らしなどで引き取られたおよそ五歳から十歳ほどの子供と、教官と守備兵、街の機能を果たしている住人がいるのだという。子供の数は十人の半数程度、七歳までは普通の孤児院のような暮らしをさせながら、読み書きや礼儀作法などを躾けられていくのだという。
「まるで貴族の子供みたいね」
「……ええ。そういった場所に紛れ込んでも露骨に見分けられない程度には教育されます」
王都の孤児院よりよほど教育内容に関しては充実していたという。その後、七歳を境に様々な専門教育を受けることになったというが、その多くは諜報員・暗殺者としての技術を身に着ける事に費やされるという。
商人や農民に化ける為に、実際、集落の中でその業務に携わり、その上で、状況に応じた戦い方、殺し方を学ばされるのだという。
「子供の暗殺者……」
「はい。裕福な者や身分のある方達は、子供や孤児に優しく接するというポーズを好まれる場合も多いので……子供の内は単純に毒を塗ったナイフ等を使う暗殺方法や、飲み物食べ物に毒を混ぜる方法など好まれました」
実際、子供が助からなくても構わなければ、往々にして暗殺は成功するのだという。能力の怪しい子は、そういう使い方をされ姿を消す事も少なくなかったという。
孤児も親に育てられた記憶のはっきりしている子は、親の教えを守ろうとする為、才能が有り優秀であったとしてもどこかで歯止めがかかってしまい、養成所から消える事が多かった。
本人も実戦形式の暗殺演習で、行きずりの商人を殺すことを躊躇した為に『廃棄処分』された。そこで九死に一生を得て生き延び、王都の孤児院に預けられたのが十歳の時。その一年後、リリアルに移る事になった。
「場所が特定できれば、失くしてしまいたいわね」
「はい。ですが……」
茶目栗毛だけでなく、全ての養成所の子供たちは城壁の外に出る事は許されておらず、移動の際は外は見えないようにされた馬車の荷台に乗せられいたため特定することは難しいという。
しかしながら、彼女はその廃城塞の場所を特定する方法を幾つか考えていたのである。
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