第376話-2 彼女はリ・アトリエと依頼を受ける
茶目栗毛が受けた依頼。メイン川のメインツからさらに下流にあるビゲンの街の郊外にある廃城に盗賊が潜んでいるという。この廃城は三百年ほど前に建てられたもので、当時、メイン川岸に建てられた『帝国の城』と呼ばれたファルツ辺境伯がメインツ大司教領に打ち込んだ楔のような城塞に対する対の城として建設されたものである。
『教皇猊下の城』であるとか『メインツの山城』等と呼ばれたのだが、対立の原因である皇帝と教皇の融和が成立し、二つの城共にメインツ大司教領となることで役割が終了し放棄されていた。
メインツ防衛のために時折使用される事もあったのだが、老朽化が進み今では完全な廃墟なのだが、元々メイン川に沿って進む街道を擁する河岸段丘の斜面に存在する砦の為、山賊が潜み行きかう商人を襲うのに立地の良い場所でもあった。
護衛を付けたり、貴族の馬車を襲わなかったこともあり、大々的な討伐を受ける事は無く、被害者も殺されるか売り飛ばされている為実体が分かっていなかったのだという。
「今更……」
「どうやら、ビゲンの修道会からの依頼みたいです」
ビゲンの修道院には貴族の子女がかなりいる。万が一、修道女であるからという理由で身分ある女性が攫われた場合、修道院としても難しい立場に立たされる可能性が高い。
「だから安いのですか」
「受ける冒険者がいればラッキーくらいでしょうか」
十人以上、恐らくは三十に少し足らない程度の盗賊団の討伐に金貨一枚は安すぎるだろう。盗賊の人数以上の冒険者を集め、安全に討伐を行うのであれば一人頭、銀貨二枚程度にしかならない。
「薬草集めの方が楽ですね」
「安全確実」
「だが、俺達からすれば」
「「「余裕!!」」」
狼人の一声に、彼女と茶目栗毛を除くメンバーが声を合わせる。
「ゴブリンだと思ってさっさと討伐しましょう」
彼女の発想も大概だが。
「討伐依頼なの?」
赤目銀髪の問いに茶目栗毛が首を振る。規模も分からず、ただの盗賊なのか熟練の傭兵なのか見分けられない状態では、討伐を行うにも支障があるのだ。
「今回の依頼は討伐ではなく調査依頼になります」
出来れば一当たりして戦力を把握し報告して欲しいというのだが、これは難問だ。少なくとも数人で数倍の盗賊に喧嘩を売って無事に逃げ戻る事ができる自信があるパーティーはかなりの練度の冒険者となるだろう。
「ゴブリンだと思ってさっさと討伐しましょう」
同じことを繰り返す彼女の中では、既に討伐方針が決まっているようだ。
ビゲンの街から数キロ。街から直接見えないものの、メインツからコロニアに向かう街道沿い、そのメイン川の河岸にある渓谷の斜面に突き出した岩棚の上に山城は建っている。
川沿いの街道を見下ろすような佇まい。入口は西側の斜面沿いにしかなく、他の三方は切り立つ崖である。三本の塔とそれを連結する石造りの城館。西側は石壁で城の敷地が区切られており、入口は一箇所のみ。少人数で守りやすく、攻めるのに数を頼みに出来ない場所でもある。
メインツを出て早々にビゲンへと移動したリ・アトリエメンバーは下見を兼ねて馬車で城の麓へと向かっている。
「こりゃ……中々の城だな……」
狼人も今回の討伐に大いに乗り気なのだが、実際、下の街道から見上げる城塞を目の前にして攻め手が思いつかないのだろう。
「常識的に考えれば、柵で囲って兵糧攻めが楽なのでしょうね」
「時間も金もかかる」
「たかが盗賊団を討伐するために、命がけで戦うとは思えませんから、そうなるかも知れませんね」
放置して被害が出れば、為政者であるメインツ大司教とその周辺が非難される。今のところ大きな被害は出ていないが、少なからぬ影響が出始めているのだという。
立ち寄ったビゲンの街では、街道を移動する商人が大きく減少しているのだという。船で移動する貨物や人間には影響はないのだろうが、近隣の住人は盗賊の存在を知り活動を自粛している。
「ちょっとした規模の部隊ですもの。正規の兵士たちでは手間取るでしょうね」
水源が城の中で確保できていた場合、数か月単位で生きることができる。また、夜陰に乗じて柵を突破し山中に逃げ込む事も不可能ではない。
「ゴブリンだと思ってさっさと討伐しましょう」
という結論に達するのにそう時間はかからなかった。
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突入時間は視界の悪くなる夜に設定する。これは、同士討ちやパニックを想定してのことだ。
作戦は以下の通りである。彼女が土魔法で城の出入口の前に土塁と壕を設置し逃げ道を塞ぐ。その上で一階の全ての窓を土魔術と煉瓦を用いて逃げ道を塞ぐ。
魔力壁を用いて塔から侵入し、見張の盗賊は『雷』を纏わせた剣戟で昏倒させる。
「『雷』魔術便利」
精霊の力に起因する魔術はオリヴィが使いこなすのだが、ミアン包囲戦でもその威力にリリアル生を始め王国の人間は大いに驚いたものだ。彼女は魔力量を駆使してその幾分の一かではあるが、精霊魔術の真似事が出来るようになってきている。
元々、『魔剣』と『猫』は半精霊であり、精霊との接点が全くないわけでは無かったのが幸いなのだが、魔力頼みであるところが難点ではある。
灰目藍髪を同行者に指名し、土塁の指揮官は茶目栗毛に委託する。夜間視ができる狼人に関しては、彼女たちの知らない抜け穴や二階三階から飛び降り逃げる盗賊の追補を命じる。
「それと、あなたの場合『気配隠蔽』が使えないのだから、作戦開始後に麓から急ぎ登ってきてもらいたいの」
「へいへい。承知しました」
半魔である狼人は魔力量が多く、気配の隠ぺいを行うことができない。これは、魔力を操る為に訓練を受けたことがないこと、また、その必要性がこれまで無かったことに起因する。リリアルの戦法には必須の『気配隠蔽』が使えないのは色々問題ではある。
「久しぶりに油玉を使うつもりなのよ」
「汚物は消毒」
「パニックにして少数であることを悟らせないということですね」
「出口に殺到する盗賊には銃撃で応戦。武器を捨てて投降するように呼びかけだけはしてもらいたいの」
表面的には抵抗しなければ殺さないと意思表示をする。だが、その中でも当然危険な存在が混ざっている可能性がある。
「最初に飛び出してくるのは魔力のない下っ端の盗賊でしょう。だけれど、その後、強者が現れる可能性があります」
「その場合どうすれば良いのでしょう」
魔力持ちで盗賊に落ちる可能性は余り多いとは言えない。そもそも、何もしなくても戦場で魔力持ちの兵士は活躍する余地が大きい。まともに働けば部隊長や騎士に取り立てられる事も難しくないからだ。
それが、盗賊団に混ざっているのだとすれば、ただの盗賊などではないことに気が付くだろう。
「盗賊に偽装した工作兵でしょうか」
「ええ、その可能性も考慮します」
姉がしゃしゃり出て公女マリアを伴って旅立ったことを考えると、オラン公の息女誘拐をネデル総督府が考え、盗賊に偽装した戦力を修道院傍に送り込んだと考えてもおかしくはない。
その中には、ノインテーターや魔力持ちも含まれている可能性があるだろう。
「内部を速やかに討伐して魔力持ちに私が接近するまで、上手に時間稼ぎをお願いするわ」
彼女達にとって新しいタイプの吸血鬼とどう対峙するか、この討伐で経験出来れば良いとメンバーは思うのである。
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