第376話-1 彼女はリ・アトリエと依頼を受ける
茶目栗毛が見繕ったメインツ周辺の冒険者ギルドの依頼。それは、いくつかの廃鉱山に巣くうとされる魔物の調査と、盗賊の討伐であった。
「盗賊討伐。廃城に住んでいるらしい」
「街でも話題になっているみたいですね。なんでも、ネデルの貴族だか騎士が流れ着いて強くなったとかいう話です」
赤目銀髪と碧目金髪がギルドの食堂で耳にしたと告げる。
「山賊かぁ。皆殺しだな!!」
「馬鹿言わないでください。生かして捕らえて、報奨金に変えなければ勿体ないでしょう」
狼人は安易に殺そうとするのだが、灰目藍髪が窘める。盗賊や傭兵は生かして犯罪奴隷として使役した方が良い。報奨金も討伐報酬と別に発生するので、悪い事ではない。
「盗賊討伐も、ネデル遠征の予行演習に丁度良いかと思います」
「魔装銃と騎馬で本格的な討伐は初めてですものね」
廃鉱山は中の調査までする必要はなく、盗賊の隠れ家近くということで、ついでに受けられると考えている。また、薬草など素材の採取を兼ねて現地に向かう途中でも活動ができるので適切ではないかという。
『騎士の反乱以降、廃城も増えているみたいだからな』
「それに、盗賊になる傭兵・騎士もでしょうね」
帝国内で合法ビジネスであった決闘による身代金の調達が禁止され非合法の活動をする者が増えているという事もある。帝国平和令の発効に伴い、それまで慣例として認められてきた、決闘による彼我の問題の解決を禁止した為である。
『喧嘩強ければ違法なことやりたい放題では流石に商人も司教も黙っていないよな』
帝国自由都市に所属する大商人は都市貴族であり、皇帝に税を納めるスポンサーでもある。皇帝の騎士達が勝手に決闘を押し付け、半ば強盗のように商人貴族から身代金を巻き上げるのをいつまでも許しておけなかったという事でもある。
神国兵のネデルへの移動が一段落し、傭兵や冒険者がネデルに移動し始めると、経済活動は活発なものの盗賊を妨げる戦力が不足しているメイン川中流域の街道に盗賊団が多く現れ、ネデルに向かう商人たちを襲い始めたのはおかしくはない。
「捕まって身代金を要求されている商人もいるようですね」
「それは一度で二度おいしい依頼」
「その通りだよ。盗賊団の貯め込んでいる物も回収すれば私たちの資産だからね」
現金は確実に、商品関係も被害者がいくらか対価を払い買い戻すことになるので、回収すれば金になるのである。人間に関してもそれなりに礼金が支払われる。
アジトである錬金工房に戻り、彼女は他のメンバーが依頼の準備に取り掛かる間、オラン公宛に手紙を書くことにした。公爵は姉の事を知らないのだから、いきなりの提案に納得をするとも思えないからだ。
『娘の身を案じる父親なら……まあ預けねぇよな』
「そうとも限らないわ。娘一人の命をベットするだけで、公はそれなりの物を手に入れられるのですもの」
ネデルに残ったとしても、異端審問に召喚される事が決定しているのだから、実質的に貴族としての活動は停止させられる事になる。それに、今の段階で理解できているのは、神国の国王とその代理人である総督は、オラン公を含めネデルの貴族達を見逃すつもりがないという事でもある。
ネデルは帝国の辺境であり、メイン川やネデルを流れる様々な川が流れ込む湿地と、古の帝国時代は蛮族の領域と帝国の領域とが接する地域でもあった。
故に、王国や帝国のように古の帝国時代の街を中心として形成された交通網や社会インフラなどない場所であった。ネデルとそこに隣接するランドルは王国と帝国の中間にあたる地域として時には独立し、時にはどちらかの影響下へと入り発展してきた地域でもある。
帝国・王国、そして連合王国とも取引をしつつ、商取引の場を提供することができる中立的な存在として都市を中心に商工業が発展してきた地域だ。古の帝国時代の行政区分を元に、アルマン人の有力部族が移住し割拠した王国・帝国とは異なる背景を持つ地域なのだ。
それは、貴族と都市の関係にも影響をしている。相対的に領主と都市は共生の関係にあり、支配被支配という関係よりもパートナーという関係が強かった。帝国・王国の都市よりも自立しており、都市同士が結びつき商工業者からなる『市民』が武装した市民兵となり外部の勢力に対抗
することもより強く見られた。この辺りは、同時代の法国の諸都市とにているかもしれない。
その最も顕著であったのは、ランドルに侵攻した王国軍をランドル・ネデルの市民連合軍が打倒した『コルトの戦い』であると言えるだろう。職業軍人であり領主でもある『騎士』に対し、武装市民兵である歩兵が打ち勝った戦いであった。
「今はともかく、長い目で見ればランドルもネデルも神国の支配を容易に受け入れるような土壌ではないのよね。だから、オラン公の公女が危険を犯してでもネデルに現れるという姿勢は、市民に力を与えることになる。危険ではあるけれど、異端狩りで心を折りに来ている神国総督に対するカードとして、雑多な傭兵軍をお印程度に派兵するよりずっと効果があるわね」
彼女達とオラン公ではネデルに向かう理由は大いに異なる。王国からすれば、神国軍がネデルで勢力を扶植する先には王国北部への侵攻も覚悟せねばならない。また、原神子派がネデルの主導権を握れば、ランドルに隣接するミアン周辺にも影響を受け調子づく原神子派の王国の都市住民
が増え、騒乱を起こしかねない。
王国からすればどちらも好ましくない。ネデルで長く争ってもらい、その間に王国北辺の治政を改善し、宗派対立の影響の及ばない政治体制を築く時間を稼ぐ必要がある。
今、オラン公に与するのは、このままでは一気に神国総督府がネデルを制圧しかねないからである。
その為に、公女には多少のリスクを負ってもらわねばならない。オラン公は勿論のこと、家族も含め異端審問に掛けられ見せしめの処刑になりかねないのだから。
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