第九幕『黒い魔剣士』

第377話‐1 彼女はメインツの山城で盗賊を討伐する

 完全に陽が落ちてからビゲンを出て徒歩で移動する。二度手間になりそうだが、馬は気配を気取られたくないのでおいてきたのだ。馬車だけは収納してある。


「俺はここで待機だな」

「お願いするわ。事が始まったら、周囲に逃げ出す者がいないかどうか見張ってちょうだい」

「逃げ出した者の『生死は問わないわ』……お、そりゃ楽でいい」


 全員を生け捕りにするとは考えていない。特に、魔力持ちやノインテーターの類いは危険でもある。魔力持ちは殺すつもりで生きていたらラッキー、ノインテーターはジロウと同じ首だけ確保し首から下は魔法袋に収納する。


 残りのメンバーで気配を隠蔽しながら斜面を登る。どうやら、岩棚の上の廃城塞には幾つか窓から明かりが見えており、時折、胴間声が辺りの山野に響き渡っている。


「これは隠す気ない」

「かなりの人数ですね。予想の範囲ではありますが」


 茶目栗毛は三十前後と踏んだようだ。仮に、傭兵団か工作兵であった場合、指揮官に分隊長クラスが数人混ざっていて、それ以外はいわゆる素で傭兵なのかもしれない。正規の訓練された工作兵が、敵地で大騒ぎするはずがないからだ。


「哨戒線も設定されていないようね」


 大規模な野営に準ずるのであれば、周囲を警戒する歩哨を立てるのが基本だ。だが、塔の上に見張らしき存在は確認できるものの、警戒の為に周囲を警邏する兵士はいない。あくまでも、攻め寄せられるとは考えていないようだ。


「緩い部隊ですね」

「本当の傭兵か盗賊団なのでしょうね。でも……中々の魔力を有している人間が上階に数人見て取れるわね」


 彼女の魔力量を生かした遠距離からの魔力走査で、恐らくは上層階の個室にバラバラに居を構えているようだ。下の階で騒いでいる部下とは線引きするように別行動している事を考えると、雇い主側の存在なのかもしれない。





 少し考えたものの、彼女は予定通り行動を開始することにした。但し、同行者に赤目銀髪と灰目藍髪を指名する。


「二人の役割りは、見張塔の上から魔力持ちを監視して狙撃することね」

「了解」

「承知しました」


 三つの塔がある廃城塞だが、街道上に聳えるやや低めの見張塔に二人を配置し、正面の茶目栗毛たちの死角をフォローすることになる。魔力持ちなら斜面を転げ落ちるくらいの事は行えるだろう。


「魔銀の鏃と聖鉄の弾丸の使用も許可します。恐らく、普通の人間では無い者が相手でしょう」


 ノインテーターを完全に殺すには手間がかかる。が、無力化するのはさほど難しくはない。再生能力が高い、首を斬り落としても首を繋げれば再生するとはいえ、魔銀のダメージや聖鉄の効果が無効化されるわけではない。自分で弾丸を除去することも難しいだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「土の精霊であるノームよ、我が願いを聞き届け給うなら、その結びつきを認め我が魔力を対価に応え、我の欲する土の牢獄を築き給え……『terracarcer


「そして土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の土塁を築け……『土壁barbacane


 出口を馬蹄形に囲むよう幅2m、深さ3mの壕が掘り下げられ、その掘り下げた土を土塁へと成型していく。


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の槍で敵に備えよ……『土槍terrahasta


 1m程の長さの槍状の逆茂木が地面から壕の外側全周に張り巡らされる。そして……


adamanteus


 城壁として十分な強度を持つ壁と土製の逆茂木が完成し、これで容易に廃城から逃げ出す事は出来なくなった。

「では、行って参ります」

「お気をつけて」


 茶目栗毛と碧目金髪を残し、彼女と赤目銀髪、灰目藍髪は彼女の成型した魔力壁の階段をのぼり、城塞の外周から一気に見張塔の上の盗賊の背後へと近づいていく。


『雷撃』では威力があり過ぎ、また周囲の関心を集めてしまう可能性がある。先日、オリヴィから聞いた魔力を剣に纏わせる術の応用を彼女は実行することにする。


「雷の精霊よ我が働きかけの応え、我の剣にその身を纏え……『雷』」


 小声の詠唱、その声に気が付いたのか見張が塔の外を覗き見る。


「な、なっ!」


 Tamm!!


 小さく触雷した見張は、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちる。


「……すごい……」

「これなら、先生一人で制圧できそうですね……」


 パニックを起こす傭兵の群れの中に少数で入り込むより、彼女単独で暴れ回る方が安全だと二人が納得する。


『触るな危険……って感じだな』


『魔剣』のツッコミを聞き流し、二人に縄で縛り上げ口を塞ぐように指示をする。


「魔力走査を使用して、魔力持ちを狙って頂戴。出来るだけ単独でいる者をね」


 危険と判断した場合、二人で魔力壁を用いて崖下に逃走することを許可し、彼女は城内へと向かう。


 見張塔からの渡り廊下を移動し、城館へと入る。上階には複数の魔力持ちの気配、階下では大きな声で騒ぐと男たちの声。


 小火球と油玉を形成し、二階の階段の入口から一階に向け、ポンポンと送り出す。次々に広がる火の海に気が付いた盗賊たちが、一斉に騒ぎ始める。


「か、火事だぁ!!」

「火を消せ。水だ、水を持ってこい!!」

「やべぇ、ここから逃げ出せ。出口を開けろ、もたもたすんなぁ!!」


 半ば泥酔状態の者もおり、火が家財や敷物、あるいは置いてある革鎧などに引火して恐慌状態がますます悪化する。出口に向かう者、右往左往する者、火のついた仲間を助けようとする者、様々である。

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