第374話-2 彼女はメインツであれと会う

 姉には手持ちのポーションを全て渡す事にする。今回の素材採取で、同じ数程度は作れると思われると同時に、ポーションを渡して姉には早めにネデルに旅立って欲しいという希望もある。


「いいの……こんなに」

「ええ。錬金工房の施設でそれなりに補充できるのだし、こちらは特に問題ないわ」

「じゃあ、出来るだけ高く吹っ掛けてくるわね」

「……そこは、友邦価格で安く売って恩を売るべきなのでは?」

「ははは、植民地から収奪しまくる神国にそんな思いやりは不要だよ。それに、お金を貯め込むのは良くないらしいから、出来る限り私が掠め取ってあげることが、彼らにとっては良い事なんだよ……きっとね」


 その後、姉を「黄金の蛙亭」に招待し、夕食を皆で共にする事になった。帝国の中では群を抜いて落ち着いた雰囲気のメインツの街を喜びつつ、「あーここに支店が欲しいねぇ。錬金工房のそばとか」と口にするのである。


「錬金工房は居抜きで安く借りられたのだけれど、この街は家賃かなり高いと思うわよ」

「そうなんだ。ここよりも、トリエルの方が立地的にはいいんだよね。街も小さいし、出店を嫌がる感じはしないんだ。でも、ねぇ……」


 姉曰く、人口はコロニアやメインツの半分以下、防衛施設的には弱く、内戦でも帝国で起これば被害も出やすいと考えているという。


「ニース商会の商会員に損害が出るのも嫌だしね」

「あそこなら、王国に比較的近いのだし、政治的にも中立じゃない。トラスブルやコロニアよりもずっとましよ」

「そうだね……まあ、ヴィーちゃんにも聞いてみよう。あの子、確かトリエルの大司教様と昵懇だしね」


 騎士の反乱、背後で操っていたのは首謀者である帝国の上級騎士の夫人に収まっていた吸血鬼であったという。反乱騎士軍に包囲されていたトリエルを救った事で、トリエルの大司教座と縁ができ、その後の反乱軍の討伐にも影乍ら協力したのがオリヴィの過去だ。


 オリヴィは、七人の選帝侯と呼ばれる帝国内の大領主のうち、三人と縁があり、過去冒険者として依頼を受け大いに助けたことがある。帝国内で『灰色の魔術師』と呼ばれる著名な冒険者である由縁でもある。


「さて、目指すはコロニア、そしてロックシェルに一先ず入ろうかな」


 ネデルにある神国総督府及び、ネデル統治の主要な行政・司法機関がある大都市がロックシェルである。神国総督の直接統治が始まってから五十年ほど経つが、その間、内海と外海を繋ぐ貿易の中心地として繁栄した都市から徐々に商人たちが逃げ出し、ネデル北部のアントAnt

ブルペンbullpen からさらに北のアムステラAmsterlaへと移動し始めている。


 商人同盟ギルド諸都市が帝国内において大領主の影響下に収まり始め、内海と外海を繋ぐ貿易の主な担い手がネデルの商人となり暫くたつのであるが、ネデルにおける商業の中心地やその役割も大きく変化してきていると言われる。


 それまでが、シャンパー市に変わる交易地でしかなかったランドルの都市からネデルにその場を移す際に、多くの商工業者や貿易商人が集まり、製造拠点としてもネデルは都市を発展させたのだが、皇帝や国王の干渉を受ける事で、受けた都市を離れ新たな場所へと商工業者が移り住んでしまう現象が起こっているからだ。


 そして、拡散された人の繋がりがネデルの外へ広がり、連合王国や神国、王国・帝国の中へと浸透していっている。多くは原神子派の信徒であり、それぞれの国では異分子扱いされる事も少なくないが、教皇と対立している帝国皇帝や連合王国においてはそれなりに活動しやすいようで、拡散しているのだ。


「オラン公も、ネデル北部の方が活動しやすいんだろうね」


 北ネデル、即ち外海に面した港湾を持つ地域は、私掠船も立ち寄りやすく、ロックシェルからも遠く離れている為、軍を派遣されても立ち回りしやすい事ではある。また、帝国領となってから日も浅く、元々は司教領とされた未開の地であった。神国・御神子教の教会に対する反発心も強い地域だと言えるだろう。


「そんなことは、オラン公が考えればいい事ね。私たちは、王国に仇為す存在を王国の近辺から排除するだけよ。ネデルには少なくとも、王国の民を害する吸血鬼の巣と暗殺者の育成施設があるのだから、それをオラン公の軍に便乗して討伐できればリリアルの活動目的は達せられるのよ」

「わかってますー ネデルは商人繋がりでボルデュのワインが強いんだよね。私としては、そこに喰いこめるなら十分だよ。シャンパーとネデルは元々同じ君主に治められていた地域だからね。売れないはずないよ☆」


 シャンパーワインは姉の口車に乗って、葡萄畑の作付けを増やす計画を進めている。葡萄を植えても数年は実が生らないという事もあるので、少しずつ増やしていく途上なのだが、味の劣化する樽のワインより、蒸留した味の変わらないブランデーの方が扱いやすい。高価なガラス瓶で保管することも容易となる。


「コニャックとかアルマニャックなんてのが今は人気だけれど、妹ちゃんのポーションで突破口を開いて、シャンパーの蒸留酒だって売れるようにするんだよ。一石二鳥だね☆」


 姉はいつでも一つの行動に複数の意味を持たせる事を考えている。そんな姉のたくましさを彼女はいつも羨ましく思うのである。



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