第375話-1 彼女は冒険者ギルドで公女と出会う

 姉をネデルに送り出す前に、彼女はメインツの冒険者ギルドでポーションを買い取らせることにした。これは、メインツの買取とコロニア・ロックシェルでどの程度相場が変わるのか確認する意味もあった。


 姉を伴って冒険者ギルドへと向かう。


「お姉ちゃんも冒険者やってみたかったなー」

「……勝手に相乗りしてくるじゃない?」


 姉の物言いにいささか反論したくなる。


「えー だって、あれはあくまで依頼を受けてじゃないじゃない。まあ、リリアルの協力者? という感じでお手伝いだよね」


 何度かリリアルの活動に並行して姉が自分の仕事の関係で同行することがあった。その際、姉も討伐に参加しているのだが、確かに依頼を受けて活動しているわけでもない。


「そもそも、冒険者と関わりがないでしょう」

「まあね。自前で何とか賄えるから、必要ないと言えばない。でも……ネデルに入るなら、護衛の一人も雇っておいた方が良いかもしれないよね」


 ニースの商人が護衛も付けずに騒乱の絶えないネデルに兎馬車で乗り付けるというのは確かに違和感を感じる。


「貸さないわよ」

「借りないよぉー ヴィーちゃんじゃ役不足だし。みんなも忙しいもんね。誰かネデルに行きたがる人をここで募集しようかな?」


 コロニアよりもメインツの方が落ち着いている環境ではあるから、護衛も頼みやすいかもしれない。しかしながら、ロックシェル迄となると話しは別だ。相当腕に自信がある冒険者でなければ行かないだろうし、その場合、ある程度の規模の商隊でなければ成立しない。


 兎馬車に乗った二人の女商人の護衛を受けるとも思えない。


「アイデアはあるんだよ」

「……また悪知恵を……」


 姉曰く、護衛をこなせるランクの冒険者を雇うのは金銭的にもマッチング的にも無理がある。なら、荷運びの助手なら初心者冒険者でも参加できるだろうし、実際、お飾りの護衛で十分なのでそれでいいのだという。


「確かに。姉さんとアンヌがいれば、十人くらいまでなら余裕で対応できるでしょうね」

「そうそう。いざとなったら、兎馬車で逃走するからね。山賊傭兵どんとこいだよ」


 なんて姉は今日も騒がしい。その姉以上に冒険者ギルドの受付カウンターで揉めている少女がいる。どうやら身分のある者のようで、侍女と従者らしき男性を連れている。


「ですから、冒険者登録をしたのであれば、わたくしの望む依頼を案内するのがギルドの使命ではありませんか!」


 どうやら、冒険者ギルドに登録したものの、自分の希望する依頼を受注させないことについて文句を言っているようだ。


「ま、マリア様『わたくしは一介の冒険者です。オラン公女ではありません!』

……では冒険者マリア殿、ギルドでは年齢が十五歳になるまで、討伐依頼を受ける事は出来ません。これは、帝国以外の冒険者ギルドでも同様です。また、討伐依頼は星一つ以上でなければなりません。少なくとも数か月から半年、素材の採取や商家の雑用等の依頼をこなし冒険者としての実績と信用を積みあげていただかなければなりません」


 信用に足りる存在かどうか、また魔物と相対して十分に動けるかどうか依頼を通じてギルドも冒険者を判定しているという面もある。少女はどう見ても剣を扱えるような雰囲気ではない。魔力持ちであるとしてもである。


「そ、それでは、お父様の遠征に間に合わないではありませんか!」

「……それは、お身内でお話合い下さい。兎に角、依頼は星無の中からしか選ぶことは出来ません。ギルドのルールです」


 どうやら、オラン公の息女でありネデル遠征に参加したい……ということで冒険者登録をし実績を積んで公爵閣下に同行を認めさせたいといったところだろう。オラン公のネデルでの財産は接収されており、家屋敷も総督府の管理下になっている。自分の生まれ育った家を取上げられたと思えば、神国に立ち向かう軍に参加したいと思うのは自然だろう。


 だが、リリアル二期生と変わらない年齢の少女が戦場に出るというのはかなり無理がある。足手纏いにしかならないだろう。


「盛り上がってるねカウンター」

「悪趣味よ姉さん」

「でも、オラン公の長女のマリアちゃんは御年十二歳だから、多分あの子だね。他の子はまだ赤ちゃんだから」


 ネデルに残してきた長男と長女以外はまだ乳飲み子である。成人に近い子女が二人しかおらず、長男は手元にいないとなれば、一人娘の彼女が戦場に出るというのは、絶対認められないだろう。


「ちょっと話聞いて来るね!」


 姉は「ちょっとごめんよ」とばかりに人混みをかき分け、少女の従僕に話しかけた。何やら、経緯を聞き出しているようである。暫くすると、姉が手招きしているので近づく事にした。


「お、妹ちゃん、物は相談なんだけどね」

「嫌よ」

「……まだ何も言ってないじゃない?」

「聞けば頷くまで絡まれると分かっていて、話を聞くわけがないでしょう」


 姉はいいからと話を遮り、聞いた話をまとめて聞かせた。

「つまり、マリア様はビゲンの女子修道院を抜け出してきた……ということでしょうか」

「……その通りでございます。ところで、この方はどちら様でしょうか」

「私の妹ちゃんであるところの、リリアル男爵閣下です。公爵閣下の依頼で遠征軍に所属して魔物狩りすることになっているんだよ」


 姉と彼女の会話が耳に入り、カウンターのマリアがグルリと身を翻す。


「リリアル男爵……本物?」

「他にリリアルはいないと思います。初めまして公女殿下。今は冒険者のアリーです。アリーとお呼びください」

「は、初めまして!! わ、わたくし、アリー様に憧れておりまして、大変、お会いできて光栄です!!」

『なんだよ、このお嬢ちゃんが騒いでるのお前の影響かよ』


『魔剣』の呟きに、「私のせいではないわよ」と内心思うのである。



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