第374話-1 彼女はメインツであれと会う
彼女の姉は、暫くサボア公国で修道女達と過ごしているはずである。そう言ってリリアルで別れたはずなのだが……
「姉さん、こんな所で油を売っている場合ではないでしょう」
「いやー お姉ちゃんは主にワインとか蒸留酒を売っているんだよ。まあ、アルコールも油の一種?」
と、相変わらずとぼけた事を言い返してくる。お伴は何時ものアンデッドな侍女アンヌである。
「こんな所で立ち話もなんだから、どこかでお茶しながらお話しようよ」
「……遠征帰りで疲れているのだけれど」
「ああ、そうなんだ。錬金工房があるんでしょ? そこに案内してもらおうかな」
姉はメインツのアジトに興味津々なようで、はよ案内せよとばかりに彼女を急かせる。
「姉のアイネじゃねぇか」
「お、犬の人こんにちは」
「い、犬じゃねぇ!!! 狼さんだよぉ!!」
狼人は犬扱いに敏感であったりする。どうやら、赤目銀髪が兎馬車に同乗し先に向かうようである。彼女たちも馬車で後を追う。ギルド前で目立つのはあまりうれしくない。姉がいれば、何もしなくとも目立ってしまうのは何時ものことである。
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「なんかいいねここ。錬金工房って感じするね」
「……居抜きで借り受けているから当然ね」
「あ、落し穴。でもさ、こんな分かりやすい罠に掛かる奴っているのかな?」
そんな姉の心無い一言に傷つくアンデットが一匹いたりする。
「人間にはあまり効果がないのだけれど、ノインテーターには効果があったみたいね」
「……ノイン?……って何のこと?」
論より証拠ではないが、説明するのが面倒である彼女は、馬車から降ろしてきた『首だけワルター』を姉に見せる。姉がゲラゲラ笑い始める。
「なーにぃーこれー、おっもしろーい!!」
『……面白くねぇ……』
「ご挨拶は?」
赤目銀髪に促され、ノインテーターとなった元ネデルの神国傭兵であるとワルターが自己紹介する。
「でもさ、普通吸血鬼って首を斬り落とすと死ぬんだよね」
「ええそうね。でも、帝国やネデルで発生する別系統の不死者はレヴナントと吸血鬼の中間のような存在になるみたい。それがノインテーターと呼ばれるネデルに潜む魔物ね」
「へぇー そんなの王国に入り込まれたら大変だね」
『主に妹ちゃんが』と姉は付け加える。全くその通りで面白くない。
彼女は姉に、実物のノインテーターであるワルターを見せながら、聞き取った情報とアンデッドの生成事情の仮説を話す事にする。
「生前のワルターは熱心ではないけれど真面目な衛兵だったのだと思うわ」
真面目な衛兵が神国軍の傭兵に転職した結果、様々な異端狩りの捕り方として異端審問官の手先となり、今まで同じ街に住んでいた顔見知りや知人を捕まえ牢送りにする手伝いをする事になった。恨み言を言われ、罵倒され、それまでは敬意をもって接してもらえた市民たちから汚物を見るような目で見られるようになった。
「アルラウネの元で魂を取り込まれて死ぬことでノインテータとなるという噂を聞いた心の弱い中年男は、一人で噂で聞いたデンヌの森のアリアドネの元に足を向け、酒に酔ってその場で寝込んで凍死した……そして、
「えー なんでそのまま普通に自死しないの?その辺、踏ん切りが悪いよね」
『……や、やっぱ死ぬのは怖いだろ?』
優しさではなく気が小さいが故の性格であったのだろう。不死者となって他人を蹂躙したがる傭兵や盗賊よりは幾分マシではあるが。
「それで、妹ちゃん達はそのアルラウネを討伐する気なんだ」
「会話が成立するならば、別の形で説得したいわね。不死者を作り出さず、大人しく森の中で生活してくれないかというお話ね」
『難しいだろうな。討伐した上で、屈服させないと魔物は言うこと聞かねぇぞ』
魔猪や狼人もそうであったが、自分より強い者に従う性格なのは植物の精霊由来の魔物でも変わらない可能性は大いにある。人を取り込んで食する可能性もある。
「ネデルの吸血鬼狩りは暫くかかりそうだね」
「ええ。オラン公の軍に同行して、ネデル領内で現れる吸血鬼を討伐する過程で、吸血鬼を育成している組織が存在するならばそれも討伐する……暗殺者養成所というものもデンヌの森にあると思われるから、時間が掛かりそうなのよ」
姉は「暗殺者養成所」という言葉に反応する。
「サボアでさ、反大公派の貴族が悪さしていてね、裏に帝国領ミランの総督辺りが付いているんだと思うんだけど、街道でサボア公領以外の行商人や巡礼を襲っている村を操っていたんだよ」
王国からトレノに向かう大山脈越えの街道に現れる山賊は、その地を治めるサボア公の代官と結託し、帝国と繋がった人身売買組織であったという。
「その引き取られ先がね……」
「ネデルの暗殺者養成所……ね」
「ご名答。未だに捕えられている子供や、その親たちも助け出せないかなと考えているわけ」
養成所では子供を暗殺者に育て、その生きた的として大人を収監しているのではないかと推測している。実の子に親を殺させている事も考えられるという。
「サボアにとっても、王国にとってもオラン公側の勢力にしても……養成所目障りでしょう?」
サボアで攫った人間をネデルに送り込み、そこで育成した暗殺者や諜報員を王国やネデルに送り込み敵対する勢力を暗殺・破壊工作をするような組織があって良い事は何もない。
「姉さんはどうするつもり?」
「行商するつもりだよ。それでね……」
姉は古い地図を懐から取り出す。
「これは、聖征のあった時代の頃のネデルの地図だよ。ネデル・ランドル辺りからは相当、聖征に騎士が参加しているからね」
「確か、聖王国の国王になった家系や修道騎士団を始めた騎士もこの辺りの出身の貴族よね」
「そうそう。で、枯黒病が流行った時代に、領地の中で廃村や廃都となった中小領主の領地があるわけだよ。そこが、そのまま丸々育成所に転換されていると思うんだよね」
枯黒病で使われなくなった『街』であれば、居抜きで使える。街全体を訓練施設として利用できるメリットは大きい。いわば、街そのものが暗殺の舞台として訓練できるからだ。
「自給自足するにしても限界があるでしょう? 川沿いか脇街道から狭い谷を通った先にあるような、周りから見えにくく人の往来の痕跡を隠しやすい場所。今の地図と照らし合わせて、無くなっている『街』で条件にあった場所をいくつか確認すればいいと思ってるんだよね」
「そこで、この首だけアンデッドが役に立つと良いわね」
「そうそう。ジローが役に立つと良いと思うんだよ」
『……ジローって誰だよ』
姉曰く「ワルターとかカッコいい名前じゃダメ。あんたはジロー」と言いきられる。
「確かに……名前負けね」
「でしょ? 君は今日からジローに生まれ変わった」
『変わってねぇ!!』
姉は一先ず、ジローを連れ、アルラウネと暗殺者養成所の場所を探るため、ネデルに向かうという。修道女姿で。
「それで、姉さんは神国領に入っても大丈夫なのかしら」
「なに、妹ちゃん、お姉ちゃんのこと心配?」
「し、心配ではないわ。その、ニース家や王国に迷惑を掛けないか懸念しているだけよ」
姉は「No 心配ない」と答える。
「ニース領はね、『神帝連合』に参加しているんだよ。だから、ニース商会の名前で安全は担保されるんだよね。私、一応ニース家の嫁だしね」
『神帝連合』というのは、サラセンの内海での西征に対して教皇が音頭を取って編成された対サラセン軍事同盟のことである。神国・帝国軍を軸に、内海に属する海軍を持つ国を中心に編成された存在で、ニースは『聖エゼル騎士団』に所属する海軍を教皇から任されているのだ。
「今は、聖エゼルって王国とサボア公国とに分かれて存在するんだけれど、その昔、海軍の拠点はニースにあってさ。教皇から預かっていた存在なのね。騎士団がサボア領内の拠点はサボア公に与えられ、王国内の騎士団領は王家が預かっているんだよ。で、『マレス』島防衛戦で騎士団の軍船がそれなりに活躍してさ、神国とはそこそこ仲が良くなっているんだよ。主に、うちの旦那が」
そういえば、姉の夫であるニース家の三男坊は船乗りであり、ニースの軍船が出撃する際は指揮官となっていた。マレスにも三男坊は参加しているのだろう。
「なので、神国領内で『ニース提督の妻』というのは、神国総督からしても厚遇すべき存在だから、何かあってもひどい目には合わないと思うよ」
「……姉さんがひどい目に合わせる事はあってもね」
「ありゃ、それは誤解だよ妹ちゃん。周りが勝手に巻き込まれるだけだよ」
嫌だわおほほ、とばかりにわざとらしく笑う姉。
「ネデルで行商をするのはワインを主に扱うのでしょう?」
「そうだね。あ、リリアルのポーションがあればさらに助かるかな。蒸留酒もトワレもあるから、ポーションもあって困らないし、軍人ならポーションも欲しがるでしょう。それに……」
姉は「暗殺者養成所もね」と付け加えた。
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