第373話-2 彼女は為すべきことを確認する

 ネデルは元々帝国の一部であったのだが、海運が盛んであり、また連合王国から買い入れた羊毛を船で運んでネデルの諸都市で毛織物に加工する関係から、連合王国と関係が深い。


 また、現在の女王の父王の代に修道院を廃止して財産を王の物としたり、連合王国内での教会の最上位を国王であるとする法令を発して教皇と対立する関係にある。ネデルの原神子教徒とは宗派が異なるものの、反教会・反教皇という点で立場が近い。


 そして、神国の貿易船を私掠船という形で連合王国も、オラン公側に属するネデルの船も攻撃している。神国という共通の敵に対してこの二つの勢力は手を結びえるのだが、連合王国と王国は長らく敵対関係であることからすれば、潜在的にはネデルともそう仲良くはできない。


「今は、神国の勢力を弱めるためにネデル独立派……とでも言うべきオラン公に協力する事は問題ないのよ。このまま神国がネデルを完全に掌握する事になれば、ネデルの軍が進むのは陸続きの王国に違いないのだから」

「そうでしょう。ミアンや聖都はとても危険だと思います」


 ネデルの状況は商人を通じて王宮も随時把握をしている。ネデルから逃げ出す原神子信徒が王国に入り込んで問題を起こす可能性を考え、ミアンには近衛の部隊を一部騎士団とは別に配置をしている。また、騎士団も増強し、聖都とミアンの間の警邏の密度を拡充してもいる。


「時間を掛けて神国駐留軍とオラン公に付く反乱軍勢力が対峙してもらう事が重要なのね」

「片方が勝ちすぎても困る」

「ええそうよ。王国がこの状態なら、即座にロックシェルの総督府に侵入して総督らを捕らえるようにするでしょうけれど、それでは私たちに利があまりないの。長く、ネデルが争って王国に害が及ばないように調整する事が大切ね」


 オラン公の軍はあまりに少ないので、まずは、吸血鬼のような強力な戦力で軍が壊滅しないようにセーブするのが当面の彼女たちの仕事になるだろう。が、勝たせ過ぎてもいけない。


「それと、吸血鬼以外のネデル総督府の協力者を削る事。具体的には、デンヌの森の中にあると考えられる『暗殺者養成所の破壊……』という事になるわね」


 彼女の会話に珍しく言葉を重ねる茶目栗毛。自らの出身母体である暗殺者養成所には、思うところが当然あるのだろう。


「……暗殺者」

「……養成所……」


 初めて聞いたメンバーが思わぬ事だと驚く。彼女は、孤児を集め教育し傭兵のような形で雇われる暗殺者を供給する施設であると説明する。


「リリアルっぽい?」

「そうかもしれないわね。私達も守るものが明確でなければ、暗殺者と変わらないこともできるのだから」


 焚火を囲み、飲み物を口にしながら爆ぜる炎を見つめつつ、彼女は同意する。「商売としての暗殺、破壊活動を行うというのは、冒険者ギルドならぬ暗殺者ギルドと言えるかもしれないわね。傭兵や冒険者の中にもそうした技術を身に着けた人が紛れ込んでいるかもしれない。今いる存在をどうこうすることは難しいかもしれないけれど、新しく育てられないように施設と……そこで教育を施す人間を始末する事で、禍根は一先ず断たれるのではないかしら」


 暗殺者としての技術を身に着けているだけで処刑するというのは問題があるだろう。が、暗殺者を育て供給する施設とその管理者を討伐する事は新しく生まれる者を……減らす事に繋がる。できれば、王国に来ないで欲しいのであるが、立地を考えれば帝国・神国もしくは連合王国に雇われ王国に害をなす存在を育てているだろう。


 教官ができるほどの人材を始末すれば、何年かはその施設の機能を麻痺させることができる。その間に、リリアルを始め王国は更に体制を整えていけば良い。


 恐らく、異端審問の為の捜査員もその施設出身者が少なくないだろうし、神国軍に所属する諜報員も共有しているだろう。滅ぼせば、オラン公の反乱軍の力になる。


「流れとしては、最初に戦場に出てくる吸血鬼を削って、調査を進めていく間に、ネデル領内にある施設の破壊という形でしょうか」

「概ねそうするつもりです。遠征が失敗に終わった場合、王国に戻り改めて調査を行うつもり。兎に角、暗殺者養成所と吸血鬼を生み出している元凶を最優先で討伐します」


 その上で、ネデルにメインツで作ったポーションを持ち込んで売ることを考えているという。


「ネデル……なんで?」

「敵に塩を送る事になりませんか先生」

「そうよ。ケガや病気になって困っている人も増えているはずよ。それに、腕のある錬金術師ならネデルに滞在する事を避けて余所に行く事になるでしょう。需要が大きく増えているのに供給が不足しているはずね」


 彼女は、ポーションを売りネデルの継戦能力を維持させつつ金銭的な負担を与えようとも考えている。ついでに、オラン公軍に従軍しても大して遠征費用の足しにならないことを考えると、ポーション頼みで活動資金を確保することも必要だ。


「ネデル領内に入るのは難しいのでは?」

「コロニアの薬師ギルドか冒険者ギルドで販売しようかしらね」


 薬師ギルドだと恐らく、商人同盟ギルドに加盟している都市の薬師ギルド所属でないと買取してもらえないかもしれない。反面、査定は下がるものの、冒険者ギルドであれば、帝国での冒険者登録がある彼女たちに買取をさせることは可能だと考える。


「それか、メイヤー商会経由も検討の余地があります」

「忘れていた」

「そう言えば、ブリジッタさんの知己でどなたかいらっしゃいませんか」


 メインツならともかく、ネデルでは難しいような気もする。むしろ、ネデルに有効な伝手を持つ存在を彼女は思いついたのであるが、あまり使いたくない存在でもあった。





☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌日は一日薬草を採取しながら移動し、更に野営をすることにした。特に変わった魔物やおかしな現象に遭遇するする事もなく一晩を過ごし、メインツの街に到着した。


「一先ず、冒険者ギルドで情報収集をして、ついでに少し回復ポーションを売って価格を確認しようかと思います」

「依頼も面白そうなものがないかどうか確認する」


 一応、オラン公の依頼を受けている最中……という設定になっているので、今回は常時依頼のようなもの以外は受けない事になっている。


「いや、ポーション作ったらコロニアに移動するんだから駄目じゃない?」

「コロニアへ向かう隊商の護衛とかでしょうか」

「船で下る事になるだろうから、それはそれで少々手間だろうね」


 コロニアで情報収集が優先である。


 初めに、ポーションを買取カウンターで売却の打診をする。


「回復ポーションの買取をお願いします」

「はいはい、助かりますぅ~♡」


 受付嬢曰く、やはりポーションの需要増加に仕入れが追い付いていない為、ポーション価格が高騰してるという。


「高くすればいいというわけにもいかないので、冒険者等級と販売数量を限定してギルドでは販売しているんですぅ」


 星三以上、一月に一本までという制限を付けているという。これは、下位の冒険者が高価なポーションを購入できるはずがないという点と、ポーションが必要になる事態を事前に回避するために危険な依頼を無理をして受けないように、また、受けた依頼の最中に無茶をしないように指導する意味合いもある。


「こちらのポーションは……とても状態がよろしいですね……」

「数量的には何本か出せますが」

「えっ、これ一本だけじゃないんでしょうかぁ!」


 彼女は、もう五本ばかり魔法袋から取り出して見せる。


「これで如何でしょうか」

「さ、さすが星四の冒険者さんですぅ。しょ、少々お待ちください」


 受付嬢は上司を呼びに行ったらしく、元冒険者然とした固太りの中年男性を連れて戻って来た。


「噂の妖精騎士様にお目に掛かれるとは光栄だ」


 と、どうやら素材担当の責任者であるこの男は、彼女が訪問した時にギルドに居なかったようで、真剣にうれしそうである。何だか、冒険者ギルドではあまりされたことにない反応をされ少々困惑する。


「それで、このポーションだが……買取で金貨二枚で一本当たり購入させて貰えないだろうか」


 以前は一枚で買い取り、販売が金貨一枚と小金貨五枚となっていたのだが、ここ二年ほどでその金額がそれぞれ倍になったのだという。


「錬金術師がいないのですか」

「それもあるが、素材の採取をうける駆け出し冒険者が傭兵に流れているという問題もある」


 傭兵は駆け出しでも冒険者よりそれなりに賃金が支給される。中には支度金として前払いされる金額もそこそこあるので、農村から出てきた少年たちは徴兵官に誘われ傭兵になる者が増えているのだという。


 彼女は六本を売却し、一先ずギルドでの用事を済ませることにした。情報はコロニアで収集する方が良いだろう。


 冒険者ギルドを出ると、目の前に見慣れた乗り物が停車した。兎馬車である。その馭者台には黒い修道服を着た二人の修道女がいる。


「あれ、妹ちゃん。こんな所で会うなんて偶然だね☆」


 何故かメインツに彼女の姉が現れたのである。


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