第365話-2 彼女は大司教と知己を得る
「王国で『聖女』と呼ばれるリリアル閣下。戦った相手にも慈悲を掛け、回復ポーション迄渡すとは……噂以上の慈悲深さです」
「恐れ入ります大司教様」
『ヘイトを躱す為の必要経費だよな』
『魔剣』の言う通り、リ・アトリエとリリアル男爵のヘイトを躱す為の偽善でしかないのは、彼女も十分理解している。だが、偽善であっても善行は善行だ。でなければ、この大司教との面談も微妙なものとなっていただろう。
表面的にも、悪意を向ける者を許さず、されど慈悲を掛ける程度の優しさを持っていると多くの者たちに知らしめる必要経費としてポーション一本は格安であったと言えるだろう。
メインツは宗教的な都市であるが、帝国の主要都市であり、商人を始め人の交流の盛んな場所でもある。王国からの噂話には眉唾な帝国人も、メインツの知り合いから聞いた話であれば、リリアルというものがどんな存在であるか理解できるだろう。
この事は、オラン公の依頼で帝国に赴いている事を告げる際にも必要な手順であったと言える。
「しかし、王国の珠玉とも言える男爵一党がメインツにどのような目的で来られたのか、当地を預かる者として、教えて頂けると有難い」
「勿論でございますわ。王都にて、オラン公から魔物討伐の依頼を受け、参じた次第です。ただ、時期が不確かでありますので、その間、こちらで冒険者として活動を行おうかと考えております」
「ほぉ、オラン公か。確か、末の弟君が王国に留学するとか……」
近隣の貴族の動向を大司教は当然のように把握していた。彼女は掻い摘んで、王国では騎士学校へ留学し、王国の騎士に叙任されるのではという情報を伝えておくことにする。
「……つまり王国は、神国の統治に反対する勢力に手を貸すと?」
「いいえ。ネデルでの神国の統治には興味はありません。ですが、ネデル・ランドルから王国に亡命してくる市民たちを管理する必要性は感じております」
原神子教徒が王国に移住し、そこで、ネデルで起こしたような問題を再び行うなら、捕らえてネデル総督の元に送りつけるという法令が王国で公布されることを伝え、あくまで王国民として宗派争いに加わるのでなければ居住を認めるという説明をする。
「確かに、あの者たちがメインツにも現れるので、メインツの教区内では原神子の教会を一切認めておらんのだ。コロニアの状態を見ると……とても認める気にはなれない」
コロニアは、ネデルに似た状況になっている。そこに神国兵はいないのであるから、早晩、大司教座のある都市が原神子派の市議会に掌握されるのは時間の問題となるだろう。コロニアは、戦場になりかねない。
今回は、顔合わせということで彼女だけがお茶会に呼ばれたのであるが、次回は是非リリアルの騎士を晩餐に招きたいという事を告げられた。勿論、彼女に否はない。但し、リリアル生にはテーブルマナーの再特訓が必要になるだろう。
特に、ドレスを着慣れていない三人娘には「黄金の蛙」亭での夕食会が何度か必要だろうと彼女は考えていた。
「それを考えると、前回の訪問の時に何着か仕立てたことは都合がよかったかしらね」
『ああ。だが、ありゃ昼間の訪問着みたいなもんだから、練習用はともかく、大司教に呼ばれた晩餐にはもっと豪華なものでないと……』
「侍女に間違われるわね」
『……その通りだ』
彼女には用意があるものの、三人娘には晩餐用のドレスを仕立てるため、その後、前回頼んだ工房へと足を運ぶことにする。
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翌日、ドレスを仕立てに工房へと足を向けると、マダムは笑顔で出迎えてくれた。
「アリサ様……いえ、リリアル閣下とお呼びすればよろしいでしょうか。昨日の模擬戦の勝利、おめでとうございます」
「それはありがとうございます。今回は、大司教様との晩餐用のドレスを三着と、男性用の礼服を一着お願いします」
「……お急ぎですわね?」
恐らく半月以内くらいではないかと彼女は想像している。が、拠点もあるわけで、いきなりオラン公が出征しない限り、メインツにはいつでも立ち寄れるので、それほど急ぎではないと考えられる。大司教様はお忙しいのだ。
色目はリリアルの青を基準に、やや明るい色の赤目銀髪、小柄な体を膨脹色で補うといった意味もある。灰目藍髪は、濃い目の青、碧目金髪は発色の良い透明感のある青を選ぶ。
「グラデーションも考えて……上手に作れそうですわね」
三人のドレスの基調となる色を他のドレスの装飾などに流用し、三人のドレスの素材を上手く組み合わせて作り上げるという。
「それは素敵です」
「ええ。恐らく、こういう事は中々出来ないと思いますので、仕上げは腕に縒りを掛けて務めさせていただきます」
貴族であれば、他のドレスに使った素材を別のドレスに使うという仕立ては喜ばれない。三人娘のドレスの端切れを用いた装飾というのは、やりたくても中々できない。だが、プレタポルテならありなのだが、揃って着せる事は難しい。
「お揃い楽しみ」
「素敵でしょうね」
「ドレスでお揃いはリリアルっぽいかもですね!」
完全なお揃いでは制服になってしまう。少しずつ異なるが、色は三人とも同じものを使うというのは楽しいお揃いなのかもしれないと彼女は思う。
「そういえば子供の頃は、姉さんと色違いのドレスを着せられたわね」
彼女は、姉と同じものが欲しくて悲しい気持ちになった事を思い出した。姉は赤やオレンジといった暖色系が似合い、彼女は青や白といった寒色系が似合う雰囲気であった。同じ黒目黒髪なのに何故だろうかと彼女は考えたのだが、身に纏う色と性格の問題は変えようがないと悟るのは少し大きくなってからのことであった。
『青色似合うのは王国の貴族としては良い事だろ? 王家の色なんだからよ』
今となってはそれはそれでいいかと思うのである。
晩餐用の服を仕立てるための採寸を終え、彼女たちは昼食をとるためにアジトに戻ってくることになる。何故なら……
「昼飯……今日は抜きじゃねぇんだな」
「文句があるなら自分で作る」
「……まあな。だが、外食したくても鍵とかねぇのかよここの家!」
昼間に家を空けている場合、狼人は昼飯抜きとなる事が何度かあり、少々不満が溜まっていると言える。今後は、お金を少し渡しておいて、目立たない程度の外食は許そうかと彼女は考えていた。
「そう言えば、あなた帝国語は話せるのかしら?」
「おう勿論だぜ!! なにせ、大山脈を東から西に横断するのに、帝国語が使えないとどうもならなかったからな」
帝国語も一つではなく、低地帝国語、高地帝国語など、方言と言うべきような言葉がいくつかある。ランドルとネデルは王国語の方言を話しているので、言葉がいくつか錯綜する地域でもある。
「そう言えば、客が来ているぞ」
狼人曰く、オリヴィとビルが来ているのだという。昼食より大事な話を先にしろと彼女は言いたかった。
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