第366話-1 彼女はオリヴィからネデルの話を聞く
「昨日戻って来れば、面白いものが見れたみたいじゃない?」
「私も彼の活躍が見たかったです」
オリヴィとビルがネデルから戻ってきたのだ。先ずは久しぶりに昼食を共にということで、魔法袋に収めてあるリリアルの卵がそろそろ危険なので、玉子料理にして二人にも振舞う事にする。
三人娘は赤目銀髪以外の二人は料理は得意であり、茶目栗毛も並である。なので、四人で調理をする事にしたようで、オムレツを中心とした簡単な昼食はあっという間に完成する。
オムレツには、鶏肉などが入っており、中々ボリューミーなものとなっている。
「さあ、先に食事を済ませましょう。その後、ゆっくりとこの二ケ月の間の出来事を話しましょうか」
「ええ、賛成ね。屋台や宿屋の料理以外を食べるのは久しぶりね」
「ヴィも料理すればよろしいでしょう」
「……もうすっかり忘れちゃったわよ。それに、私の料理は田舎料理よ。王侯貴族の生活を堪能してきたビルの舌に合うとは思えないもの」
精霊として王の影武者を務めたこともあるビルの事を知らないリリアル生たちが「流石元王様」と小声でつぶやいている。赤髭王の若いころの姿に生き写しのビルは、騎士の中の騎士と言えるほどの美丈夫であり、その所作も当然洗練されている。
ただのギルドの食堂が、ビルが食事している周りだけ王宮の食堂のように見えるとも言われるのだから、纏う空気が異なる。それは、リリアル滞在中に何度も見られた光景だった。
「昨日の決闘? は、ギルドで絡まれたからなんでしょう」
「お察しの通りよ。それに、私の見ていないところでこの子達が絡まれたり嫌がらせをされたりするのも迷惑だから、冒険者ギルドで見せしめをしたいというところね」
言いがかりをつけ、金でも脅し取ろうとしたところが、反対に冒険者としての登録を抹消され、半殺しの目にあったのだからこれから手を出してくる者は余程の腕に自信がある者か、余程の馬鹿のどちらかだろう。
「一人で五人抜き、それに最後は魔力持ちの騎士を相手に素手で組み伏せたとか……どうです、私と一戦しませんかシン殿」
「……謹んでお断りしますビルさん……」
ニカッと爽やかな笑顔で「それは残念」と告げるビル。イーフリートに並みの人間が敵うわけがないだろうと彼女は内心思うのである。
昼食後、三人娘は採取した薬草をポーションにする作業を継続しており、狼人は「出かけてくる。屋台の場所とか押えねぇとな」とメインツの街を一人散策する事にしたようだ。この場に残るのは、オリヴィとビル、彼女と茶目栗毛は執事役である。
「お手紙の内容は拝見したのですが、詳細は口頭でという事でしたね」
「そうなの。思ったよりも、ネデルの状況が深刻だったのね。そこに関わる魔物たちも……帝国とは少々異なる存在だったという事」
王国に現れた吸血鬼は、以前話した通りの存在であり、それはオリヴィ達が過去に討伐してきたそれと同じものであったという。当然、数は限られており、簡単に数を増やせるものではない。特に、真祖や貴種と呼ばれる千・万の魔力持ちの魂を奪わねば成長しない存在とはそうそう出会う事もない。
「そもそも、高位の吸血鬼の半数は休眠中だしね」
「そうですね。世代を跨ぐような形で百年程度は眠りますので、活動期の高位吸血鬼はそれほどではないはずです」
「ネデルで活動しているのは、まったくの別種ということね」
二人は頷く。どうやら、帝国の東部からネデルの森に掛けての広い範囲の森林・山地に去来する独自の吸血鬼的存在がいるのだという。
「死んで九日目に生まれるので『ノインテーター』って呼ばれているのよね」
帝国には『
死人を然るべき処置をしなかった場合、若しくは事故などによる突然死で自分が死んだことを理解できなかった者が蘇るところが、王国におけるレヴナントと呼ばれる死に戻りの存在に似ている。
「突然死した者が全て『
「それは勿論。吸血鬼って、
ドライアドとは、東方に存在する森の精霊であり、古い木が精霊化したものであるとされる。森で人を迷わせ、またその人の命を糧とするなどと言われる。
吸血鬼はこのドライアドと『悪霊』が結びついた物から「真祖」と呼ばれる原初の吸血鬼が生まれた。人の命を血液から採取し、また、魅了により人を使役する能力もドライアド由来ではないかとされている。
ところが、今一つ、森に棲み人を惑わす精霊が帝国の森には存在する。
男性を誘惑し、その精を喰らうとされるところは淫魔の類に似ているかも知れないが、精霊と人との間に子を成す可能性もあるという。元はアルマン族の地母神アルラウンとして信仰を集めていたこともあったが、今ではすっかり忘れられた存在となり、精霊として森に潜んでいる。
「ドライアドが悪霊と結びついて成り立った吸血鬼の他に、このアルラウネに衰弱死させられたレヴナント由来の吸血鬼が存在すると考えられるの」
「……どういうことかしら?」
オリヴィの推測と新種の吸血鬼の発生原因をネデルの森に存在する、アルラウネに起因する突然死・衰弱死により生まれた吸血鬼ではないかと二か月の捜査で考えるに至ったのだという。
「アルラウネに憑りつかれ死んだ者が、九日後復活し、吸血鬼として使役されているという事でしょうか」
「いまの段階での推測ではね。この種の吸血鬼は、自身で僕を作り出したりする事が出来ないという点が大いに異なる。生前の人格や知識を残しているからレヴナントのようには劣化しないから、吸血鬼になったとしても分かりにくいし、能力もさほど改善されないから違和感も小さい」
アンデッド故に生前より腕力や耐久性も改善されているが、『真祖』由来の『隷属種』並の能力であり、尚且つ、吸血を繰り返すことで能力も改善はされないという。
「それでも十分なのでしょう」
「元が下っ端の傭兵だから、それだけで十分旨味があるものね。そいつらを育てている奴らも見当はついているし、本業が別にある組織なのよ」
茶目栗毛がその昔所属していた暗殺者育成組織。恐らくはデンヌの森のどこかにある訓練所を兼ねた村があるという。デンヌの森に存在するアルラウネを利用し、『
「何匹か潰したついでに聞き出したので、間違いないと思うわ」
「……大丈夫なのでしょうか」
「平気平気。ビルが喧嘩を売られて返り討ちにしたついでだから」
金髪碧眼で高位冒険者であるビルは、その手の輩に絡まれることが非常に多いのだという。特に、ネデルに駐留している神国の総督の配下にいる傭兵達は、増長している者が多いので、腕に自信がある新参吸血鬼共が、二人に絡んでくるのはよくあるのだ。
正規の神国兵であれば咎められもするだろうが、傭兵相手であれば厳しく詮議される事もなかったという。
「アルラウネと暗殺組織の育成機を何とかしなければでしょうか」
「アルラウネは脅されて協力している可能性もあるから、暗殺組織だけ排除すればいいと思うよ。あの子達は動けないから、伐採すると脅されれば、強くは抵抗できないしね」
デンヌの森を含め、南ネデルの地は魔女の住む森を有していると言われ、また、魔狼も多く住んでいる。古い木々も多く、人が足を踏み入れる事が少ない森が多く残されている。その中を捜索するのは容易ではない。
「引き続き、調べるわ」
「お願いします」
「任せておきなさい。それに、私とビルの二人では限界あるの。この機会に、精霊を利用して人を害するような集団はリリアルの力を借りて討伐してしまいたいからね」
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