第363話-2 彼女は帝国騎士とフェーデ受ける

 夕食を『黄金の蛙』亭で済ませ、伝言も承った五人がアジトである錬金工房に戻ってきたのはすっかり暗くなってからであった。


「ずいぶん遅かったな」

「ご飯食べてきた」

「……お、俺の分は……」

「干し肉おいしい」


 お留守番の狼人に冷たい。不在の間に吸血鬼を色々尋問したのだというが、情報らしい情報を得ることができなかったという。


「素直に話さないわね」

「雑魚だから仕方ない」

「やっぱり、下っ端吸血鬼には情報持たさないですよねぇ」

「所詮使い捨ての組織の駒。このまま死ぬ運命ですね」

「犬死になるのでしょうね。残念ながら」

「俺は狼だから。犬死しないからな!!」


 「犬」というキーワードに激しく反応する狼人。吸血鬼からは言葉にならない声が漏れ出てくる。情報を渡さないつもりならそれでもかまわない。彼女は、吸血鬼に問いかける事にする。


「あなたのお名前は何でしょうか? 話しかけにくいので教えて頂けると助かります」

「……」

「私のことはアリーと呼んでください」

「私はマルグリット。グリットと呼んでいい」

「いやそれ、言いにくいよね」


 吸血鬼は黙っている。彼女は言葉を続ける。


「あなたが知っていることを話さない場合、このまま死ぬことができません。ずっと、手足のない状態で剣や銃の『的』として生きる事になります」


 彼女は、リリアルにいる四体の先達について説明する。死ぬこともできず、永遠に武具のテスト要員として切刻まれ、撃ち抜かれながら再生する毎日。


「それに、後からお話されても、既に状況が変わっていれば意味がないので、期限は明日の夕方までにします。それまでにお話が無ければ……一先ず永遠にこの落し穴の底で生きながらえてください」

「ちょ、ちょまて!!」


 吸血鬼が目を見開き驚くが、彼女は落し穴に蓋をし話を終えた。




 翌日からの行動。決闘が終わるまで外出を控える事にするが、ブリジッタのところへは彼女が向かわねばならない。それ以外は、狼人と茶目栗毛の二人に買い出しなどを依頼することになるだろう。


「旅の為に食料に余分もあるし、この場所で生活する事に不自由はないからのんびりしましょう」

「庭で稽古もできるので、問題ありません」

「……絡まれるの鬱陶しい。早く大人になりたい」


 最年少の赤目銀髪が呟くが、恐らく大人になってもそれは変わらないだろうと彼女は思う。女性の冒険者自体が関心を引かれる。リリアルは魔術師の女性比率の高い組織であるので、王国外での活動の際は、考慮しなければならないかもしれない。


『外部の男の冒険者を同行させるのも無理あるしな』


 その昔、リリアルができる以前であれば冒険者と組んで仕事をしたことも少なくなかったが、一期生が冒険者として十分育った今の時点で新たに参加してもらうとすれば、それなりの高位冒険者となる。でなければ、噛み合わないことも予想できる。


 何より、リリアルの情報を外部に漏らされる方が問題なのだから、この件は今後の課題になるだろう。二期生が順調に育成できれば遠征に加わる人数を増やすことができるかもしれない。





 翌日、彼女と茶目栗毛は連れ立ってゲイン修道院に、ブリジッタ媼を尋ねる事にした。ゲイン会にもワインを一樽寄贈する事にし、ブリジッタにはボトルのワインと蒸留酒、ポーションとトワレを渡す事にしていた。


 ワインを受け取った院のシスターたちはとても嬉しそうであり、在家中心の修道会であるゲイン会ではワインを購入するしかないので、味の良いものは手に入りにくいのだという。


「まあまあ、こんなにお土産を頂いて。申し訳ないわね」

「いいえ。ブリジッタさんにはお世話になっていますから」

「甥は余りお役に立てなかったみたいで、かえって心苦しいわ」


 今はオラン公と結びついているものの、今後はどうなるかわからない。そういう意味ではメイヤー商会経由の伝手も無駄にするつもりはない。とは言え、今のところ動くことは難しいので、いくつか今回の訪問でサンプルを渡し、メイヤー商会独自に動いてもらう事にする。


 若しくは、商業ギルド経由で取引先を探る事になるかもしれない。


「はい、ヴィーからのお手紙。二週間に一通くらいで来ているわね。そろそろ戻ってくるそうよ」

「ありがとうございます」


 手紙を受け取り、ゲイン会で不足している薬草類などを聞き、王都でのオリヴィーとの交流などについて四方山話をしていると、面会の時間が終わりに気がつく。


「ふふ、とても楽しかったわ」

「私もです。また伺ってもよろしいでしょうか」

「ええ、いつでも歓迎するわ」


 顔に沢山の笑い皴を作り、大きな目を細めたブリジッタ媼は彼女の手を両手で包むように握手すると別れのあいさつを交わした。


「あなたもまた来て頂戴ね」

「勿論です奥様」

「ふふ、ビータと呼んで頂戴」

「では、私のことは『シン』とお呼びください」


 茶目栗毛は自分の名前を告げ、彼女に続いて部屋を後にした。




 彼女はその後、食料品の買い物をし商業ギルドと冒険者ギルドにポーションを卸すかどうか考える為に相場を確認して錬金工房のアジトに戻る事にした。


 商業ギルドでは蒸留酒とトワレのサンプルを提出し、取引をしたい業者があれば取引を行うつもりがあると伝える。金額を提示し、王都の価格の五割り増しで案内する。魔法袋に入れ、冒険者として持ち込んでいるので中間で税を取られていないからこんなものだが、本来なら三倍にもなっておかしくないのだ。


『随分と特権商人の特権が縮小されたとはいえ、物を動かすと税が掛かるのは帝国の悪い所だよな』

「それで地産地消が捗れば問題ないのでしょうけれど、実際は常に小さな小競り合いや隣近所とのひっきりなしの争いですものね。大都市といっても、王都の十分の一程度のものが帝国に何箇所もあって時間が止まっているような国ね」

『実際そうだろう? 皇帝は国王とは違うからな。大公と大司教が何人もいて、小国が乱立しているんだからそうなるのは当然だ。王国も百年戦争より前はそんな感じだぞ』


 百年戦争の頃、王国の領域内には連合王国の領土もあり、王家の分家筋の公国やレンヌやブルグンド等幾つもの小国が存在し、王家に付いたり離れたりする存在が少なくなかった。


 連合王国との長きにわたる戦争の中で、王国を守る為、王家を中心とした集団が形成され、徴税やそれに伴う軍と官吏の組織がつくられる事になる。が、それは一朝一夕ではなく、ある王がそれを築いた後、後を継いだ王太子により反故にされたり、貴族や富裕な特権都市により否定され一進一退の環境が続いた。


 百年戦争と、その後に続く神国・帝国・法国との戦争を続ける中で、王国は王家を中心にまとまり、王都を中心とする軍と官僚組織を育て上げるに至っている。残念ながら、帝国の皇帝には「選帝侯により選ばれる」という手段があり、選帝侯を中心とする合従連衡が繰り返され、領邦はそれらを中心にまとまりつつある。


『御神子と原神子の争いだってこれからも続くだろ。共存する事を選ぶには、まだ大分時間がかかるだろうな。神国は原神子派を許さねぇだろうし、商人や職人共は教会の押し付けを認めたくないから、原神子派で進んでいく。

商人が力を持つネデルが荒れているのは、そういう事だろうからな』


 ネデルでの揉め事が、周りの王国や帝国に波及するのではないかと『魔剣』は危惧し、彼女もそれは同感なのであった。


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