第357話-2 彼女はエンリとワスティンに向かう
ワスティンの森の中まで馬車で入る。兎馬車ならさらに奥まで進めるのだが、今回は魔装馬鎧の使用テストも兼ねているため、馬は必須な為それほど深い位置までは入れないのである。
以前、カトリナ達と訪れた森中の旋回点となる広場まで馬車で乗り付け下車する。馬車を収納しエンリ主従に驚かれながら、馬鎧を手分けして装備していく。
「馬鎧ですか」
「これも、私たちが装備している魔装と同じ素材を使用しています。魔力の供給は騎士がしなければなりませんが」
「どれほどの効果があるのでしょうか?」
魔装に関してはおいそれとは伝えることは出来かねるので、「ブリガンディンと同程度です」と彼女は答える事にした。革の胴衣に金属板をリベット止めした装備で、プレートが普及する前にはメイルの上に装備したものである。
「軽そうに見えて十分な強度ですね」
エンリはとても驚いていたのだが、フルプレート並みと聞けば開いた口が塞がらなかっただろう。
馬鎧の装備をしている間に、茶目栗毛はエンリ主従に薬草の採取を教えている。数多く常時依頼である薬草採取をこなせば、早く評価され昇格していくと教えたからである。
『伯爵様が薬草取りとは時代が変わったな』
「自分の出来る事が多いというのは、貴族の子弟にとって悪い事ではないわ。
戦場で生き残る確率も上がるでしょう」
伯爵家の当主ではなく、末っ子五男ともなれば戦場で指揮を執る事も当たり前だ。気配を消し、その場で見つけられたもので生き残る術を見いだせる事の重要性はオラン公よりエンリに意味がある。
見ていて、気配隠蔽はそれなりに出来るようになってきているのだが、魔力が不安定で気配が見え隠れし、かえって気になる存在である。
『あれ、逆に不味いよな』
「数日なれるまでの辛抱ね」
馬鎧の装着が完了し、彼女と灰目藍髪、赤目銀髪と碧目金髪が二人乗りの鞍に乗り、男三人は徒歩で採取をしながら続くことになる。
森とはいえ、木漏れ日もさしそれほど暗いという事はないのだが、馬の上は久しぶりに乗ると、とてもグラグラと揺れる。
「う、馬って結構高いし……ゆ、揺れます」
この四人の中で、騎乗経験のないのは碧目金髪のみ。彼女は馬から降りて一人になるのなら、灰目藍髪しか後ろには乗せられない。銃手二人は少々厳しい。
後ろの鞍で槍銃を構える二人だが、予想通り大きい・重いということなのだが、慣れてもらうしかない。
「支える銃架を鐙に取りつけたりできませんかね」
碧目金髪がぼやく。軽くしたとは言え3㎏以上ある。これは、全金属の両手剣と変わらない重さであり、長さはそれを越える。
「身体強化をある程度行って、あとは肩に掛けた状態から素早く構える練習で補うしかないじゃない」
「うーん。そうなんだけどさぁ……」
「なら、下馬して徒歩でこの銃背負って歩くしかないけど?」
「も、勿論、練習あるのみだよ!!」
これ以上のネガティブトークは自分の首を絞めるだけと判断した碧目金髪は、肩に掛けた革帯から、素早く銃を構える練習をこれ見よがしに始める。
灰目藍髪は革紐の位置を調整し、片手で魔装槍銃を構えられるように工夫していた。
「革紐が当たる部分に、布を当てて位置を決めやすくするのと同時に、擦れるのを防ぐようにすれば、かなり効果があると思います」
「なら、最初から銃は襷がけにしてもらって、左側に構えて貰えるかしら」
騎乗する場合、右手で武器を持ち、左手で手綱を握る事になる。左側が騎士の死角になる事に対応すると同時に、パイクと槍銃が干渉することを防ぐための取決めでもある。
「緊急の場合、鐙を踏んで、後ろに飛び降りる可能性もあるから、それも確認してもらえるかしら。最初は槍銃を外した状態から始めていいから」
「えぇー」
「承知しました」
運動神経に自信がない碧目金髪の反応は青菜に塩であった。
灰目藍髪は、大きく片足を鐙から外し振り上げるとポンと飛び降りる。乗る時は、小さく『魔力壁』を展開、足場代わりにして鐙に足を掛ける。
今度は、槍銃を肩に掛けたまま飛び降り、また飛び乗る。
最後に、革紐で槍銃を左脇に吊り下げ抱えたまま飛び降り、また飛び乗る。問題なく乗り降りできるようである。
「問題なさそうね」
「はい」
「うう……私は問題ありそうですぅ……」
灰目藍髪は女性の中でも長身で、茶目栗毛よりやや小さい程度。碧目金髪は小柄なので、体格差というのはあるだろう。
二人とも同じ装備である必要もないので、騎乗時、碧目金髪は元の魔装銃を装備してもらう事にする。騎士志望の灰目藍髪と違い、槍を取りつけても余り有効に使えそうにもない事を考えると、無理に装備する必要もない。
元々、威力を強化した長身の銃身も加わるので、1m程度の騎兵銃サイズに取り付けて自衛用にする事も検討していいかもしれない。
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一通り確認し終わり、碧目金髪には今までの魔装銃を装備する事に変更、そのまま騎乗で進んでいると採取の指導をしていた茶目栗毛がこちらに近寄ってくる。
「先生、複数の魔物と思わしき足跡を見つけたのですが……」
茶目栗毛曰く、ゴブリンでもオークでもオーガでもない大きな人型の足跡が混ざっているというのである。
茶目栗毛に案内させ、彼女は赤目銀髪を伴い三人でその足跡のある場所へと移動する。その足跡のある経路上は、所々高い位置の木の枝がへし折られており、何か巨大なものがそれを行ったと思われる形跡が見て取れる。
「この辺りがはっきりわかります」
そこは、落ち葉も少なくまた、水でも染み出しているのだろうか泥のような柔らかい湿った地面で、足の後が良く見て取れる。
「大きな足跡。巨人?」
「恐らく、この小さな方がオークないしはゴブリンの上位種、大きいものは
トロルとは、電国や乗国のような北の国に住むと言われる人型の魔物で、知能が低く狂暴であるが、動作が鈍いという存在だ。本来、王国に現れる存在ではないのだが、オークやコボルドに関してもそれは同様だ。
「オークと共に行動しているというのは余り聞いたことがないのだけれど」
「それは私もです」
「……従属させているのかも。魔導具とかで」
オークが……ではなくオークとトロルを使役する第三者が存在すると言う事だろうか。何らかの精霊を媒介とする使役契約であれば、本来精霊であったと言われる『トロル』をオークに従属させ、用心棒のように使用することも可能なのかもしれない。
『俺は知らねぇが、オリヴィか伯爵辺りなら、何か知ってるかもな』
『魔剣』はいわゆる魔力を用いた直接的な魔術が主な研究対象であり、『雷』は精霊を用いているものの、それを魔力のみで再現しようとして偶然手に入れた加護に過ぎない。精霊関係は完全に門外漢なのだ。
「魔導具なら、魔導士に聞くべき」
「……それならば、討伐してその魔導具を回収して報告を上げるべきね」
「ですが……トロルは再生能力の高い魔物です。斬り落とした腕や脚も、自分で即つなげる事ができるほどだと言います」
茶目栗毛は、暗殺者の養成所で魔物に関しても相当に知識を与えられていたのか、その強さに関してしっかりと把握しているようだ。暗殺相手が魔物を警護役にしている事も考えての事だろうか。
再生能力に関しては、特に問題にならないだろうと彼女は考えている。
「ヒュドラ退治の応用で問題ないでしょう」
「傷口を焼く?」
「ですが、巨人の懐に飛び込んで傷口を焼くのは、大英雄であっても一人では倒すことができず、自ら斬り落とした首の傷跡を甥に焼かせねばなりませんでした。先生はどうするお積りですか」
彼女は「考えがあるのよ」と曖昧に笑った。
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