第357話-1 彼女はエンリとワスティンに向かう
二頭立ての魔装馬車。馬車を牽引するための馬は、森に入り次第、魔装馬鎧を装備し、魔装銃手が騎乗する事になっている。馬車は彼女の魔法袋に収まることになるのだろうか。
天気に恵まれ、彼女たち五人とエンリ主従はワスティンの森へと向かう。時間的には二時間くらいだろうか。
「私たちも馬の方が良かったでしょうか」
「素材採取の依頼に馬で向かう冒険者はあまりいないでしょう。今回は、彼を指南役に付けますので、良く教わって下さい」
騎乗しないのは茶目栗毛。魔力量は少ないながらも、様々な役割を確実にこなす。貴族の従者の真似もでき、指導役、斥候職としても問題がない。
「こう見えてもリリアルの騎士の一人ですので、相応に接してください」
エンリは少々驚きを隠せないようであったが、指導員に対するように振舞うと約束した。
「今回はオーク若しくはそれに類するものの存在確認です」
エンリたちの依頼は「薬草の採取」であるのだが、彼女たちのそれは存在の確認というものである。
「見かけたらそれで終わりでしょうか?」
「相手の数を確認するのに、それなりの手間がかかると思います。オークであれば数は十から二十だと思われますが、それ以外であれば少々問題となる可能性もあります」
ワスティンの森は魔物が隠れる洞窟や廃砦などが散在する。例えば、誰かが意図的にゴブリンを養殖し、上位種を育成していたとすればどうだろうか。彼女は三年前に、代官の村を襲ったゴブリンの群れや村塞にいたゴブリン達が人の脳を食らい言語や魔術、騎士や戦士の技術を身に着けていたこと、王都の騎士団も調査をしくじり、その結果ゴブリンの能力強化の素材となった騎士がいたことを説明する。
「……脳を食べて成長する、能力を奪うのですか……」
「はい。オークであればそれほど問題はありません。精々、並の騎士程度の強さです」
オーク=騎士並みに強いという言葉を聞き、エンリは顔を硬直させる。騎士二十人に、僅か五人の少年少女で立ち向かうという事が驚きなのだが、今更だと思いなおす事にする。竜に比べれば、可愛いものなのだろう。
「問題は魔術や身体強化を使うゴブリンの上位種が混ざったゴブリンの群れ、若しくは、上位種にまで育て上げた者だけで編成された人工的な群れであった場合です」
人間としての知識や技術を受け継いだゴブリンの中隊等であれば、それは相当の力量を有する事になる。騎士百人というのは、王都を守る騎士の五分の一にもあたる。普通は一度にそれだけの戦力を探索には当てる事はない。
代官の村に向かった先発小隊が行方不明となったことが思い出される。ゴブリンキングの群れが村から離脱する際、街道上で待伏せて殺し、能力と装備を奪ったのであろう。
「……そ、それは……」
「ですので、正直お連れするのは躊躇したのです。しかしながら、騎士学校で学ぶ前に、魔物相手の実戦経験をするのも悪い考えではないでしょう。それと、エンリ様は魔力の操作はどの程度までできるのでしょうか?」
彼女が確認したかったこと。それは、エンリの魔術の習得段階である。従者は、身体強化・気配隠蔽・魔力走査までできており、貴族の護衛として過不足ない能力を持っているという。茶目栗毛に実務を確認させるつもりだが、たった一人の従者としてエンリを委ねられる程度には優秀なのだろうと彼女は解釈した。
主であるエンリはと言うと……
「し、身体強化だけです……」
剣の腕も自衛程度であり、それほどではない。伯爵家の者としては平時ならそれで十分であり、戦うのは彼らの家臣や雇われた傭兵だから問題ないのだが、実戦に参加するとなれば、生き残るためにも魔力を用いた戦いを学ぶのは必須でもある。
「魔力量を増やす鍛錬と、その為に必要な気配隠蔽と気配察知の常時発動を課題として熟すべきでしょうか」
「「……常時……」」
主従は驚いた顔をするが、リリアルでは初歩的な鍛錬方法であると言える。
「エンリ様もあと数年は魔力量が伸ばせるでしょう。また、量が少なくとも、操練度を上げれば、消費が減り結果として魔力量が増えるのと同じ効果があります」
魔力の絶対量を増やし、操練度で消費を抑える事で、持続的な魔力の使用が可能となる。気配隠蔽などを常時展開する事は、自らを守ることになり、また戦場で長く戦えることを意味する。
「騎士物語に出てくるような一瞬で勝敗が決まるようなことはありえません。また、あなた方兄弟は、神国国王から暗殺の命令も出ている可能性があるのです。傭兵の中だけでなく、身内の兵や貴族からも狙われる可能性を考えて、王国にいる間にまともに生き残れるように訓練する事をお勧めします」
「「……」」
うきうきとした雰囲気で彼女たちと合流したエンリであるが、今ではドンと落ち込んだような顔となっている。が、従者は少し晴れ晴れとした顔をしているのは、エンリが自分の置かれている危険な状況をようやく理解したことで、仕事が楽になると考えているからであろう。
「馬車を降りたら常時気配隠蔽をして、素材採取を行っていただきます。見つからなければ攻撃されないのですから、剣の腕を磨くよりも、あなたにとって優先すべき習得事項です」
「……はい……身に付けます……」
ということで、気配隠蔽のコツを彼女自身エンリに教え、馬車の中で俄かに『気配隠蔽教室』が始まる。
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