第355話-2 彼女は『導線』を用いる
試射場はいつもの50mほどの吸血鬼が標的とされる場所と別の、遠距離の標的を狙える実戦的な練習場が新たに設置されており、そこで試射を行う事になった。
「へぇ、これが新しい試射場か!」
「……姉さん、呼んでいないのだけれど……」
「いやー 面白そうなことやってるなって思って、アリアの子達のところ顔出して、こっちに来ちゃった☆」
来ちゃったではない。アリアの子とは魔装修道女である四人が所属する修道院名から採られた呼び名である。決してボッチだからではない。
先ずは、50mの位置から灰目藍髪と彼女が射撃を行う。観戦するのは碧目金髪と茶目栗毛。赤目銀髪は新式の魔銅製の鏃に魔装の矢羽根を付けた『魔銅矢』でその隣に並ぶ。
彼女の練習を見て、『導線』の魔術に気が付いたのか、見よう見まねで始めたのであるが、彼女は既に『舞雀』が放てるので、むしろ簡単なようであった。
「ワゴンウエイの上を走るように……『導線』……」
ワゴンウエイとは、鉱山の中につくられた荷車を運ぶための木製のレールの上を馬車が走る道の事である。馬一頭で三十トンの鉄鉱石を運べるのだから、ある種魔力を用いない魔装と言っても良いだろう。
その矢は本来より幾分水平に近い飛翔を描き、50m先の的のど真ん中に突き刺さる。その左右上下に二の矢、三の矢と次々に綺麗に命中していく。
「……すごいです……」
「私が次に……」
碧目金髪が感嘆する横で、灰目藍髪が射撃を開始する。中心に命中、そして上下左右と順に命中させる。綺麗な四角形とその中心に空いた穴を確認し満足げである。
「弓だとこれ以上の距離では難しい」
「そうね。大型の特殊な弓を用いるしかなくなるかもしれないでしょうし、そもそも、この距離でも正確に命中させられるのだから十分よ」
「馬上で移動しながら後ろ向きに射てれば、銃より有効」
弓より銃の方が騎馬での移動時に銃口が上下し、『導線』も発揮しにくい事は理解できる。逃走時、殿を委ねるなら赤目銀髪が適切なのかもしれない。とは言え、弓の飛翔速度は弾丸の五分の一程度であるので、その分、ガイドする時間がかかるのは難点と言えるだろう。
銃手としての碧目金髪には灰目藍髪が、弓使いとして茶目栗毛には赤目銀髪が付くことになる。この組み合わせは、次回の帝国遠征メンバーでもある。
「私も練習しなければね」
『……あんま無茶すんなよ……』
彼女は銃を構え的を狙う。とは言え、今回彼女が老土夫から試射の依頼を受けたのは、先日話の出た大口径のマスケットである。今までのマスケットは140㎝程であったのだが、これは180㎝を超える長さであり、腕で持つには長すぎるほどである。
故に、今回の魔銀鍍金聖鉄製の大型魔装銃には、短い柄のバルディッシュを銃架として用いることができるように改良したものを装備している。バルディッシュの柄を用いて重心を支え、射撃を行う。
勿論、このバルディッシュのブレードも魔銀製ではなく、より廉価な魔銀鍍金聖鉄製となっている。
射撃は同じ50mであるが……
Dannn!!!
今までの魔装銃の銃声が『Paw!!』程度であった事からすると、あまりに大きな銃声である。それでも、火薬を用いたそれよりは相当小さいのだが。
「……」
「…音大きすぎ……威力あり過ぎ」
固まるメンバーの中で、唯一他の者の声を代弁するべく声に出したのは赤目銀髪。彼女の指摘する通り、的を射抜くどころか爆散させる結果となった。
「威力だけではなく、魔力も相当用いるわね」
弾丸の重力と威力が増えた分、魔力の消費量がかなり増える。また、射程を伸ばせば、その分『導線』で用いる魔力も増えてしまう。
彼女の結論から言えば、今、この銃を十全に扱えるのは彼女自身と黒目黒髪だけではないかと思われる。魔力量だけではなく、魔力の操練度の違いで効果のある兵器となるのは学院では二人だけではないだろうか。
「すっごいねその銃。お姉ちゃんにも貸ーして!!」
学院の輪を外せば……姉も対象になるだろう。
「姉さん、ほら貸して上げたわよ」
彼女は昔、姉にされたように銃を片手でヒョイと上に持ち上げた。ほっそりした少女が180㎝にもなるマスケットを片手で高々と差し上げるのは、いささかシュールな絵図らである。
「またまた、お姉ちゃんにはその銃が必要です」
「……また良からぬことを考えているのでしょう。そうね、実費負担なら試作品テスト要員として下賜してあげてもいいわ」
上から目線ではあるが、姉は気にしないだろう。その高価なおもちゃを目の前にして、瞳がこれ以上なくキラキラしているからである。
彼女は『金貨十枚銅貨一枚まかりません』と言うと姉は即決する。この時代の騎士団の聖騎士の半年分ほどの収入であり、兵士なら二人分の年収でもある。
「安いものだよ妹ちゃん。この銃があるなら、私の領地に攻め入ろうなんて馬鹿は絶対いなくなるからね☆」
姉はどこに向かっているのだろうか。
「それよりもさ、アリアの諸君とリリアル生の交流戦を企画したいんだけど、賛成してくれるかね」
既に魔装修道女(見習)である四人の滞在も一月を過ぎようとしている。元の身分や年齢的な差があるとは言うものの、四人の士気は高く、既に一年以上教育を受けたレベルまで達していると言える。
二期生の意識を高める為にも、力試しは有効かもしれない。
「私から打診しておくので、そちらはお願いするわね」
「即OK!!」
全く相談もなしに受けるとは思わなかったが、四人の力を見せてもらい、今後の参考にしたいと考えている。一流冒険者であるアンドレイーナが加わっているだけでも、二期生には相当不利だと思われるのだが。
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伯姪とも相談し、二期生の比較的年齢の高いメンバー四人でパーティーを組む事にしてもらい、修道女の四人と模擬戦を行う事になった。二期生のメンバー四人は銀目黒髪『アルジャン』と茶目灰髪『ターニャ』が前衛、灰目灰髪『グリ』と赤目茶毛『ルミリ』が後衛となる。ルミリは弓銃装備だが、鏃は練習用の木の平たい鏃のものである。当たれば痛いが。
「さあ、あなた達の力を見せて頂戴!!」
「おお、副院長!! 任せるのだ!!」
前衛のターニャが元気よく答え、アルジャンがフィストバンプで答える。グリは「なんで……」と自分が選ばれた事が不本意なようで、ブツブツと呟いている。十歳という年齢からすれば怖いのだろうが、他のメンバーは全員女性なので消去法の選抜だ。
それに、灰目灰髪ことグリは、素早さと身体強化を用いた動きの良さが評価されている。見た目も中身も歩人に似ているとも言われているのだが。ルミリは緊張しているようで、動きも表情も硬い。
「無理はしないで、今の実力を確認することが目的なのだから」
参加するメンバーたちに彼女が答えると、修道女達からは、思わぬ答えが帰ってくる。
「勿論ですわ。ですが、やるからにはそれなりの形にしませんと」
「む、そうだな。私もメンバーの中での立場というものがある」
「なのです!!」
今までの姉と関わり合ってからの四ヵ月間の積み重ねを確認したいというつよい意志が感じられる。これは、既に勝負ありなのではないかと彼女は思いつつあった。
「では模擬戦始め!!」
二期生からは後衛のグリが一気に最前線に飛び出し、前衛のアルジャンと最も強者と思われるアンドレイーナを狙うように移動する。
ところが、グリの飛び出しを読んでいたのか、アンナリーザの弓銃での牽制射撃に驚き動きが鈍ったところを、気配隠蔽から接近していた ベネデッタがグリを背後から一撃し倒してしまう。
『事前に指示が出ていたな』
「ええ、恐らくアレッサンドラさんから三人にね」
模擬戦が始まる前、三人に指示する元伯爵令嬢の姿が見て取れた。姉曰く「リーダーはあの子しかいないでしょう」という話は聞いていたが、自分より冒険者としての経験もあり、一流と呼ばれるランクのアンドレイーナを始め三人にきちんと作戦を理解させ、具現化する力量を見て改めて四人の成功を彼女は確信していた。
『でも、簡単に倒され過ぎだろ二期生』
「指揮官不在だから仕方ないわよ。これは、反省材料として生かしてもらえれば良いと思うのよ」
彼女は二期生の中に積極的にまとめ役を買って出る存在がおらず、集団としての力が発揮できていないという事が理解できれば、この模擬戦を行った意味が十分あったと考えていた。
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