第353話-2 彼女は帝国に向かうメンバーを公表する
薬師コースの者たちにあって、魔術師コースの者にない孤児院の経験の一つとして、孤児院の年下の子達の面倒を見る運営側に立つ視点の経験があげられるだろう。
孤児院において、シスターが全てを為すわけではなく、孤児院の子供たちの面倒は、年上の孤児たちが率先して行う事が求められる。これは、一二年後孤児院を出て外で働く為の経験を積む機会でもある。上司であるシスターの指示を聞き、その内容を行ったり、年下の孤児の面倒を大人の代わりに見る事で、学びの経験をするのである。
薬師コースは卒院前の十四歳が対象であり、この経験を積んでいるのだが、魔術師コースは魔力の伸長を考えて十歳前後で学院に入れる為、精々自分の事が自分でできるという段階と、多少の手伝いを経験する程度である。
大人になる直前の一年はとても大きな差であり、それが三年ともなると大人と子供の差につながる。
実際、薬師コース一期生の中で優秀であった二人、碧目金髪の『カエラ』と灰目藍髪の『マリス』は彼女と伯姪より年上であり、実際、学院運営の為にとても影響があった。
一期生の薬師としての作業の指導や、薬草畑の管理、使用人コースの孤児や王都内の孤児院との連絡役など、彼女や祖母である院長代理の代わりに様々な業務を担ってもらった。
碧目金髪は、そのコミュニケーション能力の高さと明るさで一期生の子達をフォローしてくれていた。魔術師見習達の拙い言葉でうまく伝えられないことを補い、彼女や伯姪にそれとなく教えてくれていた。
カウンセラーのような立場で、彼女が立場上難しいような部分を見てくれたという面を大いに評価している。
対して、灰目藍髪『マリス』はどうかというと、薬師コースの講師のような立場を担って貰っている。彼女が一期生に対して行った教育内容を灰目藍髪の手で纏められた『講義ノート』を元に標準化し、半年のスケジュールを作成し灰目蒼髪が二期生の時期は半分程度、三期生以降はほぼ彼女が新人六人の指導員となって教育している。
実際、大半の薬師の卒院生は『マリス』の弟子なのである。
カエラの性格が温厚で明るく、根気よく話を聞いて導くタイプであるとするなら、マリスの性格はとても実直で厳しくも的確な問題の指摘と、課題の与え方をし公正に評価する厳しい性格と思われている。
マリスのあだ名は『薬師寮の院長代理』もしくは『裏代理』である。その物言いが、厳しい彼女の祖母である院長代理と似ているとされ、実際、歯に衣着せぬ物言いと、その視点の正しさにおいて相手の反論を許さない所がそっくりなのである。
彼女の性格は生来のものも多分にあるのだが、彼女の生育にも影響を受けていると言われている。
彼女は生まれてすぐに孤児となったわけではない。彼女本人、及び彼女の預けられていた孤児院での聞き取りから次のような事を彼女は把握している。
灰目藍髪は、魔力を持つ騎士とその母の間に生まれた子であるが、私生児である。つまり、母親は正妻ではなく愛人であっと言う事だ。もしこれが、魔力量が多い男児であったのなら、父親の家に引き取られ庶子として育てられた可能性が高く、産みの親も使用人兼妾として家に入れて貰えたのではないかと推測される。
では、女児であった場合どうであったか。乳飲み子であった時代、魔力が安定するまでは騎士は母親にいくらかの手当てを与え、母子の面倒を見ていたようである。
ところが、魔力がほとんど『ない』という事が分かり、例えば養女にしてどこかへ嫁がせる使い道もないと分かった途端、母子は騎士から捨てられたのだと、彼女を預かっていた修道院のシスターが教えてくれた。
母親は赤子を孤児院に預け働き始めた。数日に一度院に顔を出し、なにがしかの物を託児料として孤児院に渡し、暫く遊んでから帰っていく生活を続けていた。母親といられない事を寂しがった幼女も、周りの子は母親もいないという事に気が付き、大人しく過ごすようになった。
そして、母親が顔を見せる感覚はニ三日から数日、やがて週に一度、十日と間隔があいて行き、気が付くと全く顔を見せなくなっていた。教区に済む母親を見知っている者が言うには、娘を預けしばらくしてから、仕事先で出会った若い男と関係ができ、しばらく前に二人で街を出て行ったという。
灰目藍髪は母子家庭の預けられた私生児から、完全な孤児にジョブチェンジしたのである。この経緯を、灰目藍髪自身が周囲から聞かされており、自分に何が起こって今に至ったのかを理解している。
その上で、彼女は一期生の卒院時の面談で、リリアルに残る事を承諾し、その上で、『騎士になりたい』と彼女に自らの希望を伝えてきた。
曰く―――
「魔力量が少なく役に立たないと捨てた父親に当たる男に、そして、自分で産んだ娘も育てず捨てて男と逃げた母親にも後悔させてやりたい。自分たちが捨てた娘にはどれだけ才能が眠っていたか考えもしなかった出来損ないの親擬きに捨てられてよかったと言い返したい」
という動機を添えてである。彼女はその時に、騎士として王国で認められるには二つの道があると示した。
一つは、彼女や伯姪、リリアル一期生の中であった『勲功』により騎士に叙任されることである。これは、薬師である灰目藍髪には難しい。
今一つは、学院の主要な構成員となり魔術師ではないが『聖リリアル騎士団の従騎士』として騎士学校に入校し卒業する事で騎士に叙任される事である。騎士見習から従騎士となり、騎士として活動できるまで十年程考えねばならない。灰目藍髪からすれば、早くても二十代前半が目標となる。
結婚適齢期をとうに過ぎる事になりリリアルに専従する十年を過ごす事になるが、それで構わないかを聞いたところ『是非』と言われたのである。
今回の遠征、薬師二人を連れ出すのは、この騎士学校への入校へとつなげる布石でもあるのだ。
では、灰目藍髪はともかく碧目金髪は何故加わるのか。そして、何故同時でも後でもなく先に帝国に同行させたのか。彼女は上からの指導者である灰目藍髪を主に、横並びの視点から支える碧目金髪を従として組ませる事を考えていた。彼女と伯姪の関係に似せると言えば良いだろうか。
緩衝役として、それから本人の頑張りの暴走を抑止する為にも碧目金髪が先に経験し、アドバイスを自然にできる関係であることが望ましいと彼女は考えた。今回、未経験者の灰目藍髪に碧目金髪が様々な助言をする事になるだろう。彼女が相棒の助言を受けるという既成事実を確立できれば、今後の二人の活動にその関係が継続するだろうと期待できる。
優秀で、自分にも周りにも厳しい灰目藍髪が指導者として上に立つのに、碧目金髪のサポートは必須だと考える。前者が「鞭」であり、後者が「飴」となり後輩を指導していく。または部隊を指揮していくことを期待している。
因みに、碧目金髪は賢いが優秀とは言えない。薬師としては並であり、冒険者としても及第点という程度で、単純な表面上の能力は灰目蒼髪の足元にも及ばない。だが、数字にや文字にならないところで活躍する存在であると彼女は認識している。
美味しい料理を作るには、素材が良いだけではなく、つなぎとなる食材や調味料が不可欠なのだ。前者が灰目藍髪であり、後者が碧目金髪と言えよう。後者が単体であれば、ただただ甘い砂糖の塊のような存在になる。前者の味を引き立てるために後者が必要なのだ。
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新規メンバー選抜の報告の後、彼女は狼人に『伯爵』から預かった「三日月斧」を渡した。
「……これを……」
「そう。『伯爵』様からお預かりしてきました。帝国での活躍を期待する……とのことです」
『Wooooo!!』
突然叫び出す狼人に、全員が驚きそして怒り始める。
「なんなんですか! びっくりさせたかったんですかぁ!!」
「何だ、発作か!! 発作があるなら、帝国遠征は無理だな。俺と変わろう!!」
「あんたなにどさくさ紛れに入れ替わろうとしているのよ!!」
「……狼……達磨になりたい?」
一番怖いのは赤目銀髪。既に腰の剣を抜いて構えている。
『すまん。以前の主から武器を下賜されたのだ』
と、自慢げにその斧を掲げる狼人。その姿に再び罵声が上がる。
「バルディッシュのようでバルディッシュではない」
「だけど、割とメジャーな戦斧だろそれ」
「……まあ、古い武器だな。元は法国で用いられた戦斧が、東に伝わりバルディッシュとなったと言われておる」
狼人は「俺の現役の頃は最新装備だった……」と言っているのだが、既に百年以上前の話なので、いつの話なのだという事になる。
「これを『聖別』した鉄で補修するつもりなのだけれど、どうする?」
中古の武具をそのまま使わせるのは運用上問題が発生しそうなのだが、『伯爵』から下賜されたままの方が良いのであれば、と彼女は一考したのだ。
「それで頼む。それから、柄も固く重い物に変えて、石突も聖別された鉄製の物に変えてもらえるだろうか」
彼女は、狼人が聖別された鉄を触っても傷つかないかどうかを確認した上で、補強の方法を考えると伝えた。
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