第352話-1 彼女は『伯爵』に問う
帝国行の準備をしながら、彼女は日々のルーティンに追われていたのだが、久しぶりに『伯爵』と会う事にした。帝国の貴族位を持つ『伯爵』に確かめたいことがあった。
オリヴィの推測である最初の『始祖』となった一体の吸血鬼。『アンテオケ公ギー・ド・シャティア』の存在を知っているかどうか。『伯爵』に聞いておきたかった。
『久しぶりだね。帝国に行っていたらしいじゃないか』
「ええ、母の用事で商用です」
『そうかい。これが、その蒸留酒と言うわけだね。王都でも人気が出てきているというね』
一月ほど前から、お奨めと言う事で王妃様の茶会などで紹介されている。そこには、彼女の母親である夫人も『商会頭ですの』とばかりに同席し、彼女の母と直接手紙などでやり取りし、王妃様の『許可』のあった方に限りお分けするというある意味『会員制』の販売をしている。
この辺りも、王妃様と昵懇でなければ手に入らない、すなわち、その商品を手にする者は王妃様のシンパであると自己紹介する事と同じになる。
他人の金で自分の味方を育てるという、商魂の逞しさは姉の前の代の社交界の華であっただけのことはある。商売っ気がないと社交界では華になれないのだろうかと彼女は思ったりする。
因みに、彼女の母は、王妃の上の世代において『華』と称された令嬢である。
「帝国での反応はこれからでしょうか。まだ、売り込めるというほどではありません。主に、赤ワインを供給する方向ですわね」
『はは、ネデルがキナ臭いからね。それもこれも、昨年、サラセンのソロモン帝が崩御したせいだね。暫く、後継者争いでこちらに手を出す事はないだろうから。それで、神国もネデルに注力しているんだろうな。まあ、予想は出来ていたことだよ』
サラセンは、皇帝が亡くなる場合後継者を指名せず、実力者が争ったのち次代の皇帝が決まる。今回は、さほど荒れてはいないようであるが、仮に王国の場合においても順調に王太子が国王に戴冠したとしても直ぐに何かを為すことはできない。
人事の見直しや、自分の信頼できる側近を要職に当てるとしても、掌握するまでに時間がかかる。軍事行動などに関してはそれ以上に慎重となる。反乱も起こらないとは限らない。早急に何かを始める事は難しいだろう。
『ソロモン帝は嫡子に跡を継がせるために、争いが起こりそうな他の兄弟を生前に処分していたようだね』
成人に達したうち、二人の息子がソロモン帝の跡継ぎとなり得る存在であった。似た条件の都市の太守をそれぞれに委ね、その結果、今代の皇帝が選ばれ片方の息子は反乱を起こしたとしてソロモン帝の晩年処刑されている。
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帝国での出来事などを四方山話として話しながら、オリヴィから聞いた吸血鬼の存在について話をする。
「帝国に潜む吸血鬼は、皇帝の側近の傍と、神国のネデル駐留の軍の中にいると考えています」
『それは何故だね?』
皇帝軍も神国軍も、異教徒や異端に対して積極的に残虐な行為を行う。そこに、吸血鬼が潜んでいても、吸血鬼の行う行為に対して問題視されない若しくは気が付かれない。傭兵であれば、さらに略奪行為も行いやすく、兵士も自分で雇ったどうにでも処分できる存在だから、活動しやすい。
そのような話を、彼女は『伯爵』にする。
「『アンテオケ公ギー・ド・シャティア』という人物が、吸血鬼としての存在を表面上隠して神国軍に加わり、ネデルに駐屯していると推測しています。御存知の人物でしょうか」
『顔見知りではないが、その存在は知っている。聖征の時代に活躍した王国出身の騎士の成れの果てだね。確か、十五年ほどサラセンの太守に拘留されていたはずだ』
「……それは存じませんでした」
どうやら、『伯爵』はギーについて、何らかの情報を持っているようだ。と考えるなら、帝国で情報収集を続ければ、その姿を見つけ出すことができるだろう。そして、『伯爵』の気が向けば、この場で何らかの情報が得られるはずだ。
『そもそも、御神子においてアンデッドは禁忌とされるのだが、その理由を知っているかい?』
彼女の知っている範囲は、家の書庫にあった覚書の内容の範囲だ。歴代の当主がその都度、役目の際に調べたり知ったことを書き記した日記のような物だが、その時代の事件のあらましや、何故そう考えられたのかについての考察が書かれている。
非常に分量があるのだが、歴史的な雑学の宝庫とでも言えばいいだろうか。その書を書くのは、彼女の姉の仕事となるはずであるのだが、それでも読んで見たいと思い、実家に立ち寄った折に今でも読み返す事がある。
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