第六幕『二度目の準備』

第351話-1 彼女は帝国行の計画を進める

 一先ずエンリ主従は、今回の国王陛下との謁見内容を伝える為に帝国に帰国する事になる。その行程は主従だけの旅になる。未だ帝国に戻れる準備が整っていないからである。


 そう思っていたのだが、どうやら、宮中伯が魔装馬車で同行し、オラン公と正式に取り決めを結ぶことになるという。馬車は王宮の物を貸与してもらうのだという。


「紋章どうするのかしらね」

『上から布でも貼るのかもな』


 彼女が不在の間に、紋章無しの箱馬車も納品しているという事で、今回はそれが出されるという。そう言えば、書類を見た記憶があると彼女は思い出していた。最近、疲れが溜まっているのかもしれない。


「修道院に入ってのんびりしたいわ」

『リリアルは、修道院より修道院らしい生活だからな。多分、楽だと思うぞ』


 とは言うものの、彼女はネデルでの準備を始めなければならない。





 オラン公の部隊に冒険者として参加するとして、その配置される場所は指揮を執る兄弟の傍近くにとなるだろう。その場合、帝国風の装備でなければかなり目立ってしまう。


 剣は前回誂えた物を『聖別』された鉄で修復し、アンデッド対応できるようにすれば良いだろうが、防具や剣以外の装備、特に長柄に関して馬上で使える物で有効な装備を帝国風で準備をしておきたい。


『全員騎乗する事になるだろうからな』

「野営の道具は馬車を含めて魔法袋に収納できるから問題ないでしょうし、装備で周りからかけ離れたものでは浮いてしまうから考えなければね」


 彼女達のグレイブにしてもバルディッシュにしても帝国の騎乗した者は装備をしていない。また、魔装で用意するとしても、腕や脚の部分を今まではそれほど防御していなかったが、銃撃されることを考えるとカバーする

必要があるだろう。


『魔装のキルティングの上下に、聖別された鉄の胴衣と脛当てくらいか』

「手綱を握る側のガントレットも聖別された鉄製の方がいいわよね」

『デザインが揃っているだけで、一団の騎士って雰囲気になるから、目立ちにくいかもな。雑多な揃えだと傭兵と間違われるんじゃねぇかな』


 傭兵は一人一人が個性的か、間に合わせ的な装備を身に着けているので揃っていないのが当たりまえ。これが、徴兵された兵士である場合、その領主の紋章なり印の入った同じ簡素な防具なり槍なりが貸与される。


「リ・アトリエ団用の装備と言う事で用意しましょう」

『後、増員の可能性を考えて、全員タンデム鞍にしておいた方がいい。

男の鞍は前鞍を大きめにする必要もあるしな』


 ということで、老土夫に相談する事にする。





「……既成の小手と胸当と脛当てで調整するかの。『修復』は自前でやるんじゃろ」

「そのつもりです。間に合いそうですか?」

「こんな事もあろうかと、揃えてはある。だが、魔装の胴衣をキルティングの鎧風で上下……というのは馬鎧を先に仕上げている関係で遅くなるな。鞍はまあ、間に合う。二週間から三週間の間だと言われておる」


 馬の鞍は外注なので、既に発注済みであること、四揃いは既に注文済みで、もう四揃いあっても良いかと提案する。リリアルに残るメンバーにも使わせてみてはと言う事だ。


 彼女は了承し、次に、騎士の長柄について相談する。騎乗の槍といえば、リリアルだと初期に使っていたウイングド・スピアが相当するのだが、帝国では既に使われていないようである。


「刺突しかできない槍だと、お前達の戦い方に合わないのよな」


 騎乗する騎兵、特に軽装の騎兵が追撃などで用いる長槍は、刺突以外の攻撃方法がない。叩けば痛いだろうが、それだけでもある。


「ランスは明らかに時代錯誤であるし、目立ってしまうな」

「一応、こんなものが帝国の武具屋で手に入りました。これをベースに魔力を通せば金属部分で『斬れる』槍に出来ないでしょうか」


 オウルパイクAwlPikeと呼ばれる四角錐の刃を持つ半ばまで金属製の槍である。ハーフ・パイクの一種であり、帝国では少し前まで用いられていた刺突性能を高めた装備である。主に、歩兵用の武器で扱いが簡単であるため、皇帝軍が大量に支給したとされている。法国戦争の時代にだが。


「この半ばまで金属なら、聖別された鉄で全体を作り、穂先以外を魔銀鍍金すれば、魔力を通して切断するようにできるかのぉ」


 騎乗で突撃し、刺突するには固定するための装具もいる。これは、胴衣の腰のあたりに固定し、石突の部分を押し当てる物だ。なければ腕の力だけで衝撃を受け止める事になる。


「これを借りて、先ずは鍍金を施してみよう。これは『修復』済みか?」

「いえ。直ぐに修復します」

「あ、ちょと待て。おい、手すきの者は集まれ。特にクソガキ、おめえは必ず来い!!」


 工房にいる職人とその見習達が老土夫と彼女の元に集まってくる。


「これから院長が『土』魔術の『修復』をする。素材無しで行うと、欠損部分を埋める為に武器が脆くなることが多いからの。普通は、このように素材を片手に術を掛ける。では見せて貰おう」


 片方の手で煤け錆びた槍、反対の手で鉄塊に触れ彼女は詠唱を開始する。


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する道具の姿に整えよ……『修復solitus』」

「「「「おおお!!」」」」


 聖別された鉄を加え、明るい輝きを持つ槍の穂先に変化する。柄の部分や石突は別素材であるためあまりきれいになっていない。


「この半ばの突起の所で止まるようになっておるようだが、儂の知る仕様だと、円形の傘が付く形だな。その方が後付けしやすい。それでも良いか?」

「お任せします」

「ならば、それを四揃い作ろうか。それと、素材になる『聖鉄』の用意を頼む。素材はほれ、そこにある鉱石を使うが良い。儂も見てみたい」

「……俺も見せて貰おうかな」


 癖毛も彼女の修復にかなり驚きと衝撃を受けたようだ。とは言え、土夫ならある程度できて当然の土魔術であるという。聖別されるわけではないので、戦場などでの応急処置用に行うことが多いという。


『益々ウォーマシーン化してるよなお前』


 魔物討伐は何度も短期間に繰り返されるケースは稀だ。数もそれほど多くない。だが、戦争となればどちらかが諦めるまで繰り返し戦いが起こる。修復が必要なのは……ミアンで経験したような継続した戦いの場合だ。縁起でもない。


 目の前の鉄鉱石に魔力を込める。


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する鉄の姿に整えよ……『精錬Conflans』」


 鉄の塊が選り分けられ、他の鉄塊と異なる鈍い銀色の輝きを示す。


「聖別されると、明らかに外見が変わるようだな」

「新品以上に新品になるようです」

「魔力が無くてもアンデッドに効果があるんだよなこれ」


『癖毛』曰く、「騎士の兄ちゃんたちが喜びそう」と呟くが、これは暫く部外秘の案件だ。


「……なんでだよ」

「私は製鉄所になるつもりが無いからよ」

「あー ごめん、気が利かなかった」


 彼女の意図を明確に理解した『癖毛』は、暫くは内緒なのだと理解する。帝国で活動する彼女たちに、リリアルに長くとどまる必要のある行動はあまり望ましくないからだ。


「それと、私は貴方のように『土』の精霊の加護が無いから、とても魔力を消耗するのよ。あり得ないくらいにね」

「……え……」

「そうじゃろうな。不思議に思っておったのよ。なるほど、魔力を使って強引に精霊を使役しているのか。そら、数熟すのは難しかろう。少しづつでも作り貯めてもらえると有難いがの」

「しばらくいる間に、ここにある分くらいは処理しておきます」


 そこにある小山ほどある鉄鉱石の分をこなすのは骨が折れそうだが、同じ程度の石炭を用いて、大体半分くらいの量の鉄塊ができる。正直、かなり大変だ。


「……その十分の一くらいにしておけ。今のところ、試作でニ十本ほどのショートソードを作るつもりだ。三十キロもあれば十分だ」


 一日三キロ精製しても十日。その程度なら何とかなりそうな気がする。小山はその二十倍はあるのだ。


『おいおい、また自分から大変な方に行くよなお前』


 残念なほどにいつもの彼女である。


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