第350話-2 彼女は王宮にエンリと向かう

 国王陛下との謁見はあっという間に終わり、エンリは黙って傅くだけであった。幸い、顔色を変える事もなく、王国の心遣いに感謝の意を示すに留めていた。


『まあ、夜と朝に言いたいこと言っておいてよかったな』

「あんな率直なことを、陛下も宮中伯も言わないのだから当然ね」


 ネデルの貴族を気遣う言葉と、王国において宗派に関する活動を行わない者に関しては王国内に留まる事を認めるという認識を伝える。その上で、宗派活動をする者はその身元保証人と共に処罰し、ネデルの人間は総督府に送還するという件に関しては変わらなかったのは当然であろう。


 また、エンリの身柄に関しては本人の希望があれば次の期の騎士学校に従者と共に入校する事を許可するとともに、要望があれば他のネデルの貴族子弟も一定の人数受け入れる事を可とすると伝えられた。この辺りは、オラン公の推薦のある者と言う事になるだろうか。


 その後、観戦武官の件、王国から通常の商取引の範囲において物資を販売する事を暗に認めることを伝えられた。また、王都において冒険者に依頼を出す事も「一般的なこと」として、特に規制しないことを伝えられた。


『何かあった場合も、王の差配ではないと言える範囲での協力だな』

「一応、オラン公が踏倒したときは、王国が債権を買い取る事になっているから、軍を派遣してでも回収するという事でしょうね。取れるものがあるのかどうかわからないけれど」

『それは、ネデルの没収された資産が担保って事になれば、正々堂々、ネデルの領地を取り戻す仕掛けができると考えているんだろうぜ』

「転んでもただでは起きないといわけね」


 さて、問題はこれから王妃様とエンリが昼食を行うという事である。陛下との食事では堅苦しくまた、形式に則った正餐になり兼ねないという事と、エンリ君では格が不足しているので、簡単な会食を行う事になった。





 名目は「ネデルからの騎士留学生の歓迎会」と言った趣向である。参加者? 勿論、彼女と王妃様、エンリにカトリナである。


「貴方がオラン公の弟御か」

「エンリと申します」

「あらー 随分とお若いのねぇ。騎士学校に入校するにはちょっと経験が足らないかもしれないわねぇ」

「アリーは幾つだったか?」

「……十五よ。去年の事ですもの」

「ふむ、王国副元帥が聖都の騎士学校というのは少々おかしかったな」


 そもそも、既に騎士として正式に叙任されていた彼女と伯姪は、今後のリリアル生教育の参考とする為、また、騎士として動員された場合の軍の指揮官教育の一環として参加したのであり、他の従騎士達とは違うオブザーバー参加である。


「エンリ殿も入校を希望なのだな」

「若輩者ですが、兄の名代が務まるように自分を鍛えなおしたいと思い、入校を希望しております」

「確かに、王国側の見方になるのだけれど、歴史や周辺国の分析を学ぶのには良い機会ね」

「ああ、他国の視点で自分の国を理解するというのは上に立つものとして必要な視点だな。そうであろう、エンリ殿」

「そうね。仮に、自国の視点だけからしかものが見られない国王が治めている国があるとすれば、国王の奴隷の集まりになってしまうもの。国は、民を縛り付ける鎖ではないでしょう。ねぇ皆さん」


 王妃はニコニコと笑いながら、どこぞの国を批判しているようである。


「その通りでしょう。とは言え、相手も同じように正反対の主張を行っていれば、殺し合うしかない。相手を尊重するから、自分も……尊重されると期待することができる」

「尊重されるとは言えないのね」

「ああ。自分は正しく、相手は曲がっていると思う奴も多いからだ。上に行けば行くほどそういう輩が多くなる。それでは、数多くの人間を纏める事などできまい。どんな色の犬でも、獲物を捕らえる犬が良い犬だ。

そうではないのか。なあ、エンリ殿」


 言いたいことを言いまくるカトリナ。カトリナは公爵令嬢・公女殿下である。王妃様よりも……生まれだけなら上なのだ。王妃様は公女ではない。


「そんなことよりも、ネデルのお話を聞かせて貰えるかしらー」


 王妃様、今ネデルは大変なことになっているのですとは言えない。


「神国が一万兵を新総督と共に送り込んでかなり剣呑な状況です」

「なにやら、教会や修道院を荒らした暴徒が沢山いるらしいな。その辺りを討伐する為に兵を集めたのだろう。噂では、神国軍でも屈指のしぶとい将軍だというではないか」

「うーん、教会を荒らすような人は、神様も罰を与えるのではないかしら。人の物を勝手に破壊するのは単純に犯罪よね。そんな人たちが、兵隊が怖いからと言って王国に入り込んでくるのは正直迷惑だわぁー。ねえ男爵」


 王妃様……全員がネデルの原神子教徒が不要だと思っています。とは言え、ネデルに干渉する為にはある程度国内で保護する必要もあるのだ。


「彼らも反省しているのではありませんでしょうか」

「反省か。それを態度で示すことができれば、何時かネデルに戻れるやもしれんな。ただ、今の神国国王の次の御代になるのではないか」


 数年で帰国できるようなレベルではない。長年かけてじわじわとネデルの統治を強化してきた国王が、簡単に手綱を緩めるわけがない。長期戦だと考え、焦らず巻き返していくしかない。国外に出てしまったオラン公を始めとするネデルの貴族は、ネデル領内に味方を扶植しながら神国に制圧されないよう、軍を起していくしかないのだから。


「ネデルの神国の支配は続くのでしょうね」

「とても大きな国ですもの。一気に負けないことが大切ではないかしら。王国も、連合王国に国の半分を取られたところから逆転したのだから、オラン公爵をはじめ、ネデルの皆さんにもできるでしょうね」


 おほほ、と王妃様は笑い。その後は他愛のない話となりお開きとなるのであった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 子爵家に戻る馬車の中、エンリは無言であったが、憑き物が落ちたような表情をしていた。行きよりも随分と良い表情と言ってもいいだろう。


「今日はお疲れさまでしたエンリ」

「私は上手くやれていただろうか」


 エンリの言う「上手く」が何を意味するか彼女にはわからないが、王国の話を聞き、きちんと受け止めることができたのであれば、上手くやれたと考えて良いだろう。


「エンリの周りには、エンリと似た考えの人が集まって来るでしょう。生まれや育ち、宗派、に多様な価値観を持つ者がわあわあ話をしても、小さな差異でいがみ合う程度の話にしかなりません。王国では、ネデルのようにも神国のようにも考えません。お判りでしょうか?」


 エンリは黙って頷く。


「自分の意見を伝える前に、相手の話を聞くべきなのだな」

「上の仕事というのは、人の意見を取りまとめて裁定する事にあるのではないでしょうか。あなたの兄であるオラン公も、そういうお立場だと思います」


 神国国王と昵懇の間柄であったがゆえに、ネデル統治で国王に敵対する立場に立たざるを得なくなった公爵は、国王から相当に恨まれている。だが、ネデルの貴族としてその代表としては、国王に是と答えるわけにはいかなかった。


 故に、神国から強硬派の将軍を総督とし、新たに一万の兵を付けて

ネデルに送り込んだのだ。


 神国の行う戦争の為にネデルが税を余計に払うのはおかしいとネデルの民は思った。その結果、何をしたのかと言えば……暴動と教会の破壊だ。それは異端審問の口実を与え、捕らえられれば処刑されるという結末に繋がった。


 全く噛み合う余地がないのである。勿論、植民地が抵抗すれば、軍事力を持っていう事を聞かせる。それが不可能と感じられるようになるまで、植民地であるネデルが抵抗し、神国国王から手を引かさなければならない。長い時間がかかることは明白である。


 その期間、自分たちの活動を継続する為には、自分の意見を声高に叫ぶことはあまり意味がない。相手の話を聞き、味方につけるか、少なくとも敵にしないようにするべきなのだ。それが、宗派で揉めている感覚の人々にはわからない。


「そもそも、神国国王が何を考えているかご存知ですかエンリ」

「……いや。聞いたことがない」


 彼女は、その昔王太子であった頃の国王が、オラン公に伝えた内容であると断り、エンリに告げる。


「ネデルの住民に異端審問を行い、異端を根絶する。その活動を世界に広げて異端のない世界を作る事だそうです」

「う、それでは……」

「神国の支配から脱却しなければ、原神子信徒はネデルで生きることができないということですね」


 エンリは思っていた以上に神国が根本的に自分たちを支配しようとしている事を知り愕然とする。


 神国との戦いは何年も何十年も続くことになるだろう。恐らく、何故戦い始めたのか分からなくなるくらい、長く戦わねば戦いを止めようという考えに至れないほどの長さが必要になるのではないか。


 エンリと彼女は偶然にも同じ結論に達していた。


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