第350話-1 彼女は王宮にエンリと向かう
翌朝、何故か姉も朝食を共にするつもりで席についている。エンリはとても顔色が悪い。よく眠れなかったのだろうと思われる。
「あ、エンリ君おはよう」
「ああ」
「うんうん、国王陛下の御前に出るわけだから、ちょっと緊張気味かな?」
ケラケラと笑いながら、姉は軽い口調で話を続ける。
「食事の前に、一言話をしておこうと思ってね。妹ちゃんからも何か言われているかもしれないけれど、私からも言っておくね」
姉はお茶を一口すすると、話を切り出した。
「ネデルと王国は基本的に敵対関係だからね」
「!!」
何を当たり前のことをと言わんばかりの話である。コルトの戦いで王国の騎士が千人も死んでいる。そして、連合王国と長く戦っている間も、ネデルは王国と経済的に強く結びついており、ランドルとネデルは王国と敵対する関係であったのだ。
つまり、最初からネデルの存在の有無は、王国にとって大した問題ではないのだ。
「ネデル領は神国の植民地扱いじゃない? そこで税金を搾り取られているのが嫌で暴れたら、沢山軍隊がやってきて、財産没収の上処刑されちゃうってことで君たちは逃げ出したわけじゃない?」
顔を赤黒くしプルプルしているエンリ。従者の顔は青白くなっている。
「あれ、妹ちゃん、私何か間違ったこと言っているかな?」
「姉さん、真実ほど人を傷つけるのよ。ネデルが神国に完全支配されれば、王国としては面倒なことになるのだけれど、連合王国が神国と揉めて聖征でも起こされたらそれはそれで迷惑なのよね」
「そうそうそれ。ネデルが落ちれば調子に乗ったあの国王が『次は聖征だぁ!!』
って教皇猊下を焚きつけてお一人様女王陛下の海の向こうの島に大遠征を行うじゃない? 王国は強制参加で自分の領土にもならないから、草臥れ儲けにしかならない。まあ、破産しなきゃだけどね」
「王国は、サラセンを援助するカードがあるじゃない」
「いや、今回は西と東で顎長一家が役割分担しているじゃない? 前回のようにはいかないよ。つまりね、神国を調子づかせないために協力してやるって程度なの王国は。基本的に御神子派なんだからうちは。原神子の行間読めないような馬鹿嫌いなんだよ私たち」
赤を通り越してどす黒いエンリ。完全に白い従者。
「だから、この程度のことを謁見の際に言われて、今みたいに顔色変えたら、あんた本当に役立たずだよエンリ君。兄貴たちが困るだけだから、黙って聞いて王国に協力してもらうんだよ。口を開きたかったら、自分が伯爵以上になってから主張すると良いよ」
姉はにこやかにそう告げると、大きく口を開きがぶりとソーセージを噛み千切った。
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姉と彼女がどうでもいい会話をしつつ、朝食を取っている中、エンリは一口も手を付けず、従者も同様である。流石に、主が食べないのに自分だけ食べるわけにはいかないからというのが半分、胃が痛いのが半分である。
「エンリ君だと昼食会は開かれないから、謁見して話を聞くだけだよ。朝ごはん食べないと、お腹すいて気分悪くなるよ。王宮で倒れたりしたら更に恥の上塗りだから食事してよね」
「エンリ様……お食事をお取りください」
姉の言葉に従者も従うように言葉を重ねる。黙っていたエンリは言葉を発する。
「では、何故、あなた達姉妹は、私にそのような事を宣えるのだ」
お前が何でそんなことを言えるのだという事なのだが……
「今回の仕事は、帝国に潜む魔物が王国を攻撃する事に対する敵地への潜入討伐です。帝国の貴族若しくは傭兵隊長らに吸血鬼や魔物を使役する魔術師がいると判断した為です。
実際、聖都やミアンがネデル・ランドル方面から現れた魔物に攻撃され、私たちは撃退していますし、吸血鬼の一体はネデルの傭兵団長です」
彼女は改めて、自身が確認したこれまでの事実を伝える。
「この討伐で、効率が良いのは姉が提示したネデルを神国の完全な従属下に置かせないように支援し、尚且つ、その軍に潜む魔物を戦場で討伐する事が最も有効であると考えます」
「目の前で、吸血鬼の傭兵隊長がぶち殺されたら、軍の士気は崩壊するよね。神国の兵士・軍を損耗させ、吸血鬼の駆除ができる。だから王国もオラン公もお互い得るものがある。聖典だ、偶像崇拝だってどうでもいいんだよ。私たちにはそれを実行する能力も過去の実績もあるから、話を聞いてもらえる
ってだけ。それに応じた地位も与えられているし。ねー 妹ちゃん」
「……姉さんは暫定ノーブル女伯じゃない」
「残念ながらその通りなのだよ。よよよよよ……」
姉が泣く小芝居をうつのを見ながら、エンリの様子を伺う。すると、食事に手をつける事にしたようで、従者も安心して食事を始めた。
「あなたも、王や公爵閣下が話を聞きたくなるような実績を立てればよいことです」
彼女の言葉に口に運ぶ手を止め、エンリはじっと考えている。
「あ、戦場の英雄とかじゃだめだよ。戦場の英雄はチェスの駒だから。駒を動かす側に回らないとね」
姉は機先を制したように意見をし、それを聞いたエンリはまた固まってしまうのである。
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