第349話-2 彼女はサボアの修道女を迎える

 姉曰く『魔装侍女』という、魔装騎士に似た侍女を考えているのだと彼女は再び初めて聞いた。


「魔装を身に着け、徒手空拳においても騎士・高位冒険者に匹敵する能力を持つ最強の近衛―――だね」

「何を目指しているのかさっぱりわからないわ姉さん」

「ロマンだよ妹ちゃん」


 ドレスの下には魔装のコルセットにファルシングエール(スカートの下着)を身に着けて、魔装の手袋に魔装のネットで髪をまとめてフルプレートの騎士に匹敵する活躍を目指すのだという。


「戦場に相応しくないわね」

「侍女が戦場に現れてどうするの!! 王宮や高貴な夫人の傍でかしづくお仕事でしょう。王女殿下やカトリナちゃんの傍で護衛も兼ねる侍女だよね」


 女騎士は数も少なく、また警戒もされやすい。馬車での移動時に襲撃を受けた際に、最後の防塁として守るために存在するのが『魔装侍女』という存在なのだという。


「姉さん」

「なにかな妹ちゃん」

「その場合、魔装馬車で移動している方になるのではないかしら」

「まあそうだね。身分的にはそうなるかな」

「……魔装馬車は破壊も追撃も受けないわよ。そんな乗り物、今の世界には存在しないもの」

「……じゃあ、魔装侍女がいる時は魔装馬車は使わないルールにしよう」


 誰が決めたルールなんだと彼女は思いつつ、姉の気持ちも少し理解できる。才が有りながら修道女として世を憚るように生活している彼女たちが、自分の力で世に出る場を作りたい……と言う事なのだろう。


 彼女も姉も、立場が異なればあり得た未来なのである。孤児に対する思い入れ以上に四人に肩入れする姉の気持ちが良くわかるのは、価値観を共有する下位貴族の娘であるからなのかもしれない。


「あの方達にとって、良い未来が訪れるなら、及ばずながら力を貸すわ」

「借りられるだけ借りるよ。魔装の武器の調達に、魔装銃は絶対欲しいね。魔装兎馬車を二台帰国までに用意してもらおうかな」

「実費負担だけど問題ないかしら」

「勿論だよ。ダダより高くつく物は無いからね」


 彼女たちと姉の姿を見て、姉も本腰を入れ真面目にサボアの為に仕事をする気なのが理解でき、少しホッとする。サボアの安定は、未来のノーブル伯、南都を始め王国の南部を安定させるために重要な要素である。


 姉も、その辺りを踏まえ王太子からの密命を受けて動いている可能性もある。ニース辺境伯家とサボアは両輪の関係でもある。姉の夫の実家のため、商会の未来の為にも彼女たちの育成は必須なのだろうと理解した。


「姉さんが珍しく真面目だから、協力してあげるわ」

「誤解だよ妹ちゃん。お姉ちゃんは何時も真面目です。真面目にふざけているのだよ」


 はいはい、分かりましたと彼女はぞんざいに話を終わらせた。




 サボアの四人は、魔装銃に興味を持ったようだが、侍女には不要なものであろうか。


『馬車の護衛なら、飛び道具で反撃できる方がいいだろうな』

「確かにそうね。馭者台から背後に向けて射撃するとか、色々できるわね」


 彼女たちの今までの運用方法は、魔物を待伏せて打倒したり、ミアンなどで城壁に隠れて射撃するような運用が主だが、馬上からの射撃、若しくは馬車からの射撃も有用だと思われる。帝国のレイダーと呼ばれる銃を装備した騎兵による銃による連続攻撃が成立しているのだから、当然あり得るだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 魔装侍女候補の四人の対応に追われている間に、数日が過ぎ、王宮からエンリと共に訪問するようにと命を受ける。一先ず、王都の子爵邸に入る事にし、エンリとも事前の確認をしておくことにする。


 今回は子爵家の馬車を出してもらう事にするので、子爵家迄は二輪馬車で移動する事にする。馭者は歩人を連れて行く事にする。


 子爵家につくと、既にエンリたちが待ち構えており、彼女と話がしたい様子である。


「明日の呼び出しの内容は、何か聞いているのか男爵」

「いえ。こちらから提案したことに関して以上のことは何もありませんね。但し、王国に逃亡して来ているネデル出身の原神子信徒の待遇に関して、国内に既に通達が出されております」

「……どのような内容か聞かせてもらえるだろうか」


 一先ず、サロンに案内してもらい、人払いをさせる。王国の通達・法令に関しては公知の話だが、それに対するエンリの反応が宜しくないことが想像できるからである。


 原神子信徒が、王国内での偶像破壊などネデルで行ったような暴動を起した場合の処罰に関してである。


「なっ、何故だ!!」

「何故? 外国人が自国で関係のない宗教施設を攻撃しているのです。その場で処刑されても文句は言えません。外交問題となることを懸念する上で、当たり前の事を為しているだけです」


 王国においても帝国同様、宗派同士の争いを禁じ、宗派間の差別や互いの主張を公に議論する事を禁止する法が発せられている。


「だが!!」

「ここはトラスブルではありませんよエンリ殿」

「それがどうした」


 トラスブルは、原神子信徒が主な勢力である帝国自由都市であり、独立した国家と言える。そこで、何を主張しても帝国は干渉できない。


 対して、王国においては、若しくはネデルに関しては王の命は絶対的な存在である。百年戦争の頃であればまだしも、ネデルからの流民が起こす騒ぎに協力する王国民は、敵に通ずる者であり、騒ぎを起こすものは王国を害する存在だ。


 客は客らしくしてこそ尊重される。自分の家にいられなくなった分際で、王国で他国民を扇動して騒ぎを起こしてただで済むと思える方が愚かしい。


「あなたも当然その対象ですよ。それと、聖典に書いてあることが正しく、教会の司祭や司教が教えていることが自分たちに都合が良いように解釈し民を騙しているという批判がありますが、それは聖典も同じです」

「何を言うか、聖典に書いてあることを……」

「あなたは本当に大学に通われていたのでしょうか」


 彼女は厳しい口調でエンリに問いかける。


「聖典は書物です。それも、少なくとも千年以上前に書かれたものですわね。そして、その書かれた時代において、その描かれた場所においては正しい事であったものが、この王国の地やネデルの地でも今もなお正しいと全て当てはまるのでしょうか。聖典も書物です。読み手によって受け止め方が変わるのが当然でしょう。その解釈を時代時代で考え整合性を持たせているのが教会組織ではありませんか。

 聖典だけあれば良いというのは、その内容を鵜呑みにする危険性と、時代や土地に合わない内容をどう理解すればよいのか、完全にその読み手に委ねられることになるわけではありませんか」

「それの何が悪いのだ」

「……人は集団で活動している生物です。社会を形成し、安全に生きる積み重ねをしてきました。只一人王の意思で国が動く神国や、個々の街々で自分勝手に活動する帝国はどんな国なんでしょうか。多くの人間の価値観を吸い上げて、妥当と思える場所を探る存在が必要なのではありませんか。あなたの考えは、自分の主張を少しも変えずに、相手を従えようとするとても傲慢な発想です。原神子信徒にそういった意識がとてもよく見てとれます」


 何か言いたげなエンリに向かい、彼女は明日の謁見について話をする。


「あなたはネデルの代表でもなければ、オラン公の代行者でもありません。ただの使い走りです。王国の政策を左右する国王陛下やその側近に対し、不敬にも意見や反論をすること等認められていません。私は王国副元帥です。あなたは、ただの貴族の子供でしかありません。良く弁えて、王の御前で話を聞きなさい。あなたの役割は、オラン公に正しく王の話を伝える事だけです」


 この頭でっかちで、傲岸不遜な原神子信徒の若者が自己主張をする事で、面倒が自分に降りかからないよう、彼女は最大限、釘を刺したのである。



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