第348話-2 彼女はサボアの修道女達を知る

 リリアルに戻ると既に晩餐の時間となっている。そして、既に、新しい四人分の席が用意されている。


「あの席誰の席とは聞かないのね」

「姉さんに聞いたもの、ついさっき」

「ついさっき……やっぱり。ごめんね昨日伝えなくって」

「いいのよ。普通は私の承諾が先だと考えるもの」


 伯姪は薄々サボアの修道女の来訪を彼女が知らされていないのではないかと考えていたが、既に準備も進めており、特に確認する必要はないと考えていたのだという。優先すべき事は、昨日の時点で他に数多くあったので、それは正解だろう。


「どんな人か聞いているかしら」

「年齢と実家の爵位くらいね」

「そう。なら、私と同じでご本人たちに伺った方が良さそうね」


 事前情報なしというサプライズ過ぎるほどのサプライズが腹立たしい。


 彼女は、昨日今日の間に決まったことに関して、伯姪と祖母には伝えておくべきかと思い、食事をしながら端的に話していく。やはり驚かれたのはカトリナの婚約の件である。


「先を越されたわね」

「……彼女の方が年上じゃない。それに、相手が限られているのだから、よい嫁ぎ先だと思うわ」

「公妃様になるなら、それなりの城館や生活用品の準備もいるだろうから、正式に婚姻が成立するのに二年位掛かるだろうかね」


 ギュイエ公が嫁入り道具となる家具類は相応の物を時間をかけて準備しているだろう。部屋を整える間の時間もかかる。何より、今回の宮城は『トレノ』に移る事になる。


 公爵自身がトレノに宮廷を開き、政治の場をシャブリからトレノに移す事が前提なのである。いよいよ、サボア全体の掌握に進める段階に至ったという事であり、その支援をカトリナの輿入れを期に明白にするということなのだ。


「その四人の子達は、ギュイエ公女の侍女にする気なんだろうかね」

「姉さんの考えからは何とも。教導する人間にするようですから、侍女はその後輩が担うのではないかと思います」

「一期生というわけね。楽しみだわ」


 伯姪は新しい出逢いに興味津々のようだ。トレノとニースは間に山を挟んだこちらと向こう側という関係で、山道を経由した行商人も行き来があるのだという。


「最近、その行商の人の行方不明が増えているらしいわ」


 彼女の頭の中に傭兵崩れの山賊の姿が浮かぶ。とは言え、山賊討伐はニース辺境伯もサボア公国と連動しているはずなので、被害が続かないうちに原因が排除されるのではないかと思うのだが。


「イザとなったら、遠征しようかしら」

「その時は私が留守番するわね」

「じゃあ、今すぐしかないじゃない? 次の帝国行は長く成るつもりでしょう」


 さて、宮中伯や外交担当の官僚がどういう結論を出し、オラン公はネデルにどう取り組むのかわからない彼女にとっては、先の事に何ら見通しが立たず、答えることができなかったのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 その晩のうちに、サボアの修道女の受け入れ体制の最終確認を彼女自身が直接確認したいので、暗い中、寮に向かっている。


 お伴は、碧目金髪と相方の薬師娘・灰目藍髪である。この部屋は彼女が中心となって整えたのであるが、正直、修道女の生活も貴族の子女の生活も良く知らない為、二期生と同じようにしてあると言う。


「便利ねその魔術」

「そうでしょ? ビルさんに頼んでみると良いよ。初歩の精霊魔術だから魔力よりも相性なんだって」

「へぇ、それは楽しみ。でも、相性が合わなかったら駄目なんだよね」


 魔力を馬鹿食いするので普通に『小火球』の方が便利だが、長時間には不向きである。『小灯火』は、松明替わりになるが精霊の力によるため、燃え移りにくいという特徴があるので、『灯火』なのである。


 二人部屋で、簡素なベッドと収納が少々。作り付けの机がある。排水溝の用意はあるが、水は汲んでくるか魔力で生成することになるだろうか。


「火と水の初歩的な魔術があれば、お湯は作れるので、後は、食器の類い位ですかね」

「その辺りは、自弁してもらいましょう。滞在期間が不明であるし、他の寮生には貸し与えていないのだから、必要なら自身で用意をという事で揃えましょうか」

「ベッドメイクはこのくらいで問題ありませんか」

「寮生と同じで、不満が出た時点で対応しましょう。貴族の子女とは言え、今は修道女の方達ですから、問題ないと思います」


 彼女の記憶する大聖堂備え付けの宿泊施設や、聖ミカエルの修道院の宿坊と比べても取り分けて問題があるとは思えないので良しとする。


「さて、どんな方達なのでしょうね」

「先生も御存知ないのですか?」

「さっき知らされたのだもの。顔合わせ迄、教えられてなかったふりをして驚かせてみましょうか」


 姉へのちょっとした意趣返しとして修道女の訪問の時、とぼけてみようかと思うのである。





 さて、初日はともかく、恐らくは最初に到着した時点で王妃様とカトリナに挨拶に向かうだろうサボアの修道女達なのだが、その後の活動をどうするか完全丸投げな所が面白くない。


「部屋は大丈夫だった?」

「ええ。二期生と同じ仕様なのだから、それ以上を求められるのはちょっとね」

「それもそうか。で、何をどうしろって言うのあなたの姉は」


 カトリナがサボア公妃となる為、独自の戦力をサボアに扶植したいという王家の意向を踏まえた育成であることを伯姪に話す。


「リリアルみたいな何かね」

「修道女になる貴族の子女が多いのだそうよ」

「あー 帝国と王国の戦争でかなり疲弊しているからね、サボアもミランも。サラセンに海上の貿易も押さえられているし、あの地域自体が地盤沈下しているから、戦争景気も吹き飛べば、一気に苦しいのでしょうね」

「他人事ではないのよね」

「それは、うちも一緒。幸い、親族の娘が少ないから私は何とかなるけどね」


 ニース辺境伯の従弟の娘である彼女は、『ニースの姫』として扱われる存在でもある。本家に男しかいないため、辺境伯の養女となり嫁ぐ可能性も多分にある。


「サボアも可能性的にはあったみたいだけど、カトリナの方がより王国との関係が密になるから選ばれたみたいね」

「なら、あなたがギュイエ公妃とか?」

「それは無いでしょう。ギュイエは内部の地元貴族の娘を取り込んで安定させないといけないから、私じゃ役に立たないわよ」


 婚約者が未定とは言え、伯姪も嫁ぐ事がそろそろ現実的になってきている。彼女は……遠い未来のお話である。





 どうやら、届いた手紙によると姉は前日の茶会の後にはさっさと王都を出たらしく、「準備よろしくね!」と念押しされていた。


 姉がいない間、子爵家でエンリ主従の世話をしているようであるが、恐らく、数日中に彼女と共に王に謁見する事になるだろう。オラン公とネデルに対する約定を定めた上で、エンリに確認させねばならない。


 エンリ自体は王国に滞在し、王国から使者がエンリの添状を持ってディルブルクを訪れる事になるだろう。


 そこで、どこまで王国の提案をオラン公が受け入れるかになる。恐らく、こちらから提示した内容に関しては王は是とするだろう。問題は、ネデルの逃亡者が王国内で起こす宗派的問題に、厳罰を持って臨むことを公が受け入れるかどうかである。


 但し、内政問題なので、オラン公が何を言おうがこちらとしては「王国内で宗派対立を起す外国人を適切に処罰し、出身国へ送還するだけだ」とあるべき論で話を通すだけである。


『まあ、無い袖しかない公爵が何を言おうが関係ないな』

「黙認であれ、公的に承認するのであれ、否定されても関係が悪くなるだけの問題よね。あくまでネデルの主権者は神国国王であって、オラン公はその臣下に過ぎないのだから」


 神国からすれば、ネデル領内の仕事を放棄し、国外に逃げた時点で反逆者と同様の存在であると言える。異端と判断されるような行動をするオラン公たちネデルの貴族にこそ問題があると言えてしまう。


 これが帝国であれば、各々の領邦が主権を持っており、対立する事があったとしても、領邦同士は武力で強制しなければ宗派に関して争う事は出来ない。内部での対立は内政の問題であり、干渉する事は領邦に対し、戦争を仕掛けるに等しい行為とみなされるだろう。


「オラン公自身、よく理解しているとは思うのよ。表立って彼らを援ける者は存在しない。例え、同じ帝国内の原神子派の領邦領主であったとしても、対外的には支援しないし、出来るほどの能力がない」

『帝国は遠征軍を持ってるのはほとんど選帝侯と皇帝くらいだろうし、戦力も傭兵を金で雇う形でしかないからな。皇帝にそんな金はないし、他の領邦君主もネデルの領土割譲でもなければ手を貸さねぇ。おまけに、ネデルは州ごとに独立した領邦みたいなもんで、貴族の合議制で運営されているから、交渉する事も出来ない。まあ、どうもならねぇって事だよな』


 十七の州に別れているネデルは、神国国王を君主とする土地であるが、それぞれの州ごとに州総督と州議会が存在する。また州軍が存在し、州総督が名目上の司令官となっている防衛軍である。


 つまり、州ごとに『特権都市』のような存在になっていると言えばいいだろうか。自治を認められる代わりに、皇帝に税を払うという帝国の自由都市のような存在が『州』と言えばいいだろうか。


「神国兵とネデル総督府の傭兵に対して、対抗できる軍隊はネデル領内にないのよね。あくまでも他国の侵略に対して州を守る組織があるというだけで」


 とは言え、彼女はオラン公が「私掠船」の特許状をネデルの商船に提供し、神国の船舶を攻撃、略奪し一定の税を徴収するという方法を実行する事を検討している事も知っていた。恐らくは、正面から軍隊が対決する形ではない戦いで推移していく可能性が高いと彼女は考えていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る