第347話-2 彼女は婚約の話を聞く
王都に来たついでに、彼女は実家に顔を出す事にした。ルリリア商会頭こと、彼女の母に帰国の報告がまだであったからである。
「つ、次は先生のご実家ですかぁ……」
「大丈夫よ。リリアルと変わらないから」
「……全然変わります。皆さん、子爵家の方とその使用人ではありませんか」
祖母・母・姉と個性的な女主人を持つ子爵家の使用人たちはとても柔軟であるので、リリアル生も問題なく受け入れる事だろう。今は二人とも彼女の従者・従卒なのだから問題ない。
実家は王宮からすぐの下級貴族街の一角なので直ぐに到着する。先触れは出してあるものの、意外と適当な家であるので、どうなっているだろうかと思っていたが、母は準備万端お茶の用意をして待っていたようである。
「お帰りなさい」
「只今戻りましたお母様」
「ふふ、商会頭でも構わないわよ」
「いやー お母さん、それだと商会頭夫人と商会頭が並んで私たち夫婦みたいじゃない?」
よく考えてみれば、エンリ主従が滞在している子爵邸に姉もいる可能性が高いことをすっかり失念していた。
碧目金髪と茶目栗毛の二人を別室で休憩できるように案内させ、彼女たち三人で午後のお茶をする事になる。この場合、お茶はハーブティーなのだが。
「またフィナンシェなの」
「え、だっておいしいじゃない?」
「バターたっぷりで太りやすいのよね」
「あら、私はともかく、あなたはもう少し太ってもいいわよ」
他愛のない会話から始まるいつもの子爵家……であるはずもない。
「姉さん、サボアで蠢いているという話を王妃様から伺ったのだけれど」
「あ、やっぱバレちゃったか。てへぇ」
ばれちゃったかではない。どうやら、その方達をリリアルで迎えなければならないと言うではないか。
「何も準備できていないわよ」
「え、お婆ちゃんには頼んでおいたわよ。準備も大丈夫だって連絡貰っているし。姪っ子ちゃんも知ってると思うわ」
祖母からも伯姪からも特に、姉の依頼に関しての報告は無かった。二人が意図的に報告しないという事は無い。
「あら、あなたが妹に直接説明するから、二人は特に何も言わないで良いと話していたじゃない?」
「……姉さん……」
「ほ、ほら、今説明しているじゃない。ピュウ~ピュー」
音のしない口笛を吹きつつ、姉は「ちょっと忘れてた」と本音を漏らす。やっぱり忘れていたらしい。
「先に報告を」
今回の訪問の目的は、ルリリア商会から委託された蒸留酒やワインの販路に関する報告にある。
「アイネに聞いたわ。ネデルの貴族に売るのでしょ? 帝国の貴族にはわからないと思うのよね。ほら、麦酒がメインの文化だから。その点、ネデルはボルデュからワインを買っているので問題ないのよね」
「そうそう。今は運んでいた船が減っていてワイン自体が海路で動いていないから、陸送でも魔法袋を使う我が社の優位性が発揮されるわけだよ」
大容量の魔法袋を用いるには魔力量の相当大きな人材が必要であり、そのような人物が商人に使われることはまずない。宮廷魔術師になる。
「……魔法袋の優位性って……ほぼ私の能力じゃない」
「そうとも言うわね」
「だそうよ」
あはは、おほほと笑う母と姉。魔法袋の為に魔術師・錬金術師の修行を頑張ったわけではないので、とても腹立たしい。
「姉さんも使えるじゃない」
「それは勿論だけれど、帝国に関わっている場合じゃないからね」
「それよ。サボアで何をしているの」
姉にあって聞きたかったことはその事なのである。
「サボアって、元々帝国の一部だったじゃない?」
「確か、サボア伯爵家とトレノ辺境伯家が婚姻で一つになって、幾つかの小領の爵位を加えて公爵位を賜ったのよね」
「一番大きいのは聖王国位を相続した事だと思うけどね。まあ、それで、サボアを王国側の味方として安定させるには、大公殿下の能力の問題もあるけれど、支える人材の確保も必要なわけだよ」
姉曰く、サボア公国のシャベリ側に本拠地を置き続けている結果として、サボア公家はトレノの宮廷で影響力を保てていないという。
トレノの宮廷は旧帝国派のトレノ方伯という、公爵家の縁戚に当る貴族が取りまとめているのだが、潜在的に帝国と繋がっており、大公の影響力を削ぐように動いているという。
「ご存知の通りの坊ちゃまだから、舐められて当然なんだけどね」
「それで、カトリナが嫁入りするわけね」
「そう。王国の後ろ楯があるとはっきり示す事と、帝国はサボアに関心が無いという事もそろそろ理解してもらわないとね」
帝国内は、原神子派と教皇支持派の間で何度か戦闘が発生している。国内が乱れている中で、既に条約でミランとサボアをそれぞれ保護下に置いた帝国と王国が再び争う事を帝国は望まない。
「小細工はあると思うのね。王国にもいろいろあったじゃない」
「ええ、お陰様で今の状態よ。とても腹立たしいわ」
連合王国に帝国に神国……魔物を使ったり、王国を害する事を躊躇しない商人・貴族を使嗾し破壊工作を行ってきた。軍を動かすより経済的で、手間もかからない。それが、サボアでも起こる可能性があると姉は考え、また実際に発生しているのだろう。
「そこでお姉ちゃんは考えました。サボアにもリリアルがあればいいなと」
彼女は自分一人では到底難しいと考え、伯姪と共に孤児たちの中から魔力を持つ者たちを集め、リリアルを育成してきた。同じことを……サボアで?
「さらにお姉ちゃんは考えました。孤児同様に家族と縁が切れ、そして確実に魔力を持ち、尚且つ、その力を生かして人生を切り開く強い意志を持つ人達がいるんじゃないかと」
「いるわね」
「……勿体ぶらないで、さっさと言いなさい」
姉は、少しじらしてから答えた。「貴族の娘の修道女よ」と。
貴族の娘ならば、既に淑女としての作法を身に着けており、家によっては様々な技能を子供の頃から習わせている。侍女をするにも教育にさほど時間がかからず、価値観も理解しやすいので交渉も簡単だ。そして、魔力量の大小はあれども、確実に魔力を持っているのが貴族の娘だ。
正直やられた……と彼女は理解していた。
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