第347話-1 彼女は婚約の話を聞く
ギュイエ公女カトリナとサボア公の婚姻が整えば、サボア公家も王家の親族という事になる。これは王国にとって良い話になるだろうし、ニース辺境伯家にとっても安全保障的に好ましい話となる。
サボアは山ばかりのところだが、カトリナは知っているのだろうか。彼女もトレノ側には行ったことが無いので何とも言えないのだが。
「そう言えば、最近、アイネが通っていると言っていたな」
「そうそう。なんでも、サボアに支店を出そうかどうか調査しているらしいわね~」
姉がサボアに行っているというのは学院でも耳にしている。何か良からぬ事を考えていなければいいのだが。
「サボア公は聖王国の王位も継承しているのよねぇ~」
「カトリナお姉さま、将来は聖王国王妃ですわぁ!!」
「画餅に過ぎぬが、どこぞの国が聖征を呼び掛けた時に、巻き込まれそうで敵わぬな」
カトリナの聖王国妃……口は閉じておいて貰えれば何とか許容の範囲だろうか。
「王都より寒いわよね」
「そうか。温泉もあるらしいぞ」
「それは一度訪れたいわね。親戚付き合いも大切ですもの」
「わたくしも、婚約者と訪問してみたいですわぁ」
よく考えればこの場の女性は、婚約者がいるか既婚者の王族たちである。
「せ、先生、わ、私は味方です」
「……ありがとう。とても心強いわ」
碧目金髪にも目に見えてわかる彼女の動揺に、空気を察した王妃が話題を変えようとする。
「サボアのワインは古帝国の頃の品種も多くて、甘い赤ワインが多いそうねぇ~」
「それは美味しそうですわぁ。わたくし、渋いワインの良さがまだわかりませんの」
「そうだな。渋い年配の男性の良さは分からぬな。アリーは確かサボア公と面識があったな」
おい、と王妃と王女殿下が折角話を逸らせたのにと思いがその場に流れるのだが、カトリナは空気を読まない女だ。
「ええ、とはいえ依頼を受けた先で少々面識がある程度なので、個人的には良く存じません」
「どのような外見なのだ」
「……絵姿を贈られたのでは?」
婚約前に、お互いに描いた肖像画を贈ることは往々にしてある。カトリナは修正なしで問題ない美女だが、相手はどうか分からない。顎長一家などは、かなり修正が掛かっていると言われている。高貴な血族にも困ったものだ。
「そうだな、背は高く少し細身かもしれんな。少々神経質な感じを受けるが、真面目そうな品の良い方だと思うな」
「私のお会いしたのは、前ニース辺境伯様の指導を受ける前ですので何とも言えませんが、サボアの君主としての自負をお持ちの賢明な方だと思いました」
周りに人を得ず、またその事に気が付かない程度に坊ちゃんでもあった。今では、恐らくは王太子と交流しつつ、色々なことを試していると考えている。でなければ、親族の姫を娶らせようとは思わないだろう。
「剣の腕は」
「その頃は専ら政務でお忙しく、あまり練習されておられませんでした。その後、近衛の再教育を行い、共に鍛錬をされていると聞きます」
「若くして跡を継がれたので、足らないところが多いのよねぇ」
「舅様がいらっしゃらないのは心細いですわ。カトリナ姉様がしっかりとお支え申し上げるのですわぁ」
「任せておけ。私がしっかりと手綱を握り、良い王となるように育てていくとしよう」
物凄い高い目線でカトリナは未来の夫に対しての抱負を述べる。カトリナは少々……かなりズレているのだが、優秀な王妃となる能力はある。カミラは共にサボアに行くのだろうが、周りに人を得ることができれば、カトリナの良さが生かせる事だろう。
「その辺もあって、アイネちゃんにはサボアに支店を出してもらおうと思ってるのよ~」
つまり、ニース商会がサボア、特に法国側のトレノを中心とする地域に支店を配置するために活動しているのは、王家の意向という事になる。
「カトリナちゃんたちの手助けをしてくれる人材の目星もついたみたい。近日、王都にお呼ばれする事にしているみたい。多分、リリアルでお世話して貰う事になるから、よろしくお願いね」
「……承知しました」
彼女の心の中では「姉さん、聞いてないわよ」「うん、話してないからね」
という返しまでが頭の中に浮かんでいる。とは言え、サボアに自前の勢力を姉が築いてくれるのであれば、こちらとしてもネデル・帝国に注力できるので正直先のことを考えればありがたいのだろう。
「まあまあ、今日は新作のデザートのようなので、楽しみだわぁ~」
王妃様に色々追加仕事の示唆をされ、彼女は「やれやれ」と内心思いながら、どんな人を姉は連れてくるのだろうと考えていた。
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あまり、帝国の中での政治的活動を話すわけには行かないので、メインツの元錬金工房のアジトを作った事と、オラン公の末弟を王都に帯同している話を主に話題の中心とする。
「オラン公の弟御はお幾つだ」
「十七歳だと仰っていたわね」
「ならば、私と同じ年……いや一つ下かもしれんな」
あまり詳しくは知らないのだが、ネデルの大学からトラスブルへ更に留学していたと聞いている。トラスブルは帝国の中でも原神子シンパの多い街なので安全だと考えたのだろう。
「随分と年の離れた弟なのですわね」
「十二人兄弟と聞いております。男性はそのうち五人で、この方達とは面識がございます」
「姉妹が七人もいたら、とても楽しそうですわぁ」
「人形遊びで街ができるな」
カトリナ……人形どれだけ持っているのだ、普通の子女はそれほど人形を持っていない。精々数体だ。
「兄弟仲はよろしいのですか?」
「二人の兄がそれぞれ公爵家と伯爵家を継がれていますので、その補佐役として務められているようです。今回帯同したエンリ様は、年若い事もあり、いまだ勉強中の身。王都で学ぶことも多いでしょう」
世間では十七歳の男と言うのは半人前扱いである。騎士に叙任されるのはその後数年後であり、従騎士ならば優秀な方となる。
「ならば、騎士学校に通われるのはどうだ。王都も近いし、騎士学校なら部外者は出入りできぬ。保安の面からも良いだろう」
「ええ、実は私からもネデルで戦争になった際に、指揮官になる可能性のあるエンリ様の為に、有用ではないかと提案をしているの。今は陛下と騎士団長の判断待ちね」
カトリナも「学校の後輩となるな、わはは」とばかりに同意し、王妃様も「それは楽しそうねぇ。私も視察に行こうかしらぁ」と続き、恐らくこれで確定事項となるだろう。むしろここで決まった。
「どのような腕前だ」
「魔力操作の精度が今一。実戦経験不足といったところね」
「……厳しいな。リリアル相手の評価だとしたら、大半の騎士や兵士は実戦経験不足になるぞ。まあ、意味は理解できる。騎士学校に入る前の自分を思い出すな。私も手合わせしてみたいものだ」
「是非、騎士学校の視察の時にお願いするわカトリナ」
「お任せください王妃様。勝利の栄冠をあなたに!」
「素敵ですわぁ。カトリナ姉様騎士様のようですわ!!」
この時点で、カトリナは近衛騎士であり、かなり立場は上のはずだ。家柄、実績、実力、外見、能力……性格以外はベスト・オブ・ベストの近衛騎士がカトリナである。もしカトリナが男子であれば、数年後は騎士団長を委ねられていただろう。女子で良かった。
こうして、カトリナと姉の情報、そしてエンリの後ろ盾に王妃様がなってくれる可能性を示してもらい、昼食会は無事に終わった。碧目金髪を除き。
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