第344話-2 彼女はリリアルに戻る

 初日、頑張ったのだが王国に到着することができず、メズの先の街道を少しそれた窪地での野営となる。街道上にある野営サイトは野営し易いのだが、他に泊まる者や、街道を移動する人間に警戒しなければならない分、

リリアル遠征向きではないので避けている。


「近づく者がいれば、全て警戒することになるのだけれど、少ないからどちらを選ぶかと言えば……」

「俺夜中過ぎまで見張りするんで、セバス、その後見張な。そのまま、朝の食事の準備までたのんます」


 今回の遠征の場合、男が馬車泊、女性は狼皮のテント泊となっている。夜中までは青目蒼髪、深夜から明け方までは歩人が見張をする。


「セバスさん、明日は馭者台で仮眠してもいいですよ。私、頑張りますから」

「昼食と夕食の準備も私たちでやるから、セバスはしなくていいからね」

「おまえら……」

 

 じーんときている歩人に向かい赤目銀髪は「おじさんなんだから無理しちゃダメ」と優しく呟いた。おじさんには優しさが必要なのだ。





 特に問題もなく、二日目には『聖都』に到着。ここにはニース商会の支店があるので、今回はそこに厄介になる事にする。


 そこには、思わぬ人物が滞在していた。


「あれ、妹ちゃん。その見たことのない若者は……彼氏? 彼氏だな!! このこの、お姉ちゃんの知らないあいだに、いつの間に」


 そうではないと知りつつリアクションするに腹立たしさを感じながら彼女は姉を紹介する。


「失礼しましたエンリ様。私の姉で、ニース商会会頭夫人のアイネと申します」


 思いもよらず姉が聖都に現れた……余りの勢いに完全に固まるエンリ主従。そして、いつもの勢いに「お姉さんチース」程度の反応のリリアルメンバーである。慣れたものだ。


「エンリ様、先日のワインは姉の商会で購入したものでございます。蒸留酒の素材となるワインもですね」

「おお、あのワインを調達してくれた商会か。あれは非常に美味であった。白ワインも甘くない料理に合わせられる物がよいな」


 うんうん、と頷きながら姉はボソッと「ネデルは魚料理がおいしいでしょう」と呟き、彼女は相変わらず察しの良い姉だと思うのだった。





 商会の客室に宿泊し、翌朝、彼女達とエンリ一行は別行動をとるようにする。


「姉さん、一先ず王都での滞在先を斡旋してもらえるかしら」

「勿論だよ妹ちゃん。お父さんとニースのコネを振り回して、いい所紹介するからね!」


 姉は箱馬車でこちらに来ており、エンリ一行はアイネの客として王都に向かう事になり聖都で別れる事になった。


「先に王都での受け入れ態勢を整えますので、ここで失礼します」

「よろしく頼む、アリサ嬢」


 貴族の夫人である姉と『貴族らしい』会話をする中で、リリアルで最弱より最弱と大いに凹んでいたエンリのプライドも回復。王都で実務に差しさわりの無い程度に改善されたようで何よりである。


 同じ魔装馬車でも、姉の乗る箱馬車タイプは座席もクッションが効いており、とても乗り心地が良いというのも心を明るくする要因として働いている。

貴族らしい乗り物だからという効果もある。


 お荷物もいなくなり、リリアル軍団は最高速で魔装馬車を爆走させ、その日の昼過ぎにはリリアルに到着した。とても早い帰りであった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 二月は間をあけていなかっただろうが、久しぶりに目にするリリアルに彼女はとても懐かしくホッとする気持ちになる。


『騎士学校の遠征も精々二週間だからな』


 今までで最も長く、学院を離れたという事もあるが、不在の間に何事もなければよいのだがと危惧する気持ちもある。


 荷馬車が敷地の中に入ると、目にした何人かが走り寄ってくる。先頭は……赤毛娘!!


「おっかえりなっさーい!!!」


 二期生達はそれぞれ所定の薬草畑なり演習なりを行っているはずなので、午後一の時間帯は閑散としている。


「今帰った」

「なんか旦那さんみたいだね」

「只今戻りました。院長代理は在室でしょうか?」

「あ、おばあちゃんは、先生の手紙をもらったので、王妃様の所へご挨拶に伺っています」


 そこに、伯姪が合流する。


「お帰りなさい。仕事、溜まっているわよぉー」

「それは、片付けておいて貰って構わないのだけれど」

「あなたでないと処理できない案件だけよ。急ぎではないけれど、早めに目を通してもらえると助かるわ。それで、帝国はどうだった?」


 彼女の背後の荷馬車から降ろされる樽を指さす。


「色々いそうよ。今回は一匹だけ。新しいものだけれど、見てみるかしら」

「もちろんよ!」

「もっちろんです!!」


 樽の蓋を開け、中身を引きずり出す。当然それは人狼だ。


「これ、狩狼官って帝国の役人に化けていたわ。いえ、役人が人狼だったということかしら」

「先生、リリアルも狼人が守備隊長してますけど、問題ないんでしょうか?」


 赤毛娘の素朴な疑問に彼女は「余所は余所、うちはうち」と昔散々祖母に言われた言葉をそのまま返した。





 湯浴みをし旅の垢を落す。垢だらけなわけではない。仕事用の服に着替え夕食の前に優先順位の高い書類仕事を先に片付ける。そうすれば、今日の夜若しくは明日の朝一番から仕事が進む。


「帰って早々仕事が山積みなのは申し訳ないわね」

「思っていたほどではないわ。随分と代わりに仕事をして貰ったみたいね」

「いい機会だと思ってね。折角与えられた代行業だから、しっかり貴方の仕事を見せてもらったうえで、出来る事は出来る限り務めたつもり」


 伯姪の立場は、リリアルを始めた時からの善き相方であったが、その立場はリリアル生の筆頭というイメージであり、一期生のお姉さんとしての立場でありながら、どこか彼女を支えるより子供たちの代表として振舞っている事が少なくなかった。


 騎士学校で共に学び、カトリナ主従と言う存在を目にして、院長を支える存在として仕事内容を含めた在り方を変えようとしていた。


 仕事を進める彼女を前にしながら、帝国での出来事を伯姪がつらつらと聞いていく。しかし、その内容は少々驚くべきものでもあった。


「それで、帝国はどうだったのかしら」

「詳しい事はまだまとめられていないのだけれど、ネデルのオラン公爵の使者を連れてきたわ」

「……え……なんでネデルの公爵が出てくるの?」


 帝国と神国は今や皇帝と国王が別々の存在であり、それぞれが、それぞれの思惑で活動しており、その中に吸血鬼や人狼といった傭兵隊長や軍の指揮官になっている者が相当紛れ込んでいるのではないかという考察をする。


「それで、人狼なのね」

「ええ。ネデルでの異端審問が進められているのよ。今までも異端審問自体はあったようだけれど、神国から新しい軍人の総督が赴任して、その人が神国国王の意を汲んで、強硬な弾圧に踏み切っているということなの」


 ネデルの貴族達は異端審問に掛かり、処刑され財産没収となる前に、国外に逃亡している者も少なくない事。


「オラン公は帝国貴族の出身なので実家に帰っているのだけれど、連合王国や恐らく、王国内にも逃げ込んでいる人達はいるでしょうね」

「……厄介ね。原神子信者でしょ? 教会を破壊したり」

「正確には聖典以外の偶像の破壊ね。絵画や聖像などを破壊するの」

「芸術の敵ね。似た者同士で殺し合えばいいのよ」


 伯姪の言葉は真理でもあるのだが、そうも言っていられない。何故なら、神国の御神子原理主義者は、ネデルが終われば次は連合王国や王国、勿論、聖王国の奪還に向けサラセンへの大聖征も意図するだろう。


 巻き込まれることは必須なのだ。故に、分断し神国の力を大いに弱め、王国に干渉できないようにしなければならないと彼女は考えていた。



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