第342話-2 彼女は五兄弟と邂逅する
晩餐に供されたのは、ニース商会経由ルリリア商会からディルブルクに彼女たちが搬入した樽のワインの一つである。
「……ボルデュのワインより渋みは少なく味も良い」
「喉越しが美味しいですわね。後味もすっきりしていて好みですわ」
城主夫妻の評価はとても良い。城主はナッツ伯である。
「このワイン、定期的に数を手に入れる事は可能だろうか」
「来年以降でしたら、予約しておけると思います。同じワインでよろしいでしょうか?」
「他にもあるのか。それならば、他の物も試してみたいのだが、これはこれで決まりだ。そうだな皆!!」
「「「「応!!」」」」
ボルデュのワインやブランデーの多くはネデルに運ばれ消費されているとカトリナから聞いた覚えがある。船で時間をかけて運ばれるより、魔法袋の中で保管されるワインの方が味の劣化が少ないと言えるのだろう。
「私は、トワレがそれなりに欲しいわね」
「私もですわお姉様」
「あれは、消毒効果もあるから軍事物資だぞ」
「ふふふ、それは蒸留酒をお使いくださいませ。負ければ医薬品、勝てば勝利の美酒とどちらでも使えますでしょう?」
姉もあと十年もたてば、このような軽やかな笑顔で圧を加えられるようになるのだろうかと彼女は考えた。
先ほど「お届け」した忘れ物の食器を用いて、食事が供されている。恐らく、白磁に類するものなのだろうが、彼女の生活圏では使われない物だ。
「素敵なお皿でしょう?」
「そうですね。正直、王室の晩餐会で供される食器に並ぶとも劣らないと思いますわ」
「ふふ、そうでしょうそうでしょう。そんな素敵な物を落してくる輩がこの家には居るのですから……アリサ様も男を見る目は養って下さいませ」
嫌味かよという顔になる公と伯。妻二人はふふふとほくそ笑んでいる。
テーブルには二組の夫妻に弟三人、彼女と三人の騎士。従卒と執事は後で別に食事が出る予定だ。リリアルの三人は孤児ではあるが、魔術師たちは、侍女や貴族の娘息子に扮することも考え、貴族のマナーを彼女の祖母からぁ……厳しく指導されている。
故に、テーブルマナーに関しては下級貴族の子弟よりも、余程しっかりしている。せざるを得ない。
「……上手に食べるのだな……」
「リリアルなら当然」
「王国の騎士の恥は王の恥と言われ、厳っびしい特訓を受けるからです」
「食べた気がしません」
彼女は、幼い頃祖母と二人の食事が怖くてたまらなかった記憶がよみがえり、深く同意する。今となっては感謝している面も少なくないが、控えめに言ってトラウマである。
「ねぇ、アリサ様。あなたは王宮には伺ったことございますの?」
「幾度か。受勲や陞爵の式典は勿論ですが、王妃様、王女殿下とは親しくさせていただいておりますわ」
思えば、王女の護衛でレンヌに伯姪と向かい、海賊討伐をして男爵になり。
その他、何かにつけて呼び出されている気がする。
「リリアル学院は元は王妃様の離宮を下げ渡されたものですので、お泊りになられる事もございます」
「まぁ!! 素敵ですわぁ!」
「王国の王妃様の離宮跡の学院。とても素晴らしい環境ですのね。可能であれば、私たちの娘たちも留学させたいくらいです」
将来的には学園都市として拡大していく予定なので、数年後なら受け入れ可能かもしれない。勿論、王国の機密に関わる部分には触れさせることはできないが。
「薬草畑に魔猪がいる」
「……魔……猪……」
「昔、討伐した時に助命して、使い魔にしたんです。狼も猪も畑を荒らさずとてもいい番犬……番猪ですよ」
「たまに、害獣を狩ってくる。あと、賊も討伐する」
彼女は野盗の類まで討伐するとは知らなかった。ワン太もとい、狼人の守備隊長は有名無実化しているのだろうか。
「兄上」
彼女と同じ年の末弟エンリが思い切ったように話しかける。
「兄上、俺を王都に行かせてくれ」
「……構わんぞ。今すぐお前を戦場に連れて行くわけにもいかない。それに、王国の考えも直接確認したかったので、お前を遣いに出すのもいいだろうと考えていた」
他の兄弟も同意するように頷き、義姉二人は「買い物リスト作らなくちゃね」と囁き合っている。お買い物ツアーにもなりそうである。
「勿論それもそうだが、リリアルってのも直に見てみたいんだ。そんなに王国が優れているのか、俺達と敵対せずに済むのか確認したい」
王国とネデルが直接対立する事は無いだろう。あるとすれば連合王国を介してだが、今、ネデルは孤立無援の状態のはずである。
「お前が王国に行くのは賛成だ。だが、男爵はどう思う?」
彼女たちと同行し、また、同時に帰還するのも一考であるし、王都に残り、何かしら駐在員的な立場で過ごす事もあり得るだろう。但し、リリアルに滞在させることは難しいだろう。
「王都までの同行と警固は問題ありません。ご本人と護衛は一人迄でお願いします」
「……王都の滞在はどうなるだろうか」
「王の判断に委ねざるを得ません。非公式であるとしても、外交使節扱いになると思われますので、私の判断できる範疇を越えてしまいます。リリアルに滞在されるとするならば、王妃様の許可が必要でしょう。ただ、王都に滞在されるに際して、御舎弟の滞在するに相応しい仮の住居を手配する事は実家の子爵家の力をもってすれば容易かと思います」
王都の都市計画に関する責任者を務める子爵家には、王都の商人、職人を始めとする多くの人間が頼みごとを断ることができない。むしろ、お願いだから頼んでくださいくらいまである。
「王都に少し滞在して、交友関係を広めるというのも悪くない」
「……兄上……」
「ネデルは荒れるぞ。お前の活躍する機会は、まだ先にいくらでもある。今は、己の力を高める時だろう」
半年も滞在するのであれば、騎士学校に従者共々入校することも可能だろう。王国の騎士団に知己ができ、軍の指揮を学ぶには良い機会となるだろうと彼女は思う。但し、王家やその周辺の外務官僚たちが承諾するかどうかにもよるのだが。
その時には、彼女も協力するつもりである。彼女のネデルでの観戦武官的な活動が可能であれば、バーターで騎士学校の入学を飲ませる事ができるだろう。
王国に戻ったとしても、彼女の仕事は山積みであると考えると、今から少々憂鬱になるのである。
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