第342話-1 彼女は五兄弟と邂逅する

 オラン公とその兄弟と思わしき五人が並んで座っている。オラン公の隣に座る同世代の男性がナッツ伯だろうか。


 公爵の二歳年下のヤンファンがナッツ伯、五歳年下のルイ、七歳年下のアゾル、十七歳年下のエンリがいる。末弟エンリは彼女と同じ年でもある。


「良く来てくれた男爵。その衣装は、王国の物かな」

「そうです。タラスクス討伐の際、聖リリアル騎士団の設立を認められ、ここにいる三人はその際に騎士に叙任された者たちです。一人は私の従卒を務める従騎士ですわ」


 胸には徽章と勲章を付け、副元帥の空色の礼服は金糸で刺繍が施されている。金髪碧眼の王太子の色なわけではない。絶対ないんだからね!!


「そ、そうなのか。皆若い騎士達だし、女性ではないか」


 タラスクス討伐に尽力したリリアルの騎士。青目蒼髪と茶目栗毛以外は女性である。リリアル自体、女性比率が七割くらいある集団なので、当然なのだが。


「魔力のある男子は王国でも騎士や貴族の養子になりやすいのです。女性はそうではありませんので、どうしても女性主体の集団になります」


 オラン公の横にいる固太りの男、恐らくはナッツ伯だろうか。話を始める。


「それでも、女性ばかりの騎士団で、果たして役に立つものなのか?」

「そうですわね。女性を男性と区別して育てればそうなるでしょうか。そもそも、私たちは騎士である前に魔術師ですし、騎士である前に魔物を討伐する冒険者でもあります。冒険者の仕事を受けているのは、伊達ではないのです」


 貴族・騎士として、彼女たちの存在は簡単には信用できないだろうとは理解できる。実績があるとはいえ、他国でのこと。そしてその内容が余りにも物語のような内容だから、話半分だとしても理解できない。





 彼女はオラン公の兄弟とお互いを自己紹介し、話を始める事になるのだが、その前に少し話さなければならないことがある。


「先日、コロニアに商用で出かけました時、落とし物を拾いました。恐らくは、閣下のお身内の物ではないかと思うのですが」

「……何を拾ったというのだ?」


 彼女は控えている碧目金髪へと合図をする。魔法袋から出されたのは、食器の揃いの入った収納一式である。


「オラン公家の物だと人伝に聞いたので、持参いたしました」

「……兄上……」

「確かに……我が家のものだ。その……よろしいのか?」


 彼女は黙って頷く。落とし物を拾ったので落とし主に返すだけの話だ。


「他にもございます。こちらは、私の手元で多少補修をさせて頂いたものです」


 彼女の魔法袋から幾つかの曲剣を持ち出し、公爵の従卒である騎士に手渡す。


「これも拾い物なのだろうか」

「そうですわね。ネデルから脱出された方々が多く落とされて行かれたようです。必要になるかと思い、回収し刃に関しては……」

「な……なんということだ。この輝き……砥いだのではないな!!」


 兄弟を含め、剣を手にした者たちが騒ぎ出す。


「『土』の魔術で修復をしております。不足する素材を『聖別』された鉄で補いましたので、弱い物ではありますが不死の魔物に対するダメージを与える効果があります」


 魔銀製は魔力持ちでなければ効果が無く、また、魔力を通さねば効果が無いものの、大きなダメージを与えることができる。『聖別』された鉄の効果は、本来アンデッドに対してダメージの効果が無い武器による攻撃効果を、普通の打撃程度に与えることができるものに過ぎないが、魔力を用いずともダメージが与えられる点が大きい。


「魔力纏いができない身体強化のみの騎士でも、吸血鬼やグールに対してダメージを与えられます」

「はは、吸血鬼等というものは……」

「……兄上。おります」

「アゾル、いるのだ。敵方には吸血鬼の騎士か傭兵が加わっている。それ故、男爵閣下は我らに助力する証として、この剣を与えてくれるのだ」


 オラン公と詳しく話を聞いたナッツ伯、そして同席した末弟エンリは同意するものの、初めて聞いた二人の弟たちは激しく動揺する。


「序でに言えば、人狼もいる」

「「……え……」」

「事実です。加えて申し上げるのなら、メインツの男爵閣下のアジトにて

達磨状態で捉えられております」

「「……げぇ……」」


 長兄次兄は爵位もあり、前線に出る事はまずないが、下の三人は指揮官として部隊を率いて出る可能性が高い。そこに、吸血鬼などの強力な魔物が登場した場合、本人は勿論、部隊全体がパニック状態になる可能性も十分ある。


「それで、リリアル閣下の力をお借りするわけですな。魔物退治は魔物退治の専門家に依頼すると」

「それであれば、冒険者へ依頼をするだけであるから、王国とは関係なく協力していただけるという事になるだろう」

「ですが……」


 公と伯はリリアル男爵の助力を得ることに概ね同意だが、弟たちは感情的に納得がいかないのだろう。原神子信徒としての理念や理想が先に立ち、現実的な政治の駆け引きが頭にないのかもしれない。


『青くせぇガキどもだぜ』


『魔剣』からすれば、全員ガキどもなのだが、同じ世代同じ考え方の者たちと徒党を組み意見を交わすと言ってもそれは、同じ価値観を持つ者の中での小さな際に過ぎない。


 国務評議会や外交の場で、利害が対立する相手と交渉する高位貴族の当主である二人の兄とは根本的な視点が異なる。ここで頭ごなしに押し付ける事は簡単だが、現場で彼女との関係が不協和音となるのは困るのだ。


 そこに、女主人と思わしき女性が部屋に入ってくる。


「そろそろ晩餐ですわよ……あら、これは……」

「始めまして奥方様。王国副元帥リリアル男爵です。本日はお招きいただきありがとうございます。実は、この食器セットを拾いましたので、お届けに伺った次第です」


 恐らく、公爵夫人であろう女性は穏やかに微笑む。


「そうですか。それは大変ありがとうございます。息子娘も愛していた食器を失くしてしまい、たいそう落ち込んでおりました。食器が戻りましたなら、やがて失った屋敷や領地も届く事でしょう。そうですわね、旦那様」


 楚々とした風情でありながら、公爵閣下のけつを思い切り叩く言葉の選択。案外、ネデルの貴族というのは、こういう強かで強い意志を持つ女性たちに支えられているのではないかと彼女は考えていた。


「うむ、も、勿論だとも。そうだな、ヤン」


 何で俺にとでも言いたそうな顔をするナッツ伯爵。


「兄上……落したのは兄上ですよ。責任もって探して拾ってきてください」

「……仕方なかろう。フィルの奴も、その親父殿も頑なでどうにもならんのだ」


 公爵閣下の本音がポロリと見えた所で、晩餐へと移る事になった。



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