第336話-1 彼女はようやくコロニアに到着する
聖別された鉄で修復した武器や道具を持つことになり、一部の新人を除き、コボルドの群れの士気は大いに盛り上がっていた。
彼女はその上で、魔銀の鉱石と魔鉛の鉱石を快く譲ってもらう事ができたのである。
『どうぞ、今ご用意できるのはこれだけです』
「全部『精錬』して貰っていきましょう!!」
彼女は少々疲れていたが、頑張って再度精錬する事にした。チャンスの女神には後ろ髪が無いのである。
「頑張りましょう」
『程々に……ってわけには行かねぇな』
目の前には掘り出した小山のような鉱石。そこから次々と『精錬』して行く事になる。
「ちょっと多いわよね」
「……かなり多いですね」
そうだよね! と言い、オリヴィは自分自身も『精錬』を始める。加護持ちと加護無しでは、同じ精霊魔術の行使でも、その消耗する魔力は桁違いだからオリヴィの方が効率よくできる。
今の時点で、彼女は加護を持たず、それ故に魔力の損耗が大きいのだが慣れる為に無理をして行っている。
「俺もやろうか」
「……お願いするわ」
歩人には『土』の精霊の加護がある。魔力さえあれば、十分に『精錬』を行うことができるのだが、『聖別』することを考え、今までは遠慮していたのだという。
『魔銀、聖別関係ねぇよな……』
魔銀自体が聖別されたに等しい素材なのであるから、『精錬』だけすれば問題ないのである。
因みに、銀鉱山は帝国内に多くあるが、魔銀鉱山はそれよりもずっと少ない。使い道が限られており、銀のように通貨として流通させることができるわけではないので、採掘しやすい鉱山以外は放棄されることが多い。
この隠し鉱山もその一つであり、コボルド達が占拠していても領主サイドから何の問題も起こらない理由でもある。
それぞれの鉱石を『精錬』しインゴットへと成型し終わった。午後早く、彼女たちはコロニアへ向かう事にした。ここから一時間少々でメイン川へ到着、対岸に渡り街に入るのだ。
「また顔を出すわ。道具の使い勝手、教えて頂戴」
『承知しましたマイ・ロード。またお会いできることを楽しみにしております』
多くのコボルド達に見送られ、彼女たちは森へと分け入るのだった。
「感想はどうだった?」
「自分が面倒を見なくていい環境で、楽しくワイワイするのは初めてでした」
リリアルを作るまで、彼女は一人頑張っていた。家族は姉中心に動いており、彼女はある意味放置されるか、祖母と二人で習い事をする他なかった。騎士学校でも、任務が続き、楽しい事もあったが、気楽に過ごせるわけでも
なかった。
コボルドの群れは彼女を只の主人の客として扱ってくれ、尚且つ、仲間として遇してくれた。それがとても居心地の良いものであった事を、彼女は噛みしめていた。できれば、人間相手でそうであれば良いなとも。
「仕方ないわよ、あなたや私と対等な人間なんていないんだから」
「対等な関係だから、気楽に過ごせるというわけですね」
「そう。だって、私にとってあの群れも子達も、あなたも気の置けない仲間って意味で対等だから。その辺感じて、コボルド達もあなたと隔意なく接したのだと思うわ」
貴族の社会は、常に序列が付きものであり、それが無ければとても不安定なものになる。誰が上で誰が下かを常に気にするものなのだ。
「リリアルはメンバー内では対等だから、楽しそうよね」
「そうですね」
彼女は「羨ましい」と声に出そうになるのを押さえた。言葉にすれば、それが事実と認めざるを得なくなるからだ。
「仕方ないわよね。王国副元帥……なんだもの」
彼女は内心大きく頷いた。その立場があるから、守れるものもあると理解していながら。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
コロニアに到着するのは既に夕方であった。護衛の依頼を受けている『リ・アトリエ』メンバーが到着するのはニ三日後になるだろう。その間に、この街で情報収集をする必要がある。
メインツに似た様子を想像していた彼女にとって、コロニアは騒然としており、あまり良い環境とは思えなかった。
「すぐ隣に、大司教が住んでいる街があるけど、そっちはメインツに近い閑静な所よ」
「……一泊はここで様子を見ましょう」
「それもそうね。でも、泊まるまでもなく、落ち着きのない街よ。それに、何でも高いのも気に入らない」
高位冒険者であるオリヴィは、それなりのランクの宿に泊まる必要がある。依頼人だけでなく、潜在的な者たちにも気を配る必要があるからだという。
この場合、彼女もルリリア商会の令嬢としてその存在を誇示する必要があるのだから、余り格の低い場所に泊まるわけにもいかない。そして、格が高い=宿泊費が高額、であることは間違いなく、さらに高額だからと言ってサービスが高品質であることにはならないという問題がある。
「それでも、高品質な武具や家具類はこの街で揃えることができますよ」
「ビル! 高品質ではなく、高価に見える高価な品ね。質はどうかと思うわ」
オリヴィの指摘したのは、如何にもな装飾過多な食器や燭台、家具類が他より一層高い値段で販売されているというところにある。
「この辺りだと、東方領やベーメンに近い所に良い食器を作る工房が多いの。そこから運んでくるから……お値段もそれなりに跳ね上がるって感じね」
「ヴィーは帝国の東方に縁が多いですからね。この辺りよりも馴染みがあるのです」
駆け出しのころは、トラスブルやメインツ周辺を拠点に活動していたのだそうだが、その後は東部で活動を増やしていて、時折こちらに足を向けるような活動を続けていたのだという。
「あなたもそのうち、一度足を向けて欲しいわね」
「ええ、必ず」
東部にも当然吸血鬼として活動している傭兵や貴族が潜んでいるのだろう。メイン川流域での調査が終わり、ある程度の目安が付けば、準備をした後、東部を訪れるつもりでもある。
「その時は、良さげな所を案内してあげる」
「よろしくお願いしますオリヴィ。ビルも」
「楽しい旅にしたいものですね」
吸血鬼討伐が楽しい旅かどうかは分からないが、出逢いが楽しめる旅であれば良いなと思う。例えそれが、コボルドであったとしても。
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