第335話-2 彼女は魔銀鉱山を訪れる

 コボルドとの宴も一段落し、彼女とオリヴィは、彼女の狼の皮テントで休むことにした。中を興味深く見ながら上機嫌のオリヴィ。


「どうだったかしら」

「楽しかったです。でも、随分と人間味のあるコボルド達ですね」

「まあ、そりゃ、私の身内みたいなものだからね。灰色乙女団って名付けて、この場所で鉱山を守ってもらっているからね」


 冒険者になりたての頃からの長い付き合い。最初は争い、彼女に敗れそして仲間になる事にした。コボルドは歩人や土夫程人間社会には馴染めないが、群れを作り、人と生活圏を分ければ共生できる存在だという。


「彼奴らの使う道具を揃えたり、こうやって食事したり。たまにはオークやゴブリン達と戦う事もあるの」


 それは、彼女の過ごしてきたリリアルの生活と似ている気もする。まあ、コボルドといい勝負の悪戯好きもリリアルには多いという共通点もある。


「それでね、明日なんだけれど」


 オリヴィ曰く、採掘と精錬、そして鉄製の道具の補修をして欲しいという希望を彼女に伝える。


「魔銀や魔鉛の鉱石はある程度揃っているはずだから、精錬してもらえばいいと思うの。それと、駄目になっている鉄製品を聖別された鉄塊にしてもらって、それで、ピッケルやスコップを直してもらえると有難いのよね」


 コボルドは鉄製の剣を主に使っているが、一本の鉄の延板を剣に整えた物を使う為、聖別された鉄を補強で使うとコボルド自身が危険な可能性もあるので、木の柄の付いているハンマーやピッケル、スコップを主にして欲しいというのである。


「剣も、刃の部分だけ補修するのはどうでしょう」

「……できれば試してみて貰える?」

「ええ、勿論です」


 彼女は、オリヴィが身内同然に思うコボルド達が自身を守る道具をよりよくする事に頓着するつもりはない。それに……


「コロニアが騒乱に巻き込まれれば、吸血鬼の加わった軍がこの辺りを移動するかもしれません。その時に、聖別された鉄製の武器を装備している方が良いですよね」

「そうね。本当は隠れてやり過ごして欲しいけれど、最悪は抵抗する手段を残しておいてあげたいから」


 オリヴィは彼女に小さな声で「お願い」と伝え、背を向けて眠りについた。





 翌朝、コボルド達と雑魚寝した歩人は死んだような顔をしていた。


「おはようセバス」

「おう、マジ死ぬかと思ったぞ……でございますお嬢様」


 昨日は最後までコボルドたちに囲まれ、話しかけられ、飲まされ、死ぬほど食べさせられ弄り倒されたのだそうだ。全身が獣臭い。


「足だけ見れば兄弟みたいでしょう?」

「足、俺のは一応人間だから。肉球とかねぇから!! でございます」


 毛深いだけで、別にいぬ足なわけではないと強くし否定。一先ず、全身川で洗うように指示し、彼女は別れた。


 朝食らしい朝食は特になく、オリヴィはコボルド達に鉱石を揃えるよう指示をし、また、道具類を並べるように指示をする。


「ああ、結構あるじゃない!! この辺、回収した武具でしょう?」


 折れた剣や槍の穂先、変形した兜など、様々な鉄製品の拾い物が並べられる。人間が捨てた武器、戦場で拾い集めた物、そして、攻撃してきた魔物たちから回収した物。入手先は色々なのだという。


「人間相手には戦わないのかしら」

「しないしない。流石に討伐対象になるのは避けないとね。それに、この坑道には隠し通路が沢山あるから、人間が探索してもただの廃坑にしか見えないんだよね。幸い、ここの領主はこの鉱山に興味も利益も感じていないから、このまま放置してもらいたいって感じだね」

『勿論ですマイ・ロード』

『カクレルノトクイ!』

『人間キヅカナイ』


 コボルドがかわるがわる自己主張する中、彼女が並んだ武器を観察する。良く使いこまれている物が多いが、コボルドが作った物ではないようだ。


「武骨でしっかりした道具や武器が多いですね」

「ほとんど土夫製だよね。自分たちで作るのもあるけれど、それは補修するよりも作り直す対象だから、ここにはないのよ」


 ベーメンソードがズラリと並ぶ。これも、そうなのだろうか。


 先ずは屑武器を次々と『精錬』し、聖別された鉄の塊へと変えていく。


「ヴォルフ! この鉄の塊、軽く握ってみて!!」


『聖別』された武器に対して、犬頭鬼コボルドがダメージを受けるかどうかを確認してみる為だ。何気なくヒョイと持ち上げたコボルド・キングが『ムぅ』と声を上げる。


「どう? 痛みとかない?」

『……大丈夫そうです。これは邪気払いの鉄でしょうか』

「わかるんだね」


 古の時代、鉄の武器には邪気を払う効能があるとされていた。また、ルーン文字を彫る事でさらにその効能を高めることも出来たという。


 今では鉄の武器は珍しくもなく、その影響もかなり低下しているのだが、彼女の魔力で精錬された『聖別』はその能力を強く持ちそうなのだという。


「具体的には何ヴォルフ」

『『悪霊』払いです。コボルドなら狂化せずに済んだりでしょうか』


 『悪霊』が精霊や動物に憑りつく事で、その存在を悪い物に変えていく。コボルド・キングのヴォルフが『悪霊』に憑りつかれる事で、『人狼』化する可能性もあり得る。


 人狼が人のフリをし、人里で暮らしてる場合もあるのでどのようにして人狼が生まれるのか定かではないが、強力なコボルドがさらに魔物として強化されることが『聖別』された装備で可能であるなら、とても意義のある事ではないかと彼女は思う。


 なにより、オリヴィにとってこのコボルドの群れはただの魔物たちではなく、身内のようなものなのだからなおさらだ。





 『聖別』された鉄の塊を用いて、今度は武具・道具を修復していくことになる。


 片方の手に傷んだ武器を持ち、反対の手に鉄塊に触れ彼女は詠唱を開始する。


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する道具の姿に整えよ……『修復solitus』」


 鉄塊が少し小さくなり、反対の手の中の武具が輝きを取り戻し、薄っすらと光り始める。


『ナンダ!!』

『オドロキノシロサ……イヤコレハ!!』


 彼女の修復した武具を手に取り、ワイワイと騒ぎ始めるコボルド達。どうやら、喜んでもらえる仕上がりとなったようだ。


 その中で、何匹かが金属部分を触ると痛みを覚えたり、忌避するような行動を取るのが見て取れる。


『新入りは駄目みたいですね』

「まあ、最近までゴブリンみたいな生活してたのならそうなるか」

「日頃の行いを改めなければ、灰色乙女団に相応しい存在ではないということですねヴィー」

『これって……カトラリーとかに使うと、魔物を炙り出せるんじゃねぇか?』


 ナイフやフォーク・スプーンの類に銀を用いるのが一般だが、毒を見破ることはできたとしても、吸血鬼やそれに類する魔物を避ける事は出来ない。


 聖別されたスプーンやフォークの類であれば、自然と悪霊の影響を受けている存在を弾くことができるかもしれない。


「試しにリリアル用に作ってもらいましょう」

『ああ。先ずは身内からだな』


 彼女は少々悩む事になる。その為に、ひたすら鉄を聖別し続けるのは嫌だなと。




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