第332話-1 彼女は借家を案内する
翌日、午後一に商業ギルドにて賃貸借契約と、建物の中の動産の抵当権の買い取りの契約を行う。担当者の女性は、急いで様々な手続き・契約書の作成を行った事もあり疲れた表情であったが、スッキリもしたようである。
「ようやくホッと出来ました」
「……お世話になりました」
「いえいえ、無理難題を言われる貸主でしたので、一件落着して本当にありがとうございました!!」
部屋にある錬金道具を含めて、中のガラクタを金貨三枚ですべて買い取り、今日中に内部を片付け、採寸して家具の手配をする事になる。
オリヴィ曰く、「バスタブや竈は『土』魔術で作れるから任せなさい」と言われているので、今日は片付けたのち明日にでも借家を見て貰おうかと思っているのである。
再度、借家に案内してもらい引き渡しの手続きを行う。合鍵、破損している建具などの確認。退去時に、最初から壊れていた物を「破損させた」と言いがかりを付ける家主もいる為、引き渡し時の確認は大切なのである。
「あー……」
「大丈夫ですよ。こちらで補修の業者を手配しますので」
「も、申し訳ございません。発生する費用は、家賃と相殺させますので。契約書にもその辺りしっかり記載させましたので、問題なく対応できます」
台所回り、水回り、建具、床や壁の破損汚損……この状況では職人を中に入れることも出来ないので、当然にドロドロのボロボロのままである。
恐縮するギルド担当者を送り出し、早速彼女たちは片付けを始める。
「さて、始めましょう」
『とか言って、魔法袋にとりあえず収納していくだけじゃねぇか……』
『魔剣』が言うまでもなく、最初にやるべき事はお片付けである。魔法袋に様々な機材や素材、書類に書物を収納していく。
「先生、収納しなかった物はゴミですか?」
「基本的には麻袋にでも入れてそのまま焼却するつもりよ。使い道のありそうな物は選り分けても構わないわ」
彼女は、一つの魔法袋を空け、その中に、借家にある様々な雑多な素材や書類を納めて行く。残るのは家具と機材や道具、そして『ゴミ』と思わしき物。
「了解です。お宝ないかー」
「ないない」
「かびたパンとか?」
「お、焦げ付いた鍋とかあるよ。あんたにあげる」
「ゲッ!」
リリアルでの学院生活のようなにぎやかな会話。緊張から解き放たれたような四人を見て、彼女は少し嬉しくなる。
ゴミを麻袋に詰め、使えそうなものは除け、青目蒼髪が汚れた器具類を洗うために洗い場のある水路へ向かう。その背中に彼女が声をかける。
「少し待って頂戴。そこに、鉄の素材の物は並べて貰えるかしら」
蒸留器は銅製の物もある為、今の彼女には補修できるか少々怪しい。だが、鉄製ならば『聖別された鉄塊』を用いて補修できると思われる。
片方の手に焦げた穴あき鍋、反対の手に鉄塊に触れ彼女は詠唱を開始する。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する道具の姿に整えよ……『
鉄製の武具や道具を元の形に整える土魔術の詠唱。そして、その不足する分を彼女の魔力で精錬した『聖別された鉄』で補う。
「うをぉっ!!」
「……綺麗になった」
黒光りする鋳物の鍋のはずが、打ち出したような密度の高い金属で尚且つ、フルプレートのように輝いている。焦げや凹みもなく、まるで聖杯のような輝きを見せる……鍋。
「うわー リリアルの厨房の鍋釜もお願いしたいですねー」
「私たちも覚えたら便利かな。先生でも魔力をかなり使うから、難しいかもだけれど」
『土』魔術の適性は、加護の有無で相当変わる。が、ここに一人適正持ちがいる。
「そこはセバスのいいとこ見てみたい」
「…俺かよ……ですよねー」
歩人や土夫は『土』の精霊の加護を持つ。つまり、歩人であるセバスは、魔力の消費も少なく習得も容易なはずである。
「何か嫌そうね」
「そんなことねぇよ……でございますお嬢様」
そこに、いい笑顔の碧目金髪が話し始める。
「セバスさん、鍋釜の煤を落したり、焦げを取るのってすごく大変なんです」
「……まあ、そうだろうな……」
「そこで、セバスさんが魔術で新品同様にしてくれたとするとどうなるでしょう?」
「……どうなる……」
「ずばり、モテます」
はっ! という顔をする歩人。全方位「キモいっさん」から、厨房の使用人の女性たちからは「便利なキモいオッサン」にランクアップし、多少の当たりが柔らかくなる可能性を示唆され、大いに乗り気になる。
「俺、やってみるわ」
「流石セバスさんです。私も応援します」
「頑張ると良いよ」
「自分のために頑張れ」
「……なんか、応援が冷たいなお前ら……」
一期生女子は余り厨房に関わりが無いので、こんなものである。
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