第332話-2 彼女は借家を案内する
先ずは一階、の水回り、そして、二階三階の寝室などの片づけをする。家具を早急に注文して、ベッドを収めたいからである。
「地下と屋根裏は後回しにしましょう」
「大物出てくると作業が止まるかも知れねぇもんな」
「そこは、セバスさんのいいところ見てたいですね」
「同じ手には乗らねぇぞ!!」
歩人、若い女の子に弄られる定めのおじさん。とは言え、この家の管理の責任は最終的に従者である歩人になるだろうから、真剣にならざるを得ない。
一先ず区切りを入れ、ベットのサイズを確認する。使い古しの物が一つあったが、そのまま寝れるとはとても思えないので、焚き付けにすることになった。
「金属ならホイホイと直せるのにな」
「金属のベッド……監獄みたい」
「あんただけ、金属にしてあげるわよ。扉は鉄格子の外鍵付きね」
「……なんで俺だけ囚人なんだよ……」
青目蒼髪が愚痴るが、同室の歩人も同じ境遇なことを察して欲しい。
「けどよ、何だか便利に使われている感じがするぜ……でございます」
「セバス、もっと視野を広く持たねば斥候は務まらない」
真摯な面持ちで歩人に話しかける赤目銀髪。
「もし、土魔術を突き詰めると、セバスの周りに変化が起こる」
「……なん……だと……」
「鍋釜の修繕だけじゃなく、壊れた金属の武器の補修に、刃物の研ぎもできるようになる」
赤目銀髪は、その上で里に戻れば、皆に必要とされ里長としても立派に務めを果たせると続ける。
「お、おう」
「それに、最悪戻って既に別の人が里長になっていたとしても、研屋として里で必要とされるし、くいっぱぐれが無い」
「いや、俺は別にそういうのは……」
彼女と初めて会ったときの歩人は、それはもう小汚い姿で放浪している存在であった。あまり気にしていないのかもしれない。
「セバスさん、女は見た目ではなく経済力で結婚するんですよ」
「そうそう、チビで根性悪で毛むくじゃらでも、食わせてくれるなら結婚してくれる奇特な女性もいるから。希望を持って生きて行こうね!」
「……全然嬉しくねぇ……」
リリアルの女性たちに本心を聞かされ、「お財布セバス」として生きて行けと言われ本気で落ち込む歩人である。
おおよその片付けと簡単な清掃を終え、彼女はギルドお勧めの家具屋に足を運び、ベッドを八台ばかり頼み、その他収納となるチェストを同じ数用意してもらうように頼んだ。
部材は揃っているので、二週間ほどで引き渡せるだろうと言われ、半金を手付として渡すと、黄金の蛙亭へと足を向けた。
『主、ギルマスの動向ですが……』
帰り道で合流した『猫』から、ギルマスはやはり外部の何かと頻繁に連絡を取っているという。
「その連絡係を追えば誰と繋がっているか解るのかしら」
『その先、また別の人間を介して情報を流しているようです』
『メインツの外の誰かねぇ』
ファルツ辺境伯周辺かそれ以外の何かなのか、今の時点では彼女の手元に必要な情報は集まって来ていない。
「一先ず保留しましょう。ギルマスの動向だけ継続して追いかけて頂戴。メインツで親しくしている人間、その人間が誰の配下なのかわかる範囲で構わないわ」
『承知しました主』
領邦とは言え、むしろ領邦だから都市間の有力者同士の結びつきは大切なのではないかと彼女は考えている。
トリエルが以前、強盗騎士のような小領主の軍に包囲された時、相手と繋がる存在がいれば、間に入れて交渉の余地があったのかもしれない。メインツが襲われなかったのは、規模が大きいからか、トリエル攻略に失敗し軍が瓦解したからか、あるいは、裏で交渉する相手がいたからなのか。
ギルマスはもともとメインツ外の人間であり、複数の配下と共にメインツに来ている。誰かしらの意を受けてこの街に来ていると考えても不思議ではないだろう。それが、吸血鬼に関わる人間か否かは不明だが。
黄金の蛙亭、本日は鹿肉がメインの料理である。
「うーん、鹿」
「鹿だねぇ」
鹿は下拵えを失敗すると、とても美味しくない。筋張っているので、筋に隠し包丁を入れたり、臭みを取る処理をするなど手間がかかる。その分、味の良し悪しに差がはっきり出ると言われる。
「流石黄金の蛙」
「それじゃあ、まるで蛙料理みたいじゃない」
「鶏肉っぽくて割と美味しい」
「……そ、そうなんだ……」
孤児院育ちとは言え、幼い頃は猟師の父親と暮らした思い出のある赤目銀髪は、王都の孤児院の世界しか知らないメンバーとはちょっとズレている。それは彼女の個性を育む根源でもあり、あまり他のメンバーと共有することのできない思い出でもある。
鹿の肉は牛に近い味なのだというが、筋肉質で脂肪が少ない為、下処理の際に筋膜を煮込んで脂肪のように利用したり、牛よりも血抜きが面倒であったりする事で、血抜きが不十分な肉が不味いとされるともいう。
確かに、家畜の牛ならな屠殺してそのまま処理することも難しくないだろうが、狩りで殺した鹿をその場で血抜きをして山から降ろすのは困難だろう。時間が掛かり、結果として不味い肉となるのではないだろうかと彼女は思っていた。
「つまり、美味しい鹿肉が食べられる理由は、手際のよい狩人の血抜き処理と、その後の料理人の工夫の成果というわけね」
「そう。いい狩人から肉を買っている」
赤目銀髪は鹿肉を狩ったであろう狩人の腕を思い、分かりにくいが笑顔になっているように思える。
「鹿かぁ……近づくのが難しいんだよなぁ」
歩人も鹿狩りをしたことがあるようで、思い出したのか渋い顔をしている。恐らくは上手くいかなかったのだろう。
「鹿とか猪って勝手に狩るのまずいんでしょ?」
「ああ、帝国だと貴族の特権らしいからな」
リリアルでは王都から少し離れた郊外での、禽獣による畑の被害に対する駆除依頼を受けたりしているので、あまり禁止されているという感覚が無い。
「それ、王国も一緒。私たちが問題ないのは、討伐依頼を受けて狩っているだけだからね」
「そういえばそうか。まあ、なんだ、とにかく勝手に狩りをしちゃだめなんだよな」
「バレなければどうといことはない」
鹿肉を絶えず口に含みながら、話も加わる赤目銀髪。鹿の肉は牛以上に腹持ちがよく、彼女はそれほど食べずに満腹を覚えていた。
メインツには何故錬金工房を継ぐ人材いなかったのだろう、という疑問を彼女は持っていた。錬金術は勿論、治金のような作業もあるが、基本は薬師の延長にある仕事が多い。精霊魔術を用いて代用することも可能だが、そもそも、その精霊魔術を使う魔力を有している者の中に、錬金術師が含まれる。
「何故なのかしらね」
『人気のない職業になっているとも思えねぇな』
帝国では各地に銀や銅、鉄や錫、鉛といった金属鉱山が少なくない。また、それ以外の貴石・宝石の鉱山も存在する。錬金術師が冷遇されるような環境ではないと思われる。
いつの間にか戻っていたオリヴィにその疑問を伝えると、彼女は皮肉めいた笑顔を浮かべ、彼女にこう答えた。
「魔女狩りのせいよ」
錬金術師・薬師は、素材採取の都合もあり、森の中で生活している者が少なくない。また、一人暮らしの女性、それも経験が必要であることから、力のない老女、若しくは修道女のような存在であったりする。
「異端審問とかと同じで、自分たちの理解できない事や未知の知識を持つ薬師・錬金術師の技を『悪魔と契約した』とか『悪魔の力』なんて言いがかり付けて財産も命も奪うのよね。ほんと、嫌になるわ」
オリヴィが定住しない理由、そして、冒険者として仕事をする反面、オリヴィがもつ錬金術や薬師としての能力をあまり表に出さない理由は、その辺りにあるのだという。
「だから、あまり大っぴらに商売として看板を出すのはお勧めしないのよ」
彼女は工房の設備を利用しても、帝国では薬師として仕事はするまいと心に誓った。
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