第330話-1 彼女はメインツで家を借りる

「こちらでございます、アリサ様」


 その建物は少々歪に建て増しされており、周囲の整然とした商家とは一線を画しているように思える。


「元々は別の場所に工房を持つ錬金術師が店舗兼住居として建てた物なのですが、その後、様々に増築を致しまして……」


 城塞都市のような既に内部のスペースが壁により制約されている街ではありがちなことである。最初は中庭があった二階建ての建物が、三階部分を増築し、さらに四階や屋根裏を住居スペースにする。中庭の部分を最初はL字型、コの字型、やがてロの字型に建て増しをして居住スペースを拡張する。日当たりも悪く、空気も通りにくい場所になる。


 メインツはその辺り、余裕をもって作られているため、王都の旧市街や城壁外の仮設された門前町のような雑多な感じがしないの……はずなのだが……


「すごいごちゃごちゃした建物……」

「これ、荷物ってどうすればいいんですかぁ!」


 口々に案内したギルドの担当者に問いかける。


「えーと、その、本来の持ち主の錬金術師が工房の方でなくなりまして……」


 工房は職人区画にあり、防火の面からも取り壊しが決まり、廃棄処分するべきもの以外をとりあえず箱に入れこの建物の中に納めたのだという。


「錬金術に関する物を査定するには錬金術師様に有料でお願いするわけで、その代金を相続人が払いたくないと言われてしまっておりまして……」


 つまり、価値が分からないのでそのままにしてあるという事だ。


「み、皆様におかれましては、その、使える素材を適切に分別していただき、換金していただければ、相応にお安く提供させていただきたいと……」


 只で整理整頓させ、売却するべきものを売却し金を納めろという事であろうか。


「……お断りします」

「えっ、えええぇぇぇ!!」


 何を当然のことを。こちらはボランティアで馬鹿の手助けをするつもりはない。


「そうですね、全部内部の道具を買い取りましょうか。それを一時金で買取り、こちらで処分します。適切な値段を提示して下さるように、家主の方に提示していただけますでしょうか。それが嫌ならば、他の錬金術師の方に査定と買い取りを願いすればよろしいでしょう」

「うう、そこをなんとか……」


 どうやら、この家の持ち主は錬金術師に金を貸していた商人らしく、担保として回収したのだという。


「ならば、貸した金に金利を乗せ、そこから家賃で回収できる分を差し引いた差額が適切な費用になるでしょう。その内容で、契約書を作成してくだされば、買い取りを致しますわ」

「……抵当を買い取るという事でしょうか」

「家賃分以外の負担です。恐らく、建物と動産のそれぞれに抵当を設定したのでしょう? 動産の分をこちらで買い取れば、問題ありませんよね」

「……そ、それで交渉いたします!!」


 内見を行っている間に、担当者は急いで商人ギルドに使いを出し、貸主に問い合わせる事になった。





 結論的に言えば、かなり破損の進んだ建物を自費で修繕すること。その修繕費用を貸主が負担しない上、退去時にも現状復帰や費用請求をしないということで、動産の買取を承知する旨、即時返事が来た。


「誰も借りないんですよ、この建物」

「……見るからに変……」

「そうなんです。貸主も業突張りで……いえ、利に聡い方なので、交渉も難しくって……すごく助かりました」


 修道院長の紹介、王国の商人で貴族というてんこ盛りスペックが効いたようである。


「で、では、早速契約をギルドで結んでいただけますでしょうか」


 ギルド職員の女性が急かす。


「では、一先ずセバス以外はお昼を食べて着て頂戴。終わったら商業ギルドに迎えに来てもらえるかしら」

「承知しました」

「美味しい物食べてくる」


 川魚の料理が美味しいメインツである。川魚は海が遠いこの地においては贅沢品になる。海の魚は塩漬けが主で、美味しくない。美味しい魚となれば川魚だが、乱獲で数を減らしているので高価になるのだ。


 ギルド職員にお奨めの料理屋を紹介してもらい、四人は去っていった。




 ギルド職員が契約書を作成、先ずは貸主の持つ動産の抵当権を抹消する為の買取契約を進める事にする。これは、先に中の動産を買い取り処分する為に必要な契約書になるだろう。


「前の所有者の借入の証文も同時に提出させてください」

「……至急預かって参ります!!」


 間にギルドを入れて、借金の抵当権を移す行為なのだから、相手の貸付金の証文を回収しなければ意味がない。ギルドのオフィス内で会計士や書士が慌てている様子である。


「ツクバリーさんが……」

「……お金と差し替えでないと……」

「そこは、ギルドで預かり証を作成して……」

「いや、本人がこの場に来てもらう方が……」


 何やら揉めているようである。


『時間がかかりそうだな』

「一旦、宿へ戻りましょうか」

『揉めたら契約しないと脅せばいいだろ?』

「それもそうね」


 彼女は担当者を呼び、「今日中に契約を進めなければ白紙にする」と貸主に伝えるように言い、全ての準備が整った時点で、黄金の蛙亭に使いの者を寄越すように伝え、一先ずギルドから引き上げることにした。



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